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鶏肉のワイルド焼き
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カナリアの特訓のため、しばらくは野営ではなくピクニックをすることにした。
冷遇されているとはいえ、伯爵邸の敷地内にある屋敷の方が、森の中よりも遙かに安全であることは間違いない。
基本的に危険な魔獣や獣が出ない場所を選んで野営をしているのだが、もしも魔力が空になってしまったら走って逃げることさえできなくなる。
アナが守るにしても、数が多ければ太刀打ちできなくなってしまうだろう。
いつでも最悪の事態に備えて行動することが必要だ。
カナリアは少々不満だったが、旅に出るなら魔術が使えることは必須条件となる。特訓が終わるまでは野営することを諦めた。
伯爵邸の敷地内で訓練することも出来るが、アナ以外の人間に知られるのは避けたい。
もしも父の目にとまり、利用価値を見いだされでもしたら、またあの頃の息苦しい生活に戻ることになる。
ーーとはいえ、家でもできるものはある。
家の中では主に、水の太さを自由に変える特訓を行っていた。
水の威力を変えて家の中に穴を開けてしまったら、アナに怒られるのは目に見えているし、火の威力を変えて火事にでもなったら目も当てられない。
他にはアナたっての希望で、洗髪後に風魔法で髪を乾かすことにしている。
タオルだけで乾かしていたときよりも早く乾かせるので、素晴らしいアイディアだと思った。
アナには「火と併せて温風が出せるようになれば完璧なのですが・・・。髪だけでなく洗濯物を温風で乾かせれば、梅雨時には頼もしいですね…。あ、でも、失敗するとチリチリパーマになりますし、火事になる可能性もありますので、まだ試してはいけませんよ!」
と強く言われているが、便利そうなのでそのうちコッソリ試してみようと思っている。
ちなみに土は野営での火の後始末以外の使い道が思いつかないので、家の中では一切使用していない。
ここ最近は日中も肌寒くなってきたが、今日は一転して小春日和である。
カナリア達はいつもの丘にピクニックに来ていた。
伯爵邸からは程よい距離があり、人通りがない。見晴らしが良いため、魔獣どころか獣も日中はあまり姿を見せない。
特訓するにはちょうど良い場所だ。
「ここなら好きなだけ水鉄砲を撃っても大丈夫ですよ」
「みずでっぽう…?なにそれ」
「お嬢様が今特訓していらっしゃる、水の魔術のことです。呼び名があったほうが便利かなと思いましたので。水を弾丸のようにして撃つわけですからね。
「…弾丸って何?」
「…しまった、そこからか」
そんな会話をしてからここ数日間、カナリアは水鉄砲を数歩先の地面に向けて撃っていた。
その間アナは、少し離れた木陰で、繕い物をしている。
今日もいつも通りに指先を地面に向けたところで、ふと近くの木の枝に何かがいるのを見つけた。
(あら、あの赤いのはもしかして…)
数メートル先の木の上には、赤雉(あかきじ)という魔獣ーー厳密には魔鳥と分類されるーーが止まっていた。
野山に生息している、名の通りに赤い羽毛に覆われた鳥の魔獣だ。
魔獣であるため、危険な生物であることに変わり無いが、わりと穏やかな気質で、こちらが攻撃をしない限りは向こうから襲いかかってくることはない。
ーーそして、たいへん美味である。
市場でも取引されているようだが値が張る。アナの給金では手が出せないため、今まで彼女達の食卓にのぼることはなかった。
(たしか、アナのお給料2ヶ月分だって言っていたわね…。いったいどんな味がするのかしら…)
赤雉の肉は、1度目の人生でも食べた記憶はなかった。
カナリアは、枝の上に止まる食材に興味津々である。
(ーーひょっとしてあれを撃ち落とせば、高級食材をタダで手に入れられるということじゃないかしら…)
ごくり、と喉が鳴る。
スッと、木の上で羽を休めている赤雉に右の人差し指を向けた。
カナリアの頭は、目の前の高級食材を撃ち落とすことでいっぱいだった。
赤雉から反撃されることなど、微塵も考えていない。
(絶対に手に入れて見せるわ!今日のご飯!)
