近くて遠い10センチメートル

視世陽木

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忙殺の日々

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 俺達2人はいわゆる変わり者という部類だったと思う。
遠い日の学生時代において俺も彼女も除け者にされていたわけではないが、窓際の席で大人しく本を読んでいる、そんな目立たない存在だった。

 俺は校庭が見える窓際の1番前の席で粛々と読書に没頭し、彼女は廊下側の1番後ろの席で静々と読書に勤しんでいた。
教室という狭い平面の対角線に位置する俺達は、日々の学校生活を特に接点もなく過ごしていたただのクラスメイトで、開催されるかは不明な同窓会で再会したとしても「そういえばそんなやついたかな」ぐらいの希薄な関係性で終わるはずだった。

 昔日のあの日が、もう少しで雨が止みそうな空模様でなければーー

「聞いてるのか木原!」

 バンッと乱暴に叩かれた机の音で現実に引き戻される。

「はいっ、誠に申し訳ございません! すぐにやり直します!」

 本当はほとんど聞いていなかったが、これが社会人3年目の平凡なサラリーマンの処世術だ。
心の中ではとても人様には聞かせられない罵詈雑言を浴びせていたとしても、決して「お前が過去の資料どおりにやれって言ったんだろうが!」などと反論してはいけない。説教タイムが伸びてしまうのはもちろん、上司の心証を悪くし、ボーナスの査定を下げられるなどの公私混同も甚だしい嫌がらせが続くこと請け合いだから。

(こんな時、彼女なら凛然と立ち向かうんだろうな)

 予算の都合上買い換えられることのない型落ちのパソコンを操作しながら、上司に汚された思い出のよすがを手繰り寄せる。

 善は善、悪は悪と公正に区別し、時には同性のやっかみを受けながら、時には異性から冷やかしを受けながら、それでも彼女は年齢にふさわしくない程に透徹した目をしながらトラブルに対処していた。

「桜田絵麻、趣味は読書。将来の夢はフランスに渡ってデザイナーになることです」

 とても中学生1年生とは思えないほど高い目標のある彼女の自己紹介に、俺達のクラスは一瞬静まり返った。
担任の「自己紹介でもしようか。名前と趣味と将来の夢を順番に発表してくれ」という提案に、当時は「小学生かよ!」とみんなして突っ込んだものだが、彼女を知るいい機会だったと後になって感謝した。

(桜田さん、君は夢を叶えたんだろうね)

 中学を卒業してから接点は完全になくなってしまったが、それでも彼女が夢を叶えたであろうことは想像に難くない。
何となく進学し、流れのままに就職活動をしてそこそこの会社から内定をもらい、何となく大学を卒業して社会人になった俺みたいな量産型の人間とは違うんだ。

(まあ俺には俺の人生があるさ)

 そう思っていても、心のどこかでは彼女への羨望が残っている。
彼女とまともに話すようになったのは中学3年生の2学期からだったが、それから卒業までの数ヶ月間がもしかしたら俺の人生で最も輝かしい時間だったかもしれない。
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