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第一章
私たちの選択
しおりを挟む翌日は早起きをした。ママが居ないから、わたしが朝食を作るんだって意気込んで起きたら、キッチンのカウンター越しにカチャカチャという音がしていた。
一瞬泥棒かと思い怯んだけど、ギュッと手を握りしめると、そーっと、そーっと足音を立てずに忍び足で近づいた。
軋む床の音に細心の注意を払いながら、近づく。
カーテンの隙間からはまだ光は差さず、外もまだ真っ暗なのを告げていた。
どうしよう……? パパを呼んでくるべき……?
でも……‼︎ これからは長女であるわたしがしっかりしないと!そんな思いで、わたしは恐る恐るキッチンカウンターの下へと隠れた。
その瞬間、パチっとスイッチの音がして、リビングの灯りが煌々と照らし出され、その上にあるファンがクルクルと静かに回転し始める。
もちろん電気を付けたのは、キッチンカウンターの下に隠れているわたしではない。スイッチの方へ目をやると、先月家庭科の実習で作った歪なエプロンを付けた、キョトンとした表情の拓海。
「泉海……。なにやってんだ、マヌケなカッコして」
呆れたようにため息交じりに言う拓海。
「ってか、それはこっちのセリフ‼︎ なんでそのエプロンつけてこんな朝早くからキッチンに居るの⁉︎」
「はぁ」
すると、さっきよりも深いため息を吐く拓海。その表情は、眉根が少し上がっていて、双子なのにそんなことも分からないのか……と言いたげだった。
「お前だって分かってるだろ? これからは俺たちがしっかりして支えていかなきゃならないって」
「そうだけど……」
——意外だった。拓海もわたしと同じ考えなんて。
でも、双子だからそう感じるのは、当たり前なのかも。
「泉海は」
「ん?」
わたしは立ち上がりながら、拓海に返事をした。
少し立ちくらみがしたのが、早起きをして寝不足の証かもしれない。
「泉海は母さんについていくんだろ?」
「えっ……」
——そうだ。わたしはすっかり忘れていた。
両親が離婚するということは、わたしたち姉弟はバラバラになってしまうということ。
ママかパパ。どちらかを選んでついていかなきゃいけないって。
この家族がバラバラの世界なんて、わたしには想像つかない。
「わたしは……」
やっぱりママ? でも、それだとパパにはなかなか会えなくなるの……?
「……分からない」
ママだと思い込んでいたらしい拓海は、わたしの答えに目を丸くした。だけど、「分からない」。
それがわたしの本音だから。
「拓海は?」
拓海はどうなのかな? やっぱり男同士、パパなのかな。
「俺も分からない……」
俯きながらそう言った拓海のパパ譲りの黒髪が、空調の風でそっと揺れた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「ごちそーさま‼︎」
パチンと手を合わせてごちそうさまをする由海は、その後食器をキッチンまで不器用に持って行く辺り、小さいなりに昨日のことを考えたのかなと思えた。
「パパ、今日お仕事は?」
「今日は昼からだよ」
切ない中に儚さを持った表情でパパは言う。
ママは、わたしの宣言通り帰ってきていない。健ちゃんとのデートを楽しんでくれているみたいで、わたしの心は温かい気持ちになった。
だけど。
どこか寂しさを感じてしまうわたしの胸。
やっぱり家族が離れ離れになっちゃうのは嫌だな……。そう思うと、うっすら涙が溢れてきた。
ポタリとキャラクターもののお箸の上に一滴落ちる涙。
ヤダ……‼︎ わたし、一番上なんだから。泣いちゃダメ……!