その時の彼女の集中力は凄まじいものだった。
瞬きする間のごくわずかな時間で、静かに高濃度の魔力が指先に宿り、一気に解き放った。
ーービシッ!
カナリアが放った水鉄砲は針のように鋭く、目にも止まらぬ速さで赤雉の脳天を貫いた。
赤雉には何が起こったかわからなかっただろう。
一瞬何が起こったかわからない顔をした赤雉だったが、頭から血が垂れた数瞬後に断末魔をあげることなく地面へと落下した。
頭から落ちたのだろう、赤雉の首があらぬ方を向いている。絶命しているようだ。
(ーーや、やった!)
倒せたという確信。次いで押し寄せてくる高揚感と達成感に、カナリアは震えた。
赤雉に近寄ろうと一歩踏み出したところで、カナリアは思いとどまった。
『いいですか、お嬢様。魔獣であれ獣であれ、倒したと思った時が1番危険なのですよ。完全に絶命しているかをご自身で判断できない時は、決して近づいてはいけません。こちらが油断して近づいたところに、最後の力を振り絞って牙をむいてくることがあるからです。不用意に近づかず、様子見をすることです』
以前アナに教えられたことを思い出した。
カナリアには、赤雉が絶命しているように見える。だが、もしも生きていたら…。
「…あ、アナっ!」
踵を返してアナの元に走った。
1人で対処できない時は、アナを頼ればよい。
「どうしてお一人ででこんな危険なことをしたんですか!赤雉は比較的大人しいとはいえ、魔獣なのですよ!」
叱りながらもアナはロープを取り出し、首を切り落とした赤雉を木の枝に逆さ吊りにして血抜きを行う。
もちろん最初に、赤雉の首に防御魔法で固めた手刀を入れ、完全に絶命していることは確認している。
作業中、側で見守るカナリアにも防御魔法を施すことを忘れてはいない。
その手際の良さに、カナリアは心の中で拍手を送る。
「ごめんなさい。赤い鳥が木の枝に止まっていて、高級食材だってことを思い出して…どうしても食べてみたくなったの」
「ええ、確かに高級食材です。庶民では手に入らない上質な鶏肉が手に入ったことに、私も震えていますよ。ーーですが食材を手に入れる前に、お嬢様が食材にされてしまう可能性もあったのですよ!赤雉の戦闘スタイルは『倍返し』のカウンタータイプです。お嬢様には防御魔法を施してはいますが、私が見ている時とそうでない時では強度が違うんです!今回はたまたまうまくいっただけで、次もうまくいく保証なんてないですからね。魔獣ーーいえ、小さい獣を相手にする時でも、次からは必ず私に声をかけてください!」
いいですか!と念押しするアナに、カナリアは頷き、謝った。
血抜きをする間、アナのお説教は続いた。
カナリアは自分の行動を振り返り、危険なことをした自覚があるので、素直に聞き入れた。
「ーーもうそろそろいいでしょう。今度は赤雉の羽をすべて毟ります。お嬢様もやりますか?」
「やるわ!」
赤雉を木から下ろし、2人がかりで羽を毟る。羽は市場に持っていけば売れるので、一枚も残さずに袋にまとめて、アナの異空間倉庫にいれておく。
ーー後日アナは、血も薬の材料になるためいい値段で売れると知り、血抜きするときに赤雉の血も取っておけば良かったと後悔する。
「お嬢様が、赤雉を撃ち落としたのですよね」
無心で毟りとるうちに冷静になってきたのか、アナがポツリと言うと、カナリアは何を今更と言わんばかりに肯定する。
「そうよ。水鉄砲で一発だったわ」
「ーーお見事です。先ほど見た赤雉の頭はほとんど傷がなく、見事なものでした。
…お説教ばかりしてしまい、申し訳ありません」
「え、なんでアナが謝るのよ。さっきのは私が悪かったのだから、謝る必要ないわ!」
結果的に問題なかっただけで、カナリアは危険な行動をしたことを自覚している。
アナが謝る必要などなかった。
お互いに謝り合う2人だが、羽を毟る手は休めない。
「お嬢様、今更ですが体調はいかがですか?魔力の使い過ぎによる目眩や気持ち悪さはありませんか?」
