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巻き戻されたカナリア(3)
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アナが淹れた紅茶を飲んで、ようやく落ち着きを取り戻すと、カナリアはポツリポツリと語り始めた。
20歳までの記憶があること。
それはとても鮮明で、目覚めた今もはっきり覚えているため、夢だとは思えないこと。
12歳の時に、アナがカナリアを庇って事故死したこと。
14歳で婚約者が出来るまで、ずっとこの離れの屋敷で1人で過ごしていたこと。
子爵家と婚約したことで、離れの屋敷でみすぼらしい生活をしていたのでは外聞が悪いからと、母屋での生活が始まったこと。
母屋にいる使用人たちは最低限のことはしてくれるが、アナのように気安く話せる人はいなかったこと。
急に始まった令嬢としての教育についていけず、苦しかったこと。
婚約者だけが唯一優しく声をかけてくれたため、酷く執着して彼のすべてを知りたくなり、交友関係にまで口を出してしまい、鬱陶しいといわれたこと。
そして――カナリアの20歳の誕生パーティで、子爵令息との結婚を発表するはずだったのが、控え室で彼に刺されたこと。
「――刺されてから倒れて、意識を失ったと思うのだけれど・・・気づいたらベッドにいたの・・・」
「それが昨夜のこと・・・ですね」
「・・・うん・・・」
「私の記憶が確かであれば今のお嬢様は8歳――再来月9歳のお誕生日を迎えられます。今目の前にいらっしゃるカナリア様のそのお姿は、私の目には昨日とお変わりなく、8歳の少女のものです」
どう見ても、20歳の女性ではない。
鏡を見たカナリアも、自分の姿が幼い頃のそれであることは理解している。
だからこそ、カナリアは混乱する。
「わ、私・・・どうしてしまったのかしら・・・。この記憶は一体何なの・・・?アナは今目の前にいるのに、アナが死んだ記憶があるの・・・あの時に感じた絶望感を、はっきりと覚えているの。・・・どうして・・・すべて夢だったの・・・?それとも、アナと話している今が夢なの・・・?」
これは刺されてから死ぬ間際に見ている、カナリアの夢なのだろうか。
アナに会いたいという気持ちが見せている、ただの夢なのだろうか。
記憶を疑い怯えるカナリア。
彼女から話を聞いたアナには、1つだけ思い当たる節があった。
「お嬢様・・・もしかして、お嬢様は逆行したのではないでしょうか?」
「・・・ぎゃっこう?」
「はい。お嬢様は、20歳の誕生パーティまでの記憶があるのですよね。それも夢を見たにしては長くてはっきりした記憶を持っているとのこと。これに当てはまるのは、逆行という現象かと思います。逆行とは、ある時点――大体が、本人が亡くなった時になるようですが、その瞬間から、数年前に時が戻るといったことです。場合によっては生まれたばかりの赤ん坊まで遡ることがあります。――別の言い方をすると、過去の自分に今の自分の魂が乗り移る・・・と言うことだったかと思います」
「・・・そんな、ことがあるの?」
「私が実際にそれを体験したことはありませんので、事実かどうかはわかりません・・・。あくまでも書物から得た知識にはなってしまいます。ですが少なくとも私が持つ知識の中では、今お嬢様が体験されている事象を表すのには、これ以外に当てはまる物はないように思います」
カナリアの顔は青ざめたままだが、体の震えは止まった。
アナの説明を完全に理解したわけではないけれど、理解不能な現象に説明が付いたことは、彼女を安心させた。
何より安心できたのは、カナリアの話しを、アナが否定せずに受け入れてくれたことだ。
「・・・私の頭がおかしいわけではない・・・のよね?」
「はい。私には、実際にお嬢様が20歳までの人生を送り、そこで婚約者様に傷つけられたことを切っ掛けにして、時を遡って今に至ったのではないかと思います」
「アナ・・・」
理解されないような事なのに、アナに信じて受け入れてもらえたことが嬉しい。
「でも・・・そんな不思議なことがあるのかしら・・・」
「まあ、お嬢様の頭がおかしいって否定した場合、異世界転生をした私の方がよっぽど頭がおかしい人間ということになりますからね」
「――え?」
何やら新しい単語が出てきた。
『異世界転生』とはなんだろうか。
「私は逆行をしたことはありません。アナとして育った後、もう一度アナの幼少期からやり直したことはないのです。ですが、まったく別の人間として30歳くらいまで生きた記憶があります。それも、ここではない別の世界で生きた記憶です。死んだら全く違う世界――異世界で新しく生まれ変わることを、異世界転生と言うんですよ」
あっけらかんと話すアナに、カナリアは唖然とする。
そんな彼女に、アナはにっこりと笑って言った。
「だから安心してください、お嬢様。不思議な体験をしたのは、お嬢様だけじゃないですよ」
「――はぁぁっ!?」
アナの衝撃的な告白に、先ほどまでの恐怖や不安がどこかへ吹き飛んでしまった。
どういうことか詳しい説明を求めるカナリアを宥め、「ゆっくり食事をしながら話しましょう」とアナはワゴンの食事を温め直すために、厨房へと向かった。
程なくして戻ってきたアナは、テーブルにパンとスープを2人分並べる。ちゃっかり自分の分も用意してきたようだ。
「私のことは、食事をしながらお話ししますよ。お嬢様が食べないのなら、私もお話ししません」
食事よりも説明を求めるカナリアに対して、アナは無理矢理スプーンを持たせた。
カナリアは渋々スープを口に運ぶ。