ふるふるふると頭を振ると、気合いを入れ直した。
わたしはやっぱり選べないよ……。パパもママも拓海も海斗も由海も大好きだもん。
みんなみんな愛してる大事な家族——。
拓海とふたりで不器用に作ったほうれん草のお浸しを口に入れたけど、味が感じられない。
ママ……。早く帰ってきて。
自分から送り出したくせに、ママが居ない状況にも不安を感じてしまう。
ちょっぴり、いや……。かなり寂しい、ママの居ない朝ごはんの光景——。
「ねーちゃんは決めた?」
近所のスーパーまでお昼ご飯と晩ご飯の買い物にきていた、わたしと海斗。夜ご飯は豚の生姜焼きにしようと、生姜焼き用の豚肉を選んでいる時のことだった。
海斗がいきなりそう訊いてきたので、てっきりお肉のことだと思ったわたし。
「バラ肉ともも肉どっちがいいかなぁ?」などとイミフな回答をしてしまった。
「は⁉︎」
思いっきり眉をしかめて、頭上にはてなマークを浮かべる海斗。
「え、だから。お肉のことでしょ⁇」
「肉のことなんかどーでもいいよ! ねーちゃんは決めたのか!……って訊いてんだよ‼︎」
「ん、なっなにを⁇」
まくし立てるような言いぐさの海斗に、思わず尻込み。すると海斗は、「はぁー」っと深いため息を吐き、重い口を開いた。
「ねーちゃんは……。父さんと母さん、どっちについていくんだ?」
「……あ」
今日のわたしたち兄弟姉妹の話題は、やっぱりこの話で持ちきりになってしまっていた。海斗の男の子にしては長いまつ毛が、ママ譲りの青い瞳を半分隠した。その瞳は半ば潤んでいて……。海斗の気持ちを代わりに表していた。
「わたしは、」
「うん」
「まだ。……決めてない」
わたしがそう告げると、海斗は目をまん丸くさせていた。意外……。だったのかな?
やっぱり海斗もわたしはママにつくと思っていたのかな?
「そういう海斗は?」
「おれ? おれは……」
段々と口ごもり声が小さくなっていく海斗の様子から、海斗もまた決めかねていることがうかがえた。
「海斗……」
もしかしたら、海斗ともこの夏限りでサヨナラかもしれない——。そう思うと胸がきゅっと痛くなって、涙がこみ上げてきた。
ダメ……‼︎
わたしは長女なんだから! 泣いちゃダメ‼︎
朝に引き続きそう言い聞かせると、わたしは豚肉をカゴに入れた。
今日は土曜日。ママと健ちゃんには、日曜日までイチャイチャしてきて!って言ってある。
明日までママは居ないんだ。
やっぱりわたしがしっかりしないとだ‼︎
改めて気合いを入れると、残りの買い物を済ませた。
帰り道に海斗と見た曇り空が、わたしたち兄弟姉妹の心を表しているかのようで胸が張り裂けそうだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
夕方。昼間見た曇り空が嘘のような綺麗な夕焼け空が広がっていた。なんとなく、わたしちち家族の未来も明るいのかな——? 少しだけそう思えた瞬間。
「ただいまー……」
恐る恐る、という感じで玄関からママの声が聞こえてきた。
その声に一番に反応したのは、一番小さな由海。「ママー‼︎」と言っては、一目散にママの元へと駆け寄っていった。
……ってか、なんでママ⁇
明日まで帰って来ないはずじゃ……?
「泉海、ただいま。色々とありがとうね! 後はママがやるから‼︎」
「んで」
「え?」
「なんでもう帰ってきてるの⁇」
俯きながら震えた声色でママに訊ねた。
——嬉しかった。ママの顔を見られて。
ママが居てくれる。それだけでわたしは安心なんだ……。
ママが居ないと、わたしは……。
「だってママはみんなが居ないと寂しいから……」
そう言ったママの表情が儚く切なくて、今まで見た中で一番綺麗な笑顔だった。
「うぅっ」
堪えきれなくなって、思わず嗚咽が漏れた。わたしはママが居ないとダメだ……。
「泉海」
優しく微笑むママに、小さい子どもみたいに、泣きついてしまった。
その翌日。拓海はパパに、わたしと海斗と由海はママにつくことが正式に決まった。
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