「うーん、今のところ何ともないわね。今日の分の訓練をする前だったから魔力は充分残っていたし、一回しか撃っていないから、失敗も込みであと3回くらいは撃てるはずよ。普通に水を出したり火を出すだけなら、問題なくできると思うわ」
「そうですか…。ではお嬢様、早速なのですが、赤雉のこの産毛をすべて焼いてもらえますか?」
羽を一通り毟り終えたが、赤雉には手では取り除けない産毛がまとわりついており、これを火で焼き払う必要がある。
「わかったわ。皮が焼けないようにしたほうがいいのよね」
「焼けてしまっても売り物にするわけではないので、特に問題はありません。毛が残らないようにしていただければ充分です」
カナリアは指先から火を出し、皮にくっついた毛を丁寧に焼いていった。
その間にアナが焚き火の用意をする。
ここは水辺が近くにないため直火ではなく、以前町のゴミ捨て場で見つけた穴の開いた大鍋に、木の枝などを入れてマッチで火をつけた。
鍋はどうしてそうなったのか不明だが、底ではなく横っ面にいくつか穴が開いていたのだ。これではもうスープなど作れまい。取手もサビでボロボロだった。
鍋の上に網を置き、鶏肉を調理する準備を整える。
やがて産毛が取り除かれた鶏肉から内臓をすべて取り出し、カナリアに出してもらった水でよく洗い流した。
鶏の足は切り落としてある。
血が残らないようにする。
内臓はひとまず瓶詰めにして、しまっておく。
さすがに丸ごと1匹は多いので、今食べる分ーー腿の部分を切り落とし、残りはしまっておいた。
塩を揉み込んだもも肉を2つ網に乗せ、焼けるのを待つ。
「どのくらいで焼けるのかしら?」
「鶏肉は生焼けだと食中毒の心配があるので、しっかり火を通す必要がありますからね…。10分から15分くらいは焼いたほうがいいようですが…様子を見ながら焼いていきましょう」
取り出したメモを見ながらアナが答える。メモ用紙には、料理レシピがビッシリと書かれていた。それはアナが今まで、屋敷の料理人や市場の人に聞いたことをまとめたものだ。
しばらくすると、鶏肉から滴り落ちた油で、火の勢いが増した。このままの火力だと鶏肉の表面ばかりが焦げて、生焼けの状態になってしまう。
網の位置を高くするため、アナは異空間倉庫に何かがないか探した。
今までに集めておいたY字に近い形の枝4本を、焚き火の両サイドに2本ずつ差し込み、火の上に橋をかけるようにして2本の太めの枝を通す。
Y字の枝は鍋よりも高さがあるので、そこに網を乗せるとちょうど良くなった。
カナリアは高級肉が炎で炙られてゆく様をじっと見つめていた。
アナも周囲に気を配りつつ、鶏肉が炭にならないように適度にひっくり返したり、網の上を移動させる。
彼女達は無言で、肉が焼ける様を見続けていた。
しばらくしてアナは肉の片方を皿に乗せ、その真ん中をフォークで割いて見た。
ふわりと湯気が立ち上り、肉汁が皿に流れ落ちた。
焼けて色づいたーー 一部焦げ付いた外側と違い、中は白くふっくらとしている。
どうやらしっかりと火が通ったようだ。
「もう大丈夫なようですね」
「やった、早く食べましょう!」
「はい。あ、お嬢様お待ち下さい。もも肉ですので、どうせならワイルドにいきましょう」
カナリアの分も皿に取ると、アナは紙と布切れを取り出した。
それをもも肉の、身が少ない骨の部分に巻きつけ、手で持って食べられるようにする。
これはナイフとフォークでお上品に食べるよりも、手でもって齧り付いて食べるものだとアナは思った。
「いただきます!」
「いただきます」
2人揃って、もも肉に齧り付いた。
「んーっ、美味しいっ!」
「全然臭みがありませんね…すごく美味しいです…」
ふっくらとしてみえるが、食べるとやや引き締まった肉質。
焚き火で燻されたことで香り付けされてしまってはいるが、肉そのものに臭みがないのは、赤雉特有のものだ。
味付けは塩のみだが、そのおかげか肉の淡白でそれでいてほのかな甘みを味わうことができた。
