それはたった一粒の宝石

そらいろ

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―――


「あの……おすすめって、どれですか?」 

 初めての会話は鮮明に覚えている。
 店に入るなりおどおどとした様子で周りを見渡し、ショーケースをしばらく見つめればバッと顔を上げ開口一番、水城に尋ねる。今思えばこの時の彼は恐らく、相当な勇気を振り絞って店に来店し、オーナーである水城に声を掛けたのだろう。 

「おすすめでしたらこちらのプリンが定番で人気ですよ」
「あっ、そうじゃなくてこのチョコレートの中で……」
「チョコレートでですか!それは失礼致しました。そうですねぇ……こちらの箱に入ったの詰め合わせは、それぞれ一つ一つがフレーバーが違い楽しめるので買われる方が多いです。中に詰める種類も変更できて、個人的には胡麻を使ったこの『セザム』とフランス産のゲランドの塩を使った『サレ』がおすすめです」

 そう説明する視線の先には、小さめのショーケース。どれもこれも水城自身が作り上げたボンボンショコラが色々なフレーバーでその姿を変え、ずらりと整列されている。
 ショコラティエをしながらもパティシエとして長年ホテルや個人店で勤めてきた彼は、ある縁から独立を果たしこのお店を経営している。
 基本は水城一人で仕込みと接客をして、休日や忙しい時期にだけアルバイトを雇いお店を回している。

「じゃあ、おすすめの『セザム』を一粒ください」
「一粒……ですか?」

 基本、チョコレートを一粒だけの販売はしていない。最低でも四粒から。それは持ち歩くための包装資材が原価率を上げて圧迫するからだった。
 しかし、水城の目の前の彼はそんな事を知らない。
 純粋でその大きな瞳はとても潤んで、目元が真っ赤に染まっていた。その目に水城は引き寄せられ、断る事が何故だか出来なかった。

「かしこまりました。お待ちください」

 直ぐに使い捨てのポリ袋を手に嵌めて、長い指先でその一粒のボンボンを摘み、丁寧に小箱へと包んだ。

 会計を済ませて、お見送りをする。
 小さな一粒が入った紙袋を渡すと彼は来店してから初めて見せた笑顔で、水城にお礼を言う。
 可愛らしくて瞳が無くなるほど彼のその笑顔に水城の心はドクンと大きく脈打ち、そのまま心臓の音が聞こえてしまうんではと思うくらいの大きな心拍がビートを打ち始める。

「ありがとう」

 受け取った彼はその喜びから思わず出たラフな感謝の言葉に、「あっ」と口に手を当てる。

「気になさらないで下さい。大切なお客様なんですから。どんな言葉でもいいんです。キチンと伝わっていますよ」

 本心だ。自ら作りあげたものが喜んでもらえるだけで、水城の幸せのパロメーターはぐんと上がる。そして、口に届いたその一粒が良い方向に進むなら、作り手としてこの上無い喜びだった。 
 店の扉を水城が押し、彼が通る道を開ける。

「また、食べた感想を言いにきます」
「それは嬉しいです。お待ちしております」

「じゃあ」と軽くお辞儀をした彼が一歩踏み出し、そのまま店から去っていく。

「ありがとうございました」

 深く一礼して顔を上げれば、もう彼は遠い。
 見届けるしか出来ないその小さな背中が視界から居なくなると、水城は店内へと戻る。

(次は……いつあの子に会えて、いつチョコレートの感想を聞けるだろう)

 全く未定なのに次に会えた日の事をもう考えてしまうのは、あの子を求めているから。
 彼に掴まれた心の緊張は、複雑に絡み合う糸のように簡単に解けず根源が居なくなっても尚、緩まる事を知らない。しかも、その糸が赤色だなんて当時の水城は思いもよらなかった。
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