濁らないあなたへ

そらいろ

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なぜか話せる

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 赤く点滅したのをサインに看護師さんと内線が繋がった。

『……はい。どうされましたかー?』

「っう…っ……」

 途端に吐き気を催す。目覚めてから感じていなかったいつもの違和感に襲われて、起こしていた身体に耐えられなくなり背中を丸くさせて両耳を手のひらで力強く塞いだ。

「あっ、目覚めたみたいなのでお願いします」

『分かりましたー。すぐに行きますね』

 内線のランプが消えて、看護師さんの声も途絶えた。なのに、薫はまだ塞いだ耳を解放しようとしない。

「大丈夫?まだ具合悪そうだね」

 優しく彼は震える薫の背中を撫でた。落ち着くようにと願いを込めて。

「ふっ…ぅ……」

 必死に呼吸を整えようとするが、次に聞こえてきたのは廊下を回診車が走る音だった。聞きなれない上に響く不規則なタイヤの音に反応して、薫は息を整えるどころかだんだんと酷くなっていった。
 ノック音が病室に響き、「失礼しますねー」と医師である先生と先程のナースコールに対応してくれたであろう看護師さんが現れた。

「あれ、まだ体調悪そうだね」

 入ってくるなり蹲っている薫の様子を見て、先生は心配そうに近づく。

「さっきまで普通に話してたんですけど、突然具合が悪くなって……」

 彼は先生に説明をしてくれた。

「とりあえず診察するね」

 聴診器を薫の胸や背中に当てていく。
 その間も震えは止まらず、耳も塞いだままだ。

「うーん。運ばれてきた時と今の様子を見る感じだと、君は聴覚過敏症なのかな?」

 止まらない動悸と呼吸を乱しながら、必死に薫は頷いた。すると、先生はヘッドホンを差し出した。それは、倒れたその瞬間も装着していた薫のイヤーマフだった。

「聴覚……過敏症?」

 聞きなれない病名に歌を歌う彼は言葉を繰り返す。
 薫は差し出されたイヤーマフを即座に奪い、耳を覆うために装着した。
 途端に耳にダイレクトに伝わっていた音が和らぐ。鼓膜を不規則に震わせていた大まかな雑音が減り、浅かった呼吸が深くゆっくりになっていった。

「はぁ……っふぅ……」

「聴覚過敏症っていうのはね、簡単に言うと日常の中のなんでもない音で自律神経が乱れて不快感や苦痛を感じる耳の病気だよ。一言で言っても症状は人それぞれ、軽度の人から重度の人がいる。けど、彼は入院治療してもいいほど重度かな」

 なるべく薫にストレスを与えないために、先生は出来るだけ声を潜めて話した。

「こんな会話でもダメなんですか?」

「そうだね。まだ検査もして無いから詳しくは分からないけど、彼は音という音に敏感に聞こえてしまうみたいだね」

「嘘みたいな話……」

 彼がそう思うのは当然だ。人の行き交う流れが止まらない都会で音楽をかき鳴らしてマイクを通した大きな声で歌っていた。その輪の中に自ら彼が近づいて現れたんだから。あんなに人の集まった雑音まみれの中心へと彼はやってきたんだから。

「そういえばさっき意識が戻った時、俺と普通に会話してたんですけど、それは?」

「君と?彼が?話せたのかい?」

 先生の問いに薫はコクンと頷いた。
 確かに話していた。イヤーマフも付けずに声を聞いて会話をしていた。

(なんで、話せたんだ……)
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