青空の下、時折心地よい風が吹く。
彼女達は無心で鶏肉を胃に収めていった。
冷遇されているとはいえ、伯爵邸の敷地内にある屋敷の方が、森の中よりも遙かに安全であることは間違いない。
基本的に危険な魔獣や獣が出ない場所を選んで野営をしているのだが、もしも魔力が空になってしまったら走って逃げることさえできなくなる。
アナが守るにしても、数が多ければ太刀打ちできなくなってしまうだろう。
いつでも最悪の事態に備えて行動することが必要だ。
カナリアは少々不満だったが、旅に出るなら魔術が使えることは必須条件となる。特訓が終わるまでは野営することを諦めた。
伯爵邸の敷地内で訓練することも出来るが、アナ以外の人間に知られるのは避けたい。
もしも父の目にとまり、利用価値を見いだされでもしたら、またあの頃の息苦しい生活に戻ることになる。
ーーとはいえ、家でもできるものはある。
家の中では主に、水の太さを自由に変える特訓を行っていた。
水の威力を変えて家の中に穴を開けてしまったら、アナに怒られるのは目に見えているし、火の威力を変えて火事にでもなったら目も当てられない。
他にはアナたっての希望で、洗髪後に風魔法で髪を乾かすことにしている。
タオルだけで乾かしていたときよりも早く乾かせるので、素晴らしいアイディアだと思った。
アナには「火と併せて温風が出せるようになれば完璧なのですが・・・。髪だけでなく洗濯物を温風で乾かせれば、梅雨時には頼もしいですね…。あ、でも、失敗するとチリチリパーマになりますし、火事になる可能性もありますので、まだ試してはいけませんよ!」
と強く言われているが、便利そうなのでそのうちコッソリ試してみようと思っている。
ちなみに土は野営での火の後始末以外の使い道が思いつかないので、家の中では一切使用していない。
ここ最近は日中も肌寒くなってきたが、今日は一転して小春日和である。
カナリア達はいつもの丘にピクニックに来ていた。
伯爵邸からは程よい距離があり、人通りがない。見晴らしが良いため、魔獣どころか獣も日中はあまり姿を見せない。
特訓するにはちょうど良い場所だ。
「ここなら好きなだけ水鉄砲を撃っても大丈夫ですよ」
「みずでっぽう…?なにそれ」
「お嬢様が今特訓していらっしゃる、水の魔術のことです。呼び名があったほうが便利かなと思いましたので。水を弾丸のようにして撃つわけですからね。
「…弾丸って何?」
「…しまった、そこからか」
そんな会話をしてからここ数日間、カナリアは水鉄砲を数歩先の地面に向けて撃っていた。
その間アナは、少し離れた木陰で、繕い物をしている。
今日もいつも通りに指先を地面に向けたところで、ふと近くの木の枝に何かがいるのを見つけた。
(あら、あの赤いのはもしかして…)
数メートル先の木の上には、赤雉(あかきじ)という魔獣ーー厳密には魔鳥と分類されるーーが止まっていた。
野山に生息している、名の通りに赤い羽毛に覆われた鳥の魔獣だ。
魔獣であるため、危険な生物であることに変わり無いが、わりと穏やかな気質で、こちらが攻撃をしない限りは向こうから襲いかかってくることはない。
ーーそして、たいへん美味である。
市場でも取引されているようだが値が張る。アナの給金では手が出せないため、今まで彼女達の食卓にのぼることはなかった。
(たしか、アナのお給料2ヶ月分だって言っていたわね…。いったいどんな味がするのかしら…)
赤雉の肉は、1度目の人生でも食べた記憶はなかった。
カナリアは、枝の上に止まる食材に興味津々である。
(ーーひょっとしてあれを撃ち落とせば、高級食材をタダで手に入れられるということじゃないかしら…)
ごくり、と喉が鳴る。
スッと、木の上で羽を休めている赤雉に右の人差し指を向けた。
カナリアの頭は、目の前の高級食材を撃ち落とすことでいっぱいだった。
赤雉から反撃されることなど、微塵も考えていない。
(絶対に手に入れて見せるわ!今日のご飯!)
