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7章「描けるような気がした」
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しおりを挟むこんなの描いたっけ、とつい思ってしまうような。
──それほど、ふとした日常を切り取った一枚。
鉛筆一本で描かれたそれは、自分で見てもまったく心を揺さぶられない。
そりゃあそうだ。いつも見ている光景なのだから。
その下をスクロールして、手が止まる。
「……鈴のやつだ」
銀賞。小鳥遊鈴。タイトルは『緋群の空』。
柔らかい水彩タッチで描かれているそれは、ちょうど夕暮れ前、茜と群青が混ざり合う黄昏時。けれど決してそのふたつの色だけではなく、ともすれば虹よりも多い数の色彩で作られた光の表現がとても美しい絵だった。
あまりひけらかさないけれど、鈴は、ちゃんと『画家』の才がある。
技術的な面で言えば、俺と負けず劣らず上手い。
表現する画材が異なるから一概には比べられないものの、少なくともこうして銀賞を受賞するくらいの技術と魅力は兼ね備えている。
とりわけ水彩を扱う画家は多いし、そのなかでこうも突出した才能を持っているのは、控えめに言っても誇らしいことだろう。
去年初めて鈴が描く絵を見たときに、上手い色の使い方をするなと思った。
そしてこの子が見えている世界は、こんなにも色鮮やかなのかと、ほんの少し興味が湧いた。
あの頃は、まさか鈴と付き合うなんて思っていなかった。一年かけてゆっくりと惹かれ続けて、今年に入ってからははっきりと好きだと自覚してしまった。
──四月。鈴が行方知らずになっていたあの一ヶ月で。
「あのときと一緒、か」
隣に鈴がいないだけ。
たったそれだけで、ぽっかりと胸に穴が空いているような感覚になる。
隣に鈴がいないのに、こんなにも鈴のことばかり考えている。
鈴が言っていた『俺にとっての鈴の存在がどんなものか』の答えを探さなければならないのに、どうしても俺にはその糸口を見つけられない。
はあ、と嘆息して、俺はひとり廊下を歩き始める。次の授業が始まるチャイムが鳴っているけれど、走る気力すらわかなかった。
◇
「よーっす」
放課後、いつものように屋上庭園でひとり絵を描いていると、珍しい来客があった。
絵の具を筆先でいじっていた手を止めて振り返ると、右手に購買のビニール袋を下げた隼がのらりくらりと歩いてくるところだった。
「……?」
「んだよ、その奇妙なものを見る目は。ひとり寂しく部活中の部長さんに差し入れ持ってきてやったんだろ。幼なじみの親切心に感謝しろよ」
「自分の部活はどうしたの」
バスケ部の隼は、運動嫌いな俺とは違って、全身が筋肉のみでできているんじゃないかと思うほど引き締まった体をしている。実際、体脂肪は一桁らしい。
グラウンドの方からは、現在会進行形で各部が練習する声が聞こえてくる。休みではないはずなのになぜ、と思っていると、心底呆れたような顔をされた。
「おまえ、今何月だと思ってんの? 十月半ばだぞ。受験生はとっくに引退してるっつーの」
「引退……」
ああそんな概念があるのか、と俺は思いもしなかった返答に目を瞬かせた。
まったくもって考えたことがなかった。
「おまえだっていつまでも部長してないで、本当は受験に専念しないといけないんだよ。部員ひとり見かけねえ時点で、そんな話し合いも行われてないのは明白だけどな」
「うちは活動場所決めてないから。各自自由に、好きな場所、好きな時間に好きなものを描く。だから滅多に集まらないけど、きっと部員たちもどこかで描いてるよ」
「自由かって。いいのかそんなんで。絵画コンクールの二トップがいるってのに地味だなぁ。もっと自分ら利用して人集めしろよ。宝の持ち腐れ部め」
二トップ、とは、俺と鈴のことか。
そういえば前回、同じ高校から金賞と銀賞が出たと一部メディアで話題になっていたかもしれない。大して気にしたことはなかったが。
「まあ、俺も鈴もそういうタイプじゃないし」
「おまえはともかく、小鳥遊さんはもっと目立ってもよさそうだけど。てか、あの子の絵って綺麗だよな。素人目だけどさ、優しい色合いのなかにめちゃくちゃ感情が込められてて、ぐっと胸を掴まれるっていうか。俺、結構好きなんだよ」
「そう、だね。たしかに『緋群の空』はそんな感じだ。鈴らしくていい作品だった」
「ひ……なんだって? 空?」
「鈴のコンクールの絵」
ああ、と隼が首肯する。
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