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6話 夜の帳の声
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進学する大学を決める際、他の何よりも『近い』という条件を大切にしていた。
特に熱烈にやりたいことがあったわけでなく、何となく進学という道を選んだため、実家から通える楽さだけを重視した。
一方坂本は県外から進学してきており1人暮らしをしていた。
少し珍しいかもしれないが、彼は親戚が所有する一軒家を借りて1人暮らしをしており、1人暮らしには広すぎる贅沢な生活を送っていた。
そんなに広い家だと遊びたい盛りの学生の溜まり場になるのが世の常なのであるが、残念ながら彼の異常なまでの霊感と、異常なまでのデリカシーのなさがそれをさせなかった。
次回の話にも少し関係してくるが、私が彼の家に泊まる時は必ずと言っていいほど暗闇の中の『幽霊談義』が開催されていた。
『幽霊談義』とは、怪談話ではなく霊的な現象について自分達なりに分析したり考察したりする、本当の意味で『談義』と呼べるものだった。詳しい話は次回書かせていただく。
今回の話は、私が坂本の家に宿泊した際に実際に体験した怖い話である。
◆
「僕、おばあちゃんっ子だったんだ」
いつもの幽霊談義が終わり、互いにウトウトしていたであろうタイミングでその話は始まった。
彼が自分から身の上話をするのは珍しく、話のタイミングも内容も少し意外ではあったが、私はぼんやりと話を聞いた。
「小さい頃から霊感が強くて、お母さんもお父さんも僕を気味悪がってた。何度も病院に連れていかれたし、家の中でも距離を置かれてたんだ」
始まったのは悲しすぎる話で、一体どんな心境で語っているのだろうかと心配になった。
実の親に距離を置かれ、ともすれば両親から忌み嫌われていたという悲しい過去。
「おばあちゃんだけが僕を可愛がってくれた。5歳ぐらいまではおばあちゃんがずっと面倒を見てくれてたんだ」
「おばあちゃんだけでも味方でいてくれて本当によかったな」
「本当に優しいおばあちゃんだった。方言がキツい人だったから、覚えた方言をたまに親の前で話すとギョッとしたりしてさ」
「驚かせてその反応を試してたわけか」
多少の違和感と眠気を覚えながら、ぼんやりした頭で彼の身の上話に付き合った。
眠ったのだろうか、しばらくして話が止まったので私も寝ることにした。
翌日、睡眠時間が極端に短い私は坂本よりも先に目を覚まし、食事の準備をしていた。
どうせ起きてくるのは昼前ぐらいだろうと思い、ブランチとなるようにダラダラと準備をする。
案の定昼前にノソノソと起き上がってきた彼は、開口一番
「お腹空いた……」
と、母親に食事をせがむかのように言った。
すっかり準備はできていたのであとは並べるだけ。
すぐに準備は整い、彼は並べられた料理を起き抜けとは思えない食欲で食べ進めていた。
「お前おばあちゃんっ子だったんだな。意外だったよ」
食事の間のほんのお気楽なおしゃべりのつもりだったが、彼は目を丸くして驚いていた。
「あんな家庭の事情があったんならしょうがないよな。おばあちゃんはまだ元気にしてんのか?」
そう私が尋ねると、あれだけ勢いがよかった食事の手を止め、持っていた食器を置いて静かな声で呟いた。
「なんでお前が知ってんの?」
「は? 昨日の夜お前が話し出したじゃん」
「俺はそんな話してない」
「いやいやいや! 幽霊の影の談義の後、一息おいて話し始めたじゃん」
「談義の後、俺は朝までずっと寝てたぞ。1回も起きてない」
彼の目を見ると、嘘を言っていないことはすぐにわかった。
霊的な現象に関して、彼は絶対に嘘をついたりふざけたりしない。
彼が本気だということがわかったので、昨日の夜のことをすべて話した。
大体の時間や話の内容を可能な限りリアルに話したのだが、説明している途中で自分の思い違いに気づいてしまい怖くなった。
勘のいい読者様ならば早い段階で気づいただろう。
いくら眠気がきていたとはいえ、自分の鈍さが恨めしかった。
坂本が用いる一人称は、余程のことがない限りは『俺』である。
先輩やお世話になってる教授に対しても畏まった話し方などしない。
それなのに深夜の彼の一人称は『僕』だった。
慣れ親しんだ私に畏まった話し方をするはずもなく、『おばあちゃん』や『お父さん』や『お母さん』のように接頭語をつけることだって普段はしない。
それはまるで幼児退行してしまったかのような話し方。
そのすべてに少しは違和感を持ちながらも、スルーして聞いていた自身の危機感のなさにもゾッとした。
「夜の帳の中、お前は誰の声を聴いたんだろうな?」
怖がる私をあざ笑うかのように吐き捨てる彼に、普段の私ならば多少イラついただろう。
しかしその日の私は気づいていた。あざ笑う彼の腕にも鳥肌が立っており、彼もまた声の正体がわからない被害者の1人だった。
彼の前で論議することは憚られたのでこの出来事についてはそれ以降触れなかったが、私は1人推論を立てた。
あの声は、幼い頃に心に押し込められてしまった甘えたい盛りの幼少期の彼だったのではないだろうか?
本来1番甘える対象であったはずの両親に上手く甘えることができず、閉じ込められてしまった坂本少年。
その彼の幻影が、姿を隠してくれる夜の帳に力を借りて遠慮なく話せる相手である私に訴えたのではないだろうか。
もし私の推論が正しいのであれば、坂本少年は話し終わった瞬間に心の奥底に戻ったのではなく
「お腹空いた……」
とあどけなく起きてきたそのギリギリまで甘えていたのではないだろうか?
