濁らないあなたへ

そらいろ

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ずっと。聞きたい

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「音楽、聞くやつだよね?」
「そうそう!ウォークマン。俺の今まで作った曲がそこに全部入ってるから」
「え。そんな大事なもの貰っていいの?」

 音を聞ける機械に抵抗があった。薫の人生に不要だと思って存在すら無くなっていた。

「貰って。俺の声、それでいつでも聴けるからさ」
「悠生の声……」

 手のひらに乗るその機械が途端に大切な物へと切り替わる。心を温かくしてくれた軽くて無機質なそれを優しく包み込んだ。

「使い方、教える。あ、ヘッドホンもそれ使っていいよ。俺同じのもう一つ持ってるし」

 床に転がったままのヘッドホンを薫は拾い上げた。ウォークマンとヘッドホン。自分の手にその二つがあり、今からそれらを使うことになるなんて信じられないと薫はなんだか変な緊張を覚えた。

___

「すごい。悠生の曲…こんなにあるんだ」

 まだ不慣れながら教えてもらったばかりの操作でプレイリストに並ぶ曲を見る。全ては聞けないほど沢山あり、未完成なタイトルも再生しても悠生のきれいな鼻歌やギターの音だけの所謂デモと言われるデータも数え切れないほどあった。

「記録用だから曲にもなってないのばっかだけど俺の作った音と声しかそこに入ってないから。薫が聞いてもきっと大丈夫だと思う」
「うん。ありがとう。大事にする」
「ヘッドホンも。これはマジで良いやつだから!」
「ありがとう」

 そこから薫は一度家へ帰った。
 悠生の音を聞きながら、あんなに嫌だった階段を軽快に降りてまっすぐ帰った。

「好き……だな」

 歌声を出すためのちょっとした息を吸う音さえ薫の心に沁みていった。幸せとはこの事なのかなと、何もない宙を見て無意識に顔が綻びる。


―――

 家に着いて、すぐに浴室へ行きシャワーを浴びる。
 なんだか長い旅のようにも思えた。
 旅で得られたのは、音に対しての幸せだった。

(……うるさい)

 排水口に飲まれるように流れていくお湯を眺め、このまま音も共に消えればいいのにと毎日思う消えない感情を今日も持った。
 髪の毛を乾かして服を着てすぐにヘッドホンを装着する。
 塞がった耳に、幸せの音がどんどんと流れ込んでいく。
 何もしないただ音を聞いている時間を過ごしていると携帯が震えた。普段から音の鳴らない、いや鳴るのに鳴らないようにしている薫の携帯が珍しく震えたのだ。
 画面を覗けばギターの写るアイコンとメッセージが来たことを伝える通知。

「悠生……」

 友達なんていない薫の携帯にあるメモリーに、大切な声を持つ悠生が加わった。『悠生』と表示された文字がキラキラ眩しく思えた。初めて知った彼の漢字だ。

「気軽に連絡して。なんでもいい。薫が連絡したいときにして」

 交換した時、そんな嬉しい言葉を好きな声で与えてくれた。
 タップを繰り返し、その通知を開く。
 初めてのやりとりのせいで画面の上の方にメッセージが表示された。

『12:30から。ここね』

 位置情報と共に添えられた悠生からの初めてのメッセージだ。

(声で、それを聞きたいよ)

 並べられた文でなく、悠生の声を聞かせてほしい。それが我儘なんて無縁だった薫は全く気づかない。
 画面の時刻を確認して、外へと出るための時間を瞬時に逆算してに少し慌てた。
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