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第一章

ママの幸せ

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 学校まで車通勤している健ちゃんの車に乗り込んだ。今までだって、何回も乗った事のある健ちゃんの車は、いつも清潔な香りが漂っている。

 私と拓海は後部座席に座り、シートベルトを締めた。


「ったく、なんで俺まで付き合わされるんだよ……」


 「めんどくさいだろ」とでも言わんばかりに拓海が愚痴る。


「拓海だって家族なんだから!! ちゃんと協力してよ!」

「協力もなにも……」

「なぁ、泉海。俺もいまいち状況を把握出来てないんだけど?」


 健ちゃんがこちらを振り返って言った。そういえば、健ちゃんにこの後の計画、話してなかった事に気づいた。


「健ちゃん、この後、ママとデートして来て!!」


 いきなりの私の発言に、ペットボトルのコーヒーを飲もうとしていた健ちゃんがむせた。


「っなに、いきなり……」

「だから、明日は土曜日じゃん? 家の事は私と拓海でやるから、日曜日までママとふたりで過ごしてよ!」


 突拍子もない私の提案に、拓海が、「俺まで巻き込むなよ」のひと言。だけど、私は拓海の言葉を無視して、計画を話した。


「健ちゃん、今までママとはこっそり会ってたんでしょ??」

「えっ……ま、まぁ……そうだけど」

「だから、今日から日曜日までは、堂々とイチャイチャしてよ!」

「イチャイチャって、お前……」


 あくまでも冷静な拓海と、私の発言に噴き出した健ちゃんがあまりにも対称的で、パパと健ちゃんもこんな感じなのかなー、なんて思った。


「泉海」

「ん?」


 突然、真剣な面持ちで健ちゃんは口を開いた。


「本当に良いのか? 大体、両親の離婚には反対してただろ」

「そりゃ……本音を言えば、離婚はしてほしくないよ。でも、ママは自分の気持ちと健ちゃんの気持ちを犠牲にしてまで、私たちに〝家族〟っていうものを教えてくれた──。だけど、やっぱりこのままじゃダメだよ。ママも幸せにならないと……」


 それに、前にママが話してくれた事があった。ママの夢──。


『ママの夢??』

『うん!! ママはなにになりたかったの?』

『んー、そうね。大好きな人のお嫁さんになりたかった……かな!』


 その時は、よく分からなかった。だって、ママはパパと結婚して、その夢は叶ったと思ったから。

 だけど、違ったんだね。

 ママが、「なりたかった」って言ったのは、健ちゃんの事だったんだよね。


「ひとつ誤解のないように言っておくけど、由香理は、お前たちが居て幸せだからな」


 ちょっとお説教気味に健ちゃんは言った。それは分かってるつもりだ。ママからはたくさん愛情をもらって育ってきたから、それは分かる。

「分かってるよ? でも、子どもが居て幸せと好きな人と一緒に居る幸せって、違うんじゃないのかな?」


 私はまだ子どもだから分からないけど、そう思った。


「泉海は変なところでマセてるからな」


 拓海に言われて、ムッとなり、反論した。


「別に私、マセてないし!! 普通だし。拓海がおかしいんじゃない?」


 私からすれば、両親の不倫を知っていた拓海の方がマセてると思うんだけど。でも、それを口にはしなかった。なんとなく。



 そんな会話をしている間に、家に着いていた。

 来客用の駐車スペースに健ちゃんの車を駐車すると、健ちゃんに玄関先で待っててと伝え、勢いよく「ただいまー!」と家に入って行った。


「泉海っ!!」

「ママ、ただいま!」


 私がそう言うと、安心したような表情を浮かべるママ。


「泉海、今朝はごめんね……」

「え?」


 そういえば、朝、怒って家を飛び出した事をすっかり忘れていた。

 ママは、まだ私が怒ってると思っていたらしく、何度も「ごめんね」と繰り返した。


「もう大丈夫だよ! っていうか、ママまたこんなカッコで!!」

「えっ??」


 いきなり洋服のダメ出しを始めた私に対して、戸惑うママ。

 でも、ママはいつもジーンズを履いていて、上はTシャツが多く、女子力というものとは無縁なんだもん。


「ママ、着替えて!」

「えっなんで?」

「なんででも!!」


 ふたりでママの部屋に行き、クローゼットの中を物色した。しかし、出てくる洋服は、似たり寄ったりで、Tシャツかカットソーにジーンズがほとんどだった。


「ママ……スカートかワンピないの?」

「んー……あったかなぁ……??」


 眉間にシワを寄せて言うママ。

 料理は上手だし、スタイルよくて美人なのに、なんでこんなに女子力が低いんだろう……。

 思えば、基礎化粧はちゃんとしてるけど、メイクとかにもあまり気を遣わない人だったな……。

 そんな事を思っては、心の中で苦笑した。


「あっ!!」


 そんな中、私は一着のキャミワンピを見つけた。

 黒っていうのが残念だけど、胸元も結構開いてて、セクシー系だったので、この服に決めた。


「ママ、これ着て!」

「え、なんで??」

「なんででも!!」


 下で健ちゃんが待機している事は、まだ内緒にしていたかった。

 ママは頭の上にはてなマークを三つほど浮かべていたけど、真剣な私を見て、着替え始めた。

 着替え終わると、そこには別人と化したママがいた。

 胸元がちょっとだけ見えていて、やっぱりセクシーだし、ピタッとした生地は、ママのスタイルの良さを増長させた。


「後は、お化粧もして」

「泉海、どうしたの??」

「もう少しで分かるから、お願い!!」


 懇願する私を見て、ママは慣れない手つきでメイクをした。

 ママ、普段スッピンだからな……。

 メイクが終わると、コテで横髪にウェーブをかけて、残りの髪の毛は、アップにした。

 なんだかんだで一時間かかったママの変身は大成功! 普段のジーンズ姿からは想像も出来ないほど、色気が漂っていた。


「じゃあ、下に行くよ!!」


 私はママの腕を引っ張り、階段を駆け下りた。

 その勢いで、リビングまで行くと、健ちゃんと由海が遊んでいた。


「お待たせ!!」

「ん、大丈──」


 健ちゃんは「大丈夫」と言おうとした瞬間、ママを見たらしく、言葉が止まった。


「えっ健ちゃん?? なんで居るの?」

「今日から日曜日まで、健ちゃんとラブラブして来て!!」

「えっ……!? なにっ」


 私はママの背中をグイグイ押すと、健ちゃんの元へ送った。

 ママと健ちゃんの目が合うと、恥ずかしそうに目線を逸らすふたりがまるで子どもみたいで、私の親なのになぜか微笑ましく見えた。

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