そう考えた時、私は恐怖するわけではなく、ただただ涙を抑えるのに苦労するほどの悲しみを覚えた。
特に熱烈にやりたいことがあったわけでなく、何となく進学という道を選んだため、実家から通える楽さだけを重視した。
一方坂本は県外から進学してきており1人暮らしをしていた。
少し珍しいかもしれないが、彼は親戚が所有する一軒家を借りて1人暮らしをしており、1人暮らしには広すぎる贅沢な生活を送っていた。
そんなに広い家だと遊びたい盛りの学生の溜まり場になるのが世の常なのであるが、残念ながら彼の異常なまでの霊感と、異常なまでのデリカシーのなさがそれをさせなかった。
次回の話にも少し関係してくるが、私が彼の家に泊まる時は必ずと言っていいほど暗闇の中の『幽霊談義』が開催されていた。
『幽霊談義』とは、怪談話ではなく霊的な現象について自分達なりに分析したり考察したりする、本当の意味で『談義』と呼べるものだった。詳しい話は次回書かせていただく。
今回の話は、私が坂本の家に宿泊した際に実際に体験した怖い話である。
◆
「僕、おばあちゃんっ子だったんだ」
いつもの幽霊談義が終わり、互いにウトウトしていたであろうタイミングでその話は始まった。
彼が自分から身の上話をするのは珍しく、話のタイミングも内容も少し意外ではあったが、私はぼんやりと話を聞いた。
「小さい頃から霊感が強くて、お母さんもお父さんも僕を気味悪がってた。何度も病院に連れていかれたし、家の中でも距離を置かれてたんだ」
始まったのは悲しすぎる話で、一体どんな心境で語っているのだろうかと心配になった。
実の親に距離を置かれ、ともすれば両親から忌み嫌われていたという悲しい過去。
「おばあちゃんだけが僕を可愛がってくれた。5歳ぐらいまではおばあちゃんがずっと面倒を見てくれてたんだ」
「おばあちゃんだけでも味方でいてくれて本当によかったな」
「本当に優しいおばあちゃんだった。方言がキツい人だったから、覚えた方言をたまに親の前で話すとギョッとしたりしてさ」
「驚かせてその反応を試してたわけか」
多少の違和感と眠気を覚えながら、ぼんやりした頭で彼の身の上話に付き合った。
眠ったのだろうか、しばらくして話が止まったので私も寝ることにした。
翌日、睡眠時間が極端に短い私は坂本よりも先に目を覚まし、食事の準備をしていた。
どうせ起きてくるのは昼前ぐらいだろうと思い、ブランチとなるようにダラダラと準備をする。
案の定昼前にノソノソと起き上がってきた彼は、開口一番
「お腹空いた……」
と、母親に食事をせがむかのように言った。
すっかり準備はできていたのであとは並べるだけ。
すぐに準備は整い、彼は並べられた料理を起き抜けとは思えない食欲で食べ進めていた。
「お前おばあちゃんっ子だったんだな。意外だったよ」
食事の間のほんのお気楽なおしゃべりのつもりだったが、彼は目を丸くして驚いていた。
「あんな家庭の事情があったんならしょうがないよな。おばあちゃんはまだ元気にしてんのか?」
そう私が尋ねると、あれだけ勢いがよかった食事の手を止め、持っていた食器を置いて静かな声で呟いた。
「なんでお前が知ってんの?」
「は? 昨日の夜お前が話し出したじゃん」
「俺はそんな話してない」
「いやいやいや! 幽霊の影の談義の後、一息おいて話し始めたじゃん」
「談義の後、俺は朝までずっと寝てたぞ。1回も起きてない」
彼の目を見ると、嘘を言っていないことはすぐにわかった。
霊的な現象に関して、彼は絶対に嘘をついたりふざけたりしない。
彼が本気だということがわかったので、昨日の夜のことをすべて話した。
大体の時間や話の内容を可能な限りリアルに話したのだが、説明している途中で自分の思い違いに気づいてしまい怖くなった。
勘のいい読者様ならば早い段階で気づいただろう。
いくら眠気がきていたとはいえ、自分の鈍さが恨めしかった。
坂本が用いる一人称は、余程のことがない限りは『俺』である。
先輩やお世話になってる教授に対しても畏まった話し方などしない。
それなのに深夜の彼の一人称は『僕』だった。
慣れ親しんだ私に畏まった話し方をするはずもなく、『おばあちゃん』や『お父さん』や『お母さん』のように接頭語をつけることだって普段はしない。
それはまるで幼児退行してしまったかのような話し方。
そのすべてに少しは違和感を持ちながらも、スルーして聞いていた自身の危機感のなさにもゾッとした。
「夜の帳の中、お前は誰の声を聴いたんだろうな?」
怖がる私をあざ笑うかのように吐き捨てる彼に、普段の私ならば多少イラついただろう。
しかしその日の私は気づいていた。あざ笑う彼の腕にも鳥肌が立っており、彼もまた声の正体がわからない被害者の1人だった。
彼の前で論議することは憚られたのでこの出来事についてはそれ以降触れなかったが、私は1人推論を立てた。
あの声は、幼い頃に心に押し込められてしまった甘えたい盛りの幼少期の彼だったのではないだろうか?
本来1番甘える対象であったはずの両親に上手く甘えることができず、閉じ込められてしまった坂本少年。
その彼の幻影が、姿を隠してくれる夜の帳に力を借りて遠慮なく話せる相手である私に訴えたのではないだろうか。
もし私の推論が正しいのであれば、坂本少年は話し終わった瞬間に心の奥底に戻ったのではなく
「お腹空いた……」
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そう考えた時、私は恐怖するわけではなく、ただただ涙を抑えるのに苦労するほどの悲しみを覚えた。
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