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3章「いいよ、言わなくて」
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しおりを挟む「なんか思い出すよねぇ。ふたりの前で倒れて救急車で運ばれたときのこと」
「笑いごとじゃないよ! あのときは、ほんっとにびっくりしたんだから!」
「んねー。まあでも、あれがあったから、あたしたちは鈴の病気を知ることができたわけだし。今となってはよかったなって思うよ。その場に居合わせてて」
かえちんの飾らない素直な言葉に、私は思わずくすりと笑った。
見た目も中身もボーイッシュな性格のかえちんは、一見冷たい印象を覚えられがちだけれど、意外と優しさの塊だったりする。
そんなツンデレなところが私と円香のつぼに入り、ここまで仲良くなった。
なんというか、バランスがいいのだ。私たちは。
「……私も、ふたりに話せてよかったって思ってるよ」
発病してから高校に入学するまで、私は病気のことをひた隠しにし続けてきた。
もちろん学校の先生は知っていたし、相応の配慮はしてもらっていたけれど、中学の頃はそれを知られるのがひどく怖かった記憶がある。
多感な時期だから、というのもあるだろう。
なんとなく、自分が異質な存在として扱われるのが我慢ならなかった。
知られてしまったら、友だちがいなくなるんじゃないか。腫れ物のように扱われるんじゃないか。そんな恐怖が、いつも心のどこかを巣食っていた。
でも、実際にこうして打ち明けてしまえば、なんとも気楽なものだった。
もちろん相手がふたりだから、というのもある。このふたりなら話しても大丈夫だと思うことができたから、私は病気のことを包み隠さず打ち明けた。
きっと傷になってしまうだろうと、そういう躊躇は、いまだにあるけれど。
一方で、今は変に隠してしまう方がふたりを傷つけるとわかっている。
だから、ちゃんと話さなければならない。今の状態も、これからのことも。
ふたりはきっと、気にしているだろうから。
「──あのね、円香、かえちん」
私は広げていたノートの上にシャーペンを置いて、ゆっくりと切り出した。
試験勉強の準備をしていたふたりも、その神妙な空気を察したのか、手を止めて聞く体勢を取ってくれる。
ほんの少し顔が強張っているものの、聞かないという選択肢はないようだった。
「私、八月からまた入院するんだけど」
「検査のだよね? 前に言ってた……」
「うん、そう。でもたぶん、もう戻ってこられないと思うんだ」
ふたりがひゅっと息を詰めた。
心なしか青褪めながら、円香が胸の前で手を組んで俯く。
「退院できないってこと?」
「うん。先生に言われたんだ。……このまま病状が進行すれば、年は越せないかもしれないって。きっとそうだろうなって私も思ってたし、覚悟はしてたんだけどね」
「っ……!」
円香が瞬く間に眦に涙を溜めて、両手で口を覆った。
かえちんも聞いていられないといわんばかりに顔を背ける。
そんなふたりに曖昧な笑みを向けながら、私はそっと睫毛を伏せた。
「それに、さすがにもう私のわがままは終わりにしなきゃなとも思ったの」
「……わがまま?」
「ぎりぎりまで入院はせずに、学校に通わせてほしいっていうわがまま」
本当なら、高校も行かないはずだった。枯桜病を抱えた体で、他のみんなと同じように学校生活を送るのは、絶対的にリスクが高すぎるから。
それでも、先生や家族の反対を押し切ってまで、私が進学を決意したのは。
「──私ね。どうしても、ユイ先輩に会いたかったの」
──二年前。
中学三年生のときの絵画コンクールで、私は一度だけ金賞を獲ったことがある。
けれどもそれは、いつも私の上に太陽のごとく咲いていたユイ先輩が、中学を卒業して高校部門へ移ったからという明確な理由があってのことだった。
高校部門でも変わらず金賞を受賞したユイ先輩の作品を見て、私は心の底から敵わないと思ってしまった。もしも例年通り同じ部門に応募されていたら、自分は間違いなく銀賞だと確信できるほど、私とユイ先輩の間には形容しがたい差があった。
……目標だった金賞を得ても満足できなかったのは、私が金賞を目指していたわけではなく、ユイ先輩を越えることを念頭に置いていたからで。
とても、わがままだなあ、とは思う。
贅沢な望みだと。
それでも私は、先輩が見ているあの世界を見てみたかった。
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