魅了の対価

しがついつか

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食事(アッシュ視点)

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空腹を紛らわせるため、トイレの手洗い場で水を飲んできたアッシュは、ベッドにじっと横になり眠気がやってくるのを待っていた。
まだ陽は完全に沈みきっていないため、窓の外が明るく眠気を妨げてくる。
さらに先程までいた侍女によって綺麗にされた室内が気になっていた。新しくなった寝具から漂う臭いが違うのだ。

何よりも先程の侍女とのやりとりを思い返すと、ソワソワと落ち着かなかった。

ここ数年のうちで、アッシュの執事・侍女となった者の中で初めて、アッシュに嫌な態度を取らずに接してくれたのだ。
使用人達が兄や妹に向けるような笑顔ではなく無表情だったが、睨み付けられるような事は無かった。
それどころか、着替えのために彼女はアッシュに触れた。



アッシュが3歳になった頃、妹のビビアナが生まれた。
余り覚えてはいないが、その頃まではアッシュは大事にされていたのだと思う。
家族と一緒に食事を取っていた記憶があるのだ。
母に抱かれた記憶も、父に頭を撫でられた記憶もある。


アッシュが5歳になる頃には、家族と使用人達の態度がよそよそしくなってきたのを感じた。
父から食事を部屋で取るように命じられ、母からは部屋から出るなと言われた。
トイレのために廊下に出ると、顔を歪ませた兄から『お前の顔なんて見たくない』と叫ばれた。

この物置部屋に押し込まれたのは、2年前だ。
最初は嫌そうにしながらも使用人達が世話をしてくれていたのでマシだった。
食事も三食、温かい物を食べられた。
シーツや着替えも洗濯して貰えた。


だが徐々に使用人が部屋を訪れる回数が減っていった。

アッシュの成長によって衣服が小さくなっていることに気づいた使用人が大人物のシャツに着替えさせた後は、着替えと洗濯の世話をされることがなくなった。

食事の用意を忘れられることも増えた。
半年前からは1日1食、硬くなったバゲットが与えられるだけになっていた。




誰も掃除をしてくれない。
話す相手もいないし、暇を潰す道具もない。
動くと腹が減るから、アッシュはベッドの上でじっとしていることが増えた。



何でこんなことになったのか。


(僕は何もしていないのに…)



いつまでこの生活が続くのか、アッシュにはわからなかった。











「アッシュ様、お食事をお持ちしました」
「――っ!?」


突如聞こえた声とノック音に、アッシュは飛び起きた。

アッシュの返答を待たずに「失礼します」とドアが開けられた。
トレイを持ったリンリーの姿に、アッシュはとても驚いた。


再びリンリーが訪れたこともそうなのだが、何よりも彼女が持つトレイに目が行ってしまう。



「お食事は――こちらに置きますね」


机の上にトレイが置かれた。
パン二切れにスープと、昔食べたことがある


「どうぞ」


リンリーは椅子を引いた。
そっとベッドから降りると、アッシュは彼女の様子を伺いながらも椅子に座った。



「お食事が終わるまでこちらにおりますので、何かありましたらお声がけください」


そう言うとリンリーはドア横の壁際まで下がった。


ぐぅ。
アッシュの腹が鳴った。


(これ、僕が食べていいんだよね…)


欲求に逆らわずに、アッシュはパンを掴んだ。

用意されていたスプーンとフォークを使わずに、アッシュは手づかみでトマト煮込みを掬って食べた。
とてもではないが貴族の子供とは思えない振る舞いだ。



(おいしい…おいしいよ…)


久しぶりの人間らしいまともな食事に、アッシュは両目から涙が溢れ、鼻からは鼻水が溢れていた。




その様子をみてリンリーがドン引きしているのだが、食事に夢中なアッシュは気づかなかった。



トマトソースを綺麗に舐めとり、まるで洗い立ての食器の様に綺麗にしてみせた。


「…ごちそうさま…」


両手を合わせ小さな声で、アッシュは言った。




「食器をお下げいたします。――アッシュ様、トイレで手を洗ってください。このままですと、お洋服もシーツも汚れてしまいます」
「……うん…」


相変わらず無表情のリンリーに促され、アッシュはトイレへと向い、トマトまみれになった手を洗った。
リンリーは食器を片付けに階段へと降りていった。

去り際に「おやすみなさいませ」と言っていたので、今日はもう部屋には来ないのだろう。


久しぶりに満腹になり、アッシュは幸せな気持ちになって布団へと潜り込んだ。
これならすぐに眠れそうだ。




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