アナは異世界での人生と、そして今――カナリアの専属侍女となるまでを語ってくれた。
アナの過去を聞くのは、初めてだった。
20歳までの記憶があること。
それはとても鮮明で、目覚めた今もはっきり覚えているため、夢だとは思えないこと。
12歳の時に、アナがカナリアを庇って事故死したこと。
14歳で婚約者が出来るまで、ずっとこの離れの屋敷で1人で過ごしていたこと。
子爵家と婚約したことで、離れの屋敷でみすぼらしい生活をしていたのでは外聞が悪いからと、母屋での生活が始まったこと。
母屋にいる使用人たちは最低限のことはしてくれるが、アナのように気安く話せる人はいなかったこと。
急に始まった令嬢としての教育についていけず、苦しかったこと。
婚約者だけが唯一優しく声をかけてくれたため、酷く執着して彼のすべてを知りたくなり、交友関係にまで口を出してしまい、鬱陶しいといわれたこと。
そして――カナリアの20歳の誕生パーティで、子爵令息との結婚を発表するはずだったのが、控え室で彼に刺されたこと。
「――刺されてから倒れて、意識を失ったと思うのだけれど・・・気づいたらベッドにいたの・・・」
「それが昨夜のこと・・・ですね」
「・・・うん・・・」
「私の記憶が確かであれば今のお嬢様は8歳――再来月9歳のお誕生日を迎えられます。今目の前にいらっしゃるカナリア様のそのお姿は、私の目には昨日とお変わりなく、8歳の少女のものです」
どう見ても、20歳の女性ではない。
鏡を見たカナリアも、自分の姿が幼い頃のそれであることは理解している。
だからこそ、カナリアは混乱する。
「わ、私・・・どうしてしまったのかしら・・・。この記憶は一体何なの・・・?アナは今目の前にいるのに、アナが死んだ記憶があるの・・・あの時に感じた絶望感を、はっきりと覚えているの。・・・どうして・・・すべて夢だったの・・・?それとも、アナと話している今が夢なの・・・?」
これは刺されてから死ぬ間際に見ている、カナリアの夢なのだろうか。
アナに会いたいという気持ちが見せている、ただの夢なのだろうか。
記憶を疑い怯えるカナリア。
彼女から話を聞いたアナには、1つだけ思い当たる節があった。
「お嬢様・・・もしかして、お嬢様は逆行したのではないでしょうか?」
「・・・ぎゃっこう?」
「はい。お嬢様は、20歳の誕生パーティまでの記憶があるのですよね。それも夢を見たにしては長くてはっきりした記憶を持っているとのこと。これに当てはまるのは、逆行という現象かと思います。逆行とは、ある時点――大体が、本人が亡くなった時になるようですが、その瞬間から、数年前に時が戻るといったことです。場合によっては生まれたばかりの赤ん坊まで遡ることがあります。――別の言い方をすると、過去の自分に今の自分の魂が乗り移る・・・と言うことだったかと思います」
「・・・そんな、ことがあるの?」
「私が実際にそれを体験したことはありませんので、事実かどうかはわかりません・・・。あくまでも書物から得た知識にはなってしまいます。ですが少なくとも私が持つ知識の中では、今お嬢様が体験されている事象を表すのには、これ以外に当てはまる物はないように思います」
カナリアの顔は青ざめたままだが、体の震えは止まった。
アナの説明を完全に理解したわけではないけれど、理解不能な現象に説明が付いたことは、彼女を安心させた。
何より安心できたのは、カナリアの話しを、アナが否定せずに受け入れてくれたことだ。
「・・・私の頭がおかしいわけではない・・・のよね?」
「はい。私には、実際にお嬢様が20歳までの人生を送り、そこで婚約者様に傷つけられたことを切っ掛けにして、時を遡って今に至ったのではないかと思います」
「アナ・・・」
理解されないような事なのに、アナに信じて受け入れてもらえたことが嬉しい。
「でも・・・そんな不思議なことがあるのかしら・・・」
「まあ、お嬢様の頭がおかしいって否定した場合、異世界転生をした私の方がよっぽど頭がおかしい人間ということになりますからね」
「――え?」
何やら新しい単語が出てきた。
『異世界転生』とはなんだろうか。
「私は逆行をしたことはありません。アナとして育った後、もう一度アナの幼少期からやり直したことはないのです。ですが、まったく別の人間として30歳くらいまで生きた記憶があります。それも、ここではない別の世界で生きた記憶です。死んだら全く違う世界――異世界で新しく生まれ変わることを、異世界転生と言うんですよ」
あっけらかんと話すアナに、カナリアは唖然とする。
そんな彼女に、アナはにっこりと笑って言った。
「だから安心してください、お嬢様。不思議な体験をしたのは、お嬢様だけじゃないですよ」
「――はぁぁっ!?」
アナの衝撃的な告白に、先ほどまでの恐怖や不安がどこかへ吹き飛んでしまった。
どういうことか詳しい説明を求めるカナリアを宥め、「ゆっくり食事をしながら話しましょう」とアナはワゴンの食事を温め直すために、厨房へと向かった。
程なくして戻ってきたアナは、テーブルにパンとスープを2人分並べる。ちゃっかり自分の分も用意してきたようだ。
「私のことは、食事をしながらお話ししますよ。お嬢様が食べないのなら、私もお話ししません」
食事よりも説明を求めるカナリアに対して、アナは無理矢理スプーンを持たせた。
カナリアは渋々スープを口に運ぶ。
アナは異世界での人生と、そして今――カナリアの専属侍女となるまでを語ってくれた。
アナの過去を聞くのは、初めてだった。
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