濁らないあなたへ

そらいろ

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手にしたそれは初めまして

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「……え?」

 目覚めると見慣れない景色に驚く。ここは薫の家じゃない。人をダメにする事で有名なクッションに、頭は沈んでいてカーペットに落ちた身体には薄いタオルケットを被っている。視界に入ってくるのは音に関する物ばかりが飾られた部屋。どれもこれもが薫の物ではないと脳の回転が少しずつ回り始めた頃、起き上がる。

「あ……」

 この家の住人である悠生の寝顔を見て昨日の記憶が蘇る。と同時にヘッドホンがゴトンと鈍い音を響かせ床に落ちた。一瞬、自分のものかと拾い上げたが見慣れないコードが緩く伸びている。
 どうやら装着したまま寝てしまったらしく、スリープモードになっている画面の暗いパソコンから音はなにも再生されていない。映った自分の顔が寝癖まみれで少し笑った。
 
「時計……」

 ポケットに入っていたスマホの画面をタップするも、どうやら電源は落ちていて真っ暗なままだ。カーテンのついていない窓の外は、雲一つない空が広がっていて夜が明けたことは分かった。

「悠生。ねぇ、悠生ってば」

 すやすやとマットレスじゃなくカーペットに寝る住人を起こすが、寝返りもせず寝息を立て続けていてなかなか手強い。

「全然起きないじゃん」

 仕方ないと、荷物をまとめイヤーマフを装着する。たった半日つけていなかっただけなのに、感じ慣れた重みと耳のカバーになぜだか懐かしい安心感を覚えた。
 そっと外へ出て玄関の扉を閉める。当然鍵は掛けられない。
 いざ歩きだそうと踏み出した瞬間、止まった。いや、踏み出すのを辞めたんだ。

(無理。帰れない……この階段を降りることが今の俺は一人じゃできないんだった……)

 どうしよう。と絶望した。反転してそのまま引き返し、一晩過ごした悠生の家へと帰っていく。昨晩の事を思い出して、強く悠生の声が聞きたくなってしまった。
 静かに扉を開け、中へ入ると奥から「おかえりー」と聞こえた声。イヤーマフをしていても、クリアだ。それを求めている。

「た、ただいま」

 帰るつもりは無かった。と喉まできた言葉を飲み込んで消した。

「知らないうちに寝ちゃったねー」
「泊まるつもり無かったのに、ごめん」
「あー。全然!気にしないで!それより外、寒かった?」
「んー…。少し?」

 正直外が寒かったかどうか感じていなかった。どうやって帰ろう。どうやってあの階段を降りよう。そんな思考がぐるぐる回っていただけだったんだから。

「空も青いし、今日も行けそうだね」
「行けそう?」
「路上ライブだよ。今日は昼と夜。薫もくるっしょ?」

 気づけばイヤーマフを外して、さっきまで寝ていたクッションに薫は座った。まだここに来て数時間なのに、一晩過ごしただけで落ち着いてしまった。

「行く。歌聞けるんでしょ?」
「もちろん。あ、でも人が集まってくるとまた昨日みたいになるのかな」
「昨日は歓声に呑まれたから……。じゃあ、人が多くなってきたら帰るよ」
「ほんと?薫一人で帰れるかも俺心配だな……」


 すると「あ!」と悠生はごそごそと機材の入っている箱を漁りだした。悠生が話さない中でのいろんな機械がぶつかり箱に擦れる音がとても嫌で耳を軽く塞ぐ。

「あった!これ、あげるよ!」

 そう渡してきたのは、昔にどこかで見たことがある気がする音楽を聞くための小さな機械。再生や停止といったスイッチがあり、懐かしい…。とは思えなかった。初めて触るその機械に「軽っ」と驚いた。
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