アメジストの裁き

しがついつか

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騎士を目指した若者は僻地へと旅立つ

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城の大広間にて、王女の誕生日を祝う宴が催されていた。
病人や妊婦、幼子や隠居した者を除いて国中のすべての貴族達が参加している。

上等な酒が振る舞われ、城の料理人達が腕によりをかけて作った様々な料理がテーブルに並んでいる。
上級貴族は情報収集に勤しみ、下級貴族達は滅多に口にすることの出来ない料理に舌鼓を打った。



「――あら?」
「どうかしたの、アメジスト」
「お母様、あちらで何かあったみたいですわ」


アメジスト王女が家族とともに王族専用のスペースにて食事を楽しんでいると、不意に会場の空気が変るのを感じた。
人々の視線が、広間の入り口付近に向けられている。


「見て参ります」
「あ、こら待ちなさい!」


興味を引かれたアメジストは父が止めるのもかまわず、入り口に向かって歩き出した。
もちろん、彼女の後ろには専属の護衛棋士がついている。

彼女の姿に気づいた人々が道を開けたため、すぐに目的地に到着した。

騒ぎの中心には青年と、二人の令嬢がいた。
周囲の人々は彼らを避けるようにして遠巻きに見ている。

服装から察するに青年は騎士見習いで、彼の傍ら立つ令嬢は下級貴族。
二人と対面している令嬢は、中級貴族のようだ。

下級貴族令嬢は騎士見習いにすがりつくようにしており、騎士見習いは中級貴族を睨み付けている。
一見すると、令嬢同士の諍いを騎士見習いが諫めたかのようにも見える。


「――婚約を解消することについては、私の一存では決めることが出来ません。それに、このような話は宴の場でする話ではありません。父も交えて場所を変えて話をいたしましょう」
「はんっ!そんなことを言って逃げる気だろう。それにお前がとんでもない性悪だということを、皆に知ってもらう良い機会じゃないか。場所を変える理由なんてないね。この場で婚約を破棄して貰おう」



(――馬鹿なの?)


騎士見習いは平民なのだろうか。
もし貴族だとしたら、王族主催の宴で騒ぎを起こすなど正気の沙汰ではない。
よほどの大馬鹿者か、王家に刃向かんとする確信犯かだ。


中級貴族令嬢は周囲の状況を理解しているのだろう。
どうにかこの場を納めようと説得するも、馬鹿には伝わらない。


「アーロン様、そのような細事でこれ以上この場を騒がせてはなりません」
「細事!細事だって!? こいつは傑作だな。エイマーズ伯爵令嬢が嫉妬心から人を傷つけるような性悪だということが細事とは!」
「…アーロン様、少し声を落としてくださいませ」
「俺に指図するな!そんなに、自分が性悪だといういことを人に聞かれたくないのか?」


ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる騎士見習い――アーロンに対し、エイマーズ伯爵令嬢は苛立つのを押し込めて、必死に考えを巡らせているようだ。


「ふっ。どうしたアシュリー、黙りか? 反論できないから黙っているのか? そうだろうなぁ、お前は俺と仲の良いキャシーに嫉妬して」
「ねえ、口を挟んでも良いかしら?」
「――何だっ…え!…王女…様?」



アーロンは振り向いて驚愕した。
この国の王女がすぐ側にいたのだ。

アシュリー・エイマーズは条件反射で王女に礼をする。
アーロンは驚きのあまり思考が止まり、棒立ちになったままだ。
彼にすがりついている下級貴族令嬢は、きょとんとした顔をしている。



「礼はいいわ。楽にしてちょうだい」


アメジストが声をかけると、アシュリーは顔を上げる。
その言葉にアーロンは、王女に対して礼を取っていないことに気づくも今更頭を下げることも出来ないため、顔を青ざめた。




「途中からお話を聞いていたので、事実と異なる点があるかもしれないのだけれど。
 貴方から、彼女に婚約破棄を告げたということで間違いないかしら?」

『貴方』でアーロンを指さし、『彼女』でアシュリーを指さす。
相違ないため、アーロンは頷く。


「はい。その通りです」
「そう。ではもう一つ、貴方の腕についているは何かしら?」
「か、飾り?」
「人の形をしているけれど一言も喋らないから、大きくて珍しい飾りだと思ったのだけれど、違うの?」
「わ、私のことですか!?」
「あら、喋ったわ。人間だったのね」


飾り扱いされた下級貴族令嬢は、驚き声を上げる。
アメジストはクスリと笑った。
彼女の笑みを見て、アシュリーは何故か背筋がゾッとした。


「このお人形さんのような彼女は、貴方のご家族かしら?」
「いえ、違います…」
「そうなの。それでは貴方は着飾った令嬢を腕に付けるのがお好きなの? 最近流行のファッション?」
「…いえ、そういうわけでは…」
「あら?そういえば貴方は、そちらの彼女と婚約していらしたのよね?では全くの他人を腕にくっつけていたということかしら?」
「……」
「ねえお人形さん。貴女はこの方とどのようなご関係なの?」
「え、あ、そのっ。わ、私は彼と愛し合っているんです!」


令嬢の宣言に、周囲がざわついた。
大半の人は『やはりな』と納得したようだ。
一部始終を見ていた者にとって、浮気した男が婚約者に婚約破棄を突きつけている場面にしか見えなかった。