その時の彼女の集中力は凄まじいものだった。
瞬きする間のごくわずかな時間で、静かに高濃度の魔力が指先に宿り、一気に解き放った。
ーービシッ!
カナリアが放った水鉄砲は針のように鋭く、目にも止まらぬ速さで赤雉の脳天を貫いた。
赤雉には何が起こったかわからなかっただろう。
一瞬何が起こったかわからない顔をした赤雉だったが、頭から血が垂れた数瞬後に断末魔をあげることなく地面へと落下した。
頭から落ちたのだろう、赤雉の首があらぬ方を向いている。絶命しているようだ。
(ーーや、やった!)
倒せたという確信。次いで押し寄せてくる高揚感と達成感に、カナリアは震えた。
赤雉に近寄ろうと一歩踏み出したところで、カナリアは思いとどまった。
『いいですか、お嬢様。魔獣であれ獣であれ、倒したと思った時が1番危険なのですよ。完全に絶命しているかをご自身で判断できない時は、決して近づいてはいけません。こちらが油断して近づいたところに、最後の力を振り絞って牙をむいてくることがあるからです。不用意に近づかず、様子見をすることです』
以前アナに教えられたことを思い出した。
カナリアには、赤雉が絶命しているように見える。だが、もしも生きていたら…。
「…あ、アナっ!」
踵を返してアナの元に走った。
1人で対処できない時は、アナを頼ればよい。
「どうしてお一人ででこんな危険なことをしたんですか!赤雉は比較的大人しいとはいえ、魔獣なのですよ!」
叱りながらもアナはロープを取り出し、首を切り落とした赤雉を木の枝に逆さ吊りにして血抜きを行う。
もちろん最初に、赤雉の首に防御魔法で固めた手刀を入れ、完全に絶命していることは確認している。
作業中、側で見守るカナリアにも防御魔法を施すことを忘れてはいない。
その手際の良さに、カナリアは心の中で拍手を送る。
「ごめんなさい。赤い鳥が木の枝に止まっていて、高級食材だってことを思い出して…どうしても食べてみたくなったの」
「ええ、確かに高級食材です。庶民では手に入らない上質な鶏肉が手に入ったことに、私も震えていますよ。ーーですが食材を手に入れる前に、お嬢様が食材にされてしまう可能性もあったのですよ!赤雉の戦闘スタイルは『倍返し』のカウンタータイプです。お嬢様には防御魔法を施してはいますが、私が見ている時とそうでない時では強度が違うんです!今回はたまたまうまくいっただけで、次もうまくいく保証なんてないですからね。魔獣ーーいえ、小さい獣を相手にする時でも、次からは必ず私に声をかけてください!」
いいですか!と念押しするアナに、カナリアは頷き、謝った。
血抜きをする間、アナのお説教は続いた。
カナリアは自分の行動を振り返り、危険なことをした自覚があるので、素直に聞き入れた。
「ーーもうそろそろいいでしょう。今度は赤雉の羽をすべて毟ります。お嬢様もやりますか?」
「やるわ!」
赤雉を木から下ろし、2人がかりで羽を毟る。羽は市場に持っていけば売れるので、一枚も残さずに袋にまとめて、アナの異空間倉庫にいれておく。
ーー後日アナは、血も薬の材料になるためいい値段で売れると知り、血抜きするときに赤雉の血も取っておけば良かったと後悔する。
「お嬢様が、赤雉を撃ち落としたのですよね」
無心で毟りとるうちに冷静になってきたのか、アナがポツリと言うと、カナリアは何を今更と言わんばかりに肯定する。
「そうよ。水鉄砲で一発だったわ」
「ーーお見事です。先ほど見た赤雉の頭はほとんど傷がなく、見事なものでした。
…お説教ばかりしてしまい、申し訳ありません」
「え、なんでアナが謝るのよ。さっきのは私が悪かったのだから、謝る必要ないわ!」
結果的に問題なかっただけで、カナリアは危険な行動をしたことを自覚している。
アナが謝る必要などなかった。
お互いに謝り合う2人だが、羽を毟る手は休めない。
「お嬢様、今更ですが体調はいかがですか?魔力の使い過ぎによる目眩や気持ち悪さはありませんか?」
