実話怪談集

視世陽木

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20話 不思議な女②

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 平穏無事な大学生活を送っていたが、大学生活も後半に差し掛かったところで再び恐怖体験をすることとなった。

「原付、壊れた……」

 大学構内の駐輪場にて、原付がうんともすんともいわなくなってしまった。
まぁ元々新車ではないうえに、当時の私の運転は荒かった。正直そこまでもってくれたことに感謝した。

 ちょうど仕事が休みで在宅だった親に迎えに来てもらい、その道中で知り合いのバイク屋に電話をして安い中古の原付を都合してもらい、動かない原付も廃車処理してもらうこととなった。

 すぐに納車されるわけではないので、翌日大学へはバスで向かうことにした。
眠い目をこすりながら携帯電話で時刻を確認し、ようやくやってきたバスに乗り込んだ。

 大学生活も後半、必須科目以外は卒業に十分な単位を取得しており、大学へは2~3日に1回行けばよかった。

 そんな私は、穏やかな日々の中ですっかりあの恐怖の日々を忘れてしまっていた。

 大学入学時と同じようにぼんやり車窓の外を見やる私だったが、次の停留所が見えてくると同時に、あの恐怖がフラッシュバックした。

(なぜいる……)

 バスはプシューと音を立てて停まり、後方のドアが開く。
ガヤガヤと乗り込んでくる乗客、その中の1人の足音が私の耳にゆっくりと近づいてきた。

 そしてついに音の主は、トスッと私の隣に腰かけた。

(怖い、怖い、怖い、怖い……)

 心臓は高鳴り、ひたすらその言葉だけが頭を支配した。
チラリと一瞬だけ確認したその先にいたのは、まぎれもなくあの日の女性だった。

 何をするわけでもなく、ただひたすらに前を向いて座るだけの女性。
その女性の美しささえもが私を震え上がらせていた。

(落ち着け、落ち着くんだ俺……)

 私はこっそりと深呼吸をした。

 よく考えると実害はないのだ。
毎回私の隣に座るという行動は確かに奇妙であり恐怖ではあるが、それ以外は何の害もないのは数年前に実証されている。危害を加えられることはおろか、触れられたりすることもなく、話しかけられることも、見られることすらないのだ。

(やり過ごせ、あの日みたいにやり過ごすんだ…)

 冷静に彼女の無害さを反芻させると、少しずつ落ち着いてきた。
彼女のことを考えないようにして、ただひたすらに車窓の外の景色に心を溶け込ませる。

 しかし、事は数年前と同じとはならなかった。

「………すね。……か」

 隣の女性が声を発したのだった。
最初は空耳かと思ったが、その小さな虫の鳴くような声は確かに私の隣から聞こえてきていた。
以前とは違う彼女の行動に、また少しずつ胸が騒がしくなる気配がした。

 それでも私は外だけを見つめ続けた。

「お………すね。お……か」

 しかし、隣からの声は止まない。
授業中の教室でコソコソおしゃべりしているような、本人は気を遣っているつもりの周りにはかなり耳障りな、そんな感じの声。
隣の私にしか聞こえていないであろうその声は、まるで遠慮がちに小声で電話で話しているような感じだった。

 始めは恐怖していたが、次第にイライラに変わってきた。
通勤・通学ラッシュとは言えない時間帯だったが、バスの中には他にも複数名の乗客がいた。
自分から電話をかけているのなら論外だし、相手からかかってきた電話なら急ぎの用件だとしても「今バスの中だから後でかけなおします」とでも言って早々に切るのがマナーだ。

(もう無理、限界だ!)

 おそらく私にしか聞こえてないであろう、ぼそぼそとした耳障りな声。
さすがにこれには我慢できず、やんわりと注意しようと女性の方を向いた私の目に入ってきたのは……。

(誰と話してるんだ?)

 彼女は電話なんてしていなかった。
いつものようにお行儀よく前を向いて座ったまま、こちらを見るわけでもなく

「お久しぶりです。元気でしたか」
「お久しぶりです。元気でしたか」
「お久しぶりです。元気でしたか」
「お久しぶりです。元気でしたか」
「お久しぶりです。元気でしたか」
「お久しぶりです。元気でしたか」
「お久しぶりです。元気でしたか」
「お久しぶりです。元気でしたか」

と、ただひたすらに1人呟いていたのだ。

「うわっ!!」

 思わず声を上げてしまったが、それでも彼女はこちらを見ようとしない。
ただただ「お久しぶりです。元気でしたか」と呟くのみである。

 目的地はまだ先だったが、余りの恐怖に降車ボタンを押し、見えていた次の停留所で逃げるように降車した。
そこからは頑張って徒歩で大学へ向かったが、私の身震いが止まることはなかった。

 それから新しい原付がくるまでは、近くに住む友人に送迎してもらったり、親に送迎してもらって急場を凌いでいた。

 しかし、友人の車で大学に向かう際も親の送迎の際も、やはり停留所に彼女の姿はなかった。

 どういう理屈かはわからないが、私がバスに乗らない限りは彼女は姿を現さないのだ。
近所でも見たことがないし、大学構内はもちろん、街へ出かけた際も1度も彼女に遭遇したことがない。

 それなのに彼女は待っていた。
姿なき彼女は、どこかで私が乗車してくるのをずっと待っていたのだ。

 そうでなければ「お久しぶりです」なんて言わないだろうし、「元気でしたか」なんて気遣いはしないだろう。

 その不思議な女性について、私は何度も何度も考察し記憶を奥の奥まで辿ってみた。

 そしてようやく1つの記憶に辿り着く。

 しかしその辿り着いた先に潜むのも、私を震え上がらせるのに十分な恐怖であった。

<不思議な女③に続く>
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