「まぁっ!」


アメジストは驚きの声を上げ、次いで楽しそうに笑った。
彼女の後ろに立つ護衛は『あの青年、終わったな』と胸中で合掌する。



「ふふふ。それではもう少し聞かせてちょうだい。貴方が着ているのは、この城の騎士団の制服よね?茶色だから見習いかしら」
「は、はい。その通りです」
「ご出身はどちらかしら? ――あら、でもアシュリー・エイマーズは、確かアーロン・ウェイドと婚約をしていたはずよね。――ということは、あなたはアーロン・ウェイドで間違いないのかしら?」
「…はい。間違いありません」
「ん~。そうなると、貴方も貴族よね?――私、てっきり平民の騎士見習いが騒ぎを起こしてしまったのかと思ったの」


アメジストは、そこで一旦言葉を句切った。
そして、青ざめているアーロンの顔をじっと見て言った。


「だって貴族なら、王家主催の宴で騒ぎを起こしたらどうなるか、知らないはずはないもの」
「――ヒッ!」


アーロンは震えだした。
彼の震えが不快だったのか、くっついていた令嬢が体を離した。



「最後に1つ、聞かせて欲しいのだけれど。――貴方は何のために、騎士を目指すの?」
「…」
「ねえ、何故なの?」
「も、もちろん、この国のために…」
「国のため?」
「国を…王族の皆様をお守りするために、私は騎士を目指しています」
「ふぅん。そうなの」


アメジストは頬に手をあて、考え込むような仕草をする。

誰も口を開かない。
下級貴族令嬢も、空気を読む力は多少あるようで口を噤んでいる。


アシュリーは、怖い、と思った。
この騒ぎの当事者であるはずのアシュリーは、何故か蚊帳の外にいる。
だがその場から逃げ出すことは出来ず、口を挟むことも出来ない。
出来ればこのまま、アメジストの注意がアーロンにのみ向くことを祈った。






「王族を守るために、騎士になってくれるの?」
「――はいっ、もちろんです!」
「そう」


アメジストは冷たいまなざしでアーロンを見た。



「でも私は貴方に守って欲しくないわ。



王族と彼らを守る騎士には信頼関係が不可欠である。
アーロンは騎士として失格であると言われたも同然だった。


「騎士は国のために行動するの。王族や国民を守るために、時には命を賭して。とても誇り高い職業であり、誰でもなれるようなものではないわ。
 ――貴方は今日、この場で何をしたのかしら?
 ああ、ひょっとして、この場所が何かわからないのかしら?
 今日、この大広間では私――アメジスト第一王女の誕生日を祝う宴が催されているのよ。
 今日に限ったことではないけれど、パーティーに参加して騒ぎを起こすことは、主催者の顔に泥を塗る行為になるわ。
 国内の貴族であれば誰もが知る常識ですけれどね。まあ、主催者を陥れるつもりが無ければ、そのような行為をする事はないのよねぇ。
 もちろん平民なら知らないことかもしれないけど、貴族の子息なら『知らなかった』では済まないことよ。
 だって、場合によっては一族郎党が処罰を受ける可能性があるのですもの」


アーロンは顔面蒼白で、目の前の王女の顔を見ることすら出来ず、足下に視線をさまよわせた。



「ねえ、アーロン・ウェイド。貴方は何故、今日、わざわざこの場を選んで婚約破棄をしようとしたの?」
「…」
「家の没落が狙いだったのかしら?それとも、貴方1人だけが除籍されることをお望み?」
「…っ!」


アーロンは何も言えない。
こんなはずではなかった。
彼はただ、好ましくない相手との結婚を回避しようとしただけなのだ。
今日この場を選んだのは、全員参加の宴であり、婚約者が必ず出席するものとわかっていたからだ。
家族までもが処罰を食らうことなど、想像もしていなかった。




「あっ、ひょっとして――」


パンッと、何かを思いついたアメジストは手を叩いた。



「ウェイド家の次期当主は大変優秀だと聞いているわ。彼の今後には、私も期待しているの。だからこの先、自らが足を引っ張らないように、今のうちに除籍して家と縁を切ろうということなのね、きっと。ふふっ、兄思いなのね」
「え…」


この王女は何を言い出すのか。
アーロンには気高き王女の思考が理解できなかった。
ただ、己の立場が非常に悪いことだけは理解していた。



「貴族の一員として、王家主催の場を私情で騒がせた罪は重いわ。貴方の処遇は私が決めることではないから、何も言うつもりは無い。でも私は、



騎士となるには王都の騎士団本部で訓練を積む必要がある。
しかし、王女に『二度と顔を見たくない』と言われたのだ。事実上の王都追放とも同義である。


「――あぁ、なんだかお腹がすいたわ。ふふっ、面白い催しをありがとう。それでは皆さん、引き続き宴を楽しんでくださいね」


アメジストは周囲の反応など気にせず、王族専用のスペースに戻っていった。
辺りにざわめきが戻ってくる。


ウェイド家とエイマーズ家の皆は、すぐさま会場から出て行った。
下級貴族令嬢とその家族も、彼らと共に会場をあとにした。













翌日、貴族の婚約解消の申請書が貴族院に提出された。

また、ウェイド家の当主交代と、家人1名を除籍する旨の申請書類が提出され、決裁された。
子の教育に失敗した親は引退し、王女から期待されている若き当主がたった。
宴の場にて王女から期待されていると周知されたため、新当主がよほどのヘマをしない限り、家名の存続は約束されたようなものだろう。


さらに騎士団本部では、酷く顔を腫らした青年が騎士見習いの服を返却する姿を、何人も目撃している。
青年はリュックを背負っており、これから遠い親戚が住む山奥の村を目指すのだそうだ。





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