「うーん、今のところ何ともないわね。今日の分の訓練をする前だったから魔力は充分残っていたし、一回しか撃っていないから、失敗も込みであと3回くらいは撃てるはずよ。普通に水を出したり火を出すだけなら、問題なくできると思うわ」
「そうですか…。ではお嬢様、早速なのですが、赤雉のこの産毛をすべて焼いてもらえますか?」
羽を一通り毟り終えたが、赤雉には手では取り除けない産毛がまとわりついており、これを火で焼き払う必要がある。
「わかったわ。皮が焼けないようにしたほうがいいのよね」
「焼けてしまっても売り物にするわけではないので、特に問題はありません。毛が残らないようにしていただければ充分です」
カナリアは指先から火を出し、皮にくっついた毛を丁寧に焼いていった。
その間にアナが焚き火の用意をする。
ここは水辺が近くにないため直火ではなく、以前町のゴミ捨て場で見つけた穴の開いた大鍋に、木の枝などを入れてマッチで火をつけた。
鍋はどうしてそうなったのか不明だが、底ではなく横っ面にいくつか穴が開いていたのだ。これではもうスープなど作れまい。取手もサビでボロボロだった。
鍋の上に網を置き、鶏肉を調理する準備を整える。
やがて産毛が取り除かれた鶏肉から内臓をすべて取り出し、カナリアに出してもらった水でよく洗い流した。
鶏の足は切り落としてある。
血が残らないようにする。
内臓はひとまず瓶詰めにして、しまっておく。
さすがに丸ごと1匹は多いので、今食べる分ーー腿の部分を切り落とし、残りはしまっておいた。
塩を揉み込んだもも肉を2つ網に乗せ、焼けるのを待つ。
「どのくらいで焼けるのかしら?」
「鶏肉は生焼けだと食中毒の心配があるので、しっかり火を通す必要がありますからね…。10分から15分くらいは焼いたほうがいいようですが…様子を見ながら焼いていきましょう」
取り出したメモを見ながらアナが答える。メモ用紙には、料理レシピがビッシリと書かれていた。それはアナが今まで、屋敷の料理人や市場の人に聞いたことをまとめたものだ。
しばらくすると、鶏肉から滴り落ちた油で、火の勢いが増した。このままの火力だと鶏肉の表面ばかりが焦げて、生焼けの状態になってしまう。
網の位置を高くするため、アナは異空間倉庫に何かがないか探した。
今までに集めておいたY字に近い形の枝4本を、焚き火の両サイドに2本ずつ差し込み、火の上に橋をかけるようにして2本の太めの枝を通す。
Y字の枝は鍋よりも高さがあるので、そこに網を乗せるとちょうど良くなった。
カナリアは高級肉が炎で炙られてゆく様をじっと見つめていた。
アナも周囲に気を配りつつ、鶏肉が炭にならないように適度にひっくり返したり、網の上を移動させる。
彼女達は無言で、肉が焼ける様を見続けていた。
しばらくしてアナは肉の片方を皿に乗せ、その真ん中をフォークで割いて見た。
ふわりと湯気が立ち上り、肉汁が皿に流れ落ちた。
焼けて色づいたーー 一部焦げ付いた外側と違い、中は白くふっくらとしている。
どうやらしっかりと火が通ったようだ。
「もう大丈夫なようですね」
「やった、早く食べましょう!」
「はい。あ、お嬢様お待ち下さい。もも肉ですので、どうせならワイルドにいきましょう」
カナリアの分も皿に取ると、アナは紙と布切れを取り出した。
それをもも肉の、身が少ない骨の部分に巻きつけ、手で持って食べられるようにする。
これはナイフとフォークでお上品に食べるよりも、手でもって齧り付いて食べるものだとアナは思った。
「いただきます!」
「いただきます」
2人揃って、もも肉に齧り付いた。
「んーっ、美味しいっ!」
「全然臭みがありませんね…すごく美味しいです…」
ふっくらとしてみえるが、食べるとやや引き締まった肉質。
焚き火で燻されたことで香り付けされてしまってはいるが、肉そのものに臭みがないのは、赤雉特有のものだ。
味付けは塩のみだが、そのおかげか肉の淡白でそれでいてほのかな甘みを味わうことができた。
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