秘境駅の臨時職員

しがついつか

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寂しい女4

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「…妹が…死んだんです…」
「…え?」


(と、突然の重い話っ!?)


ご愁傷様ですと言うべきなのだろうか。
唐突な話題に、マサオは困惑することしか出来なかった。


下りの始発は7時10分なので余裕はあるが、上り列車はあと40分後にやってくる。
それまでに駅のホームの掃除と点検を済ませなければならない。


「あの…」
「妹は要領が良くて、子供の頃から贔屓されてて…。私、あの子のことが大嫌いだったんです」


(あっ…これちゃんと聞かないといけないヤツだ…)


『話を聞くのは仕事を終わらせてからでも良いですか?』と断りを入れてみたいが、口を挟んではいけない雰囲気を醸し出している。
彼女の傍らに座る駅長はジト目でマサオを見ており、まるで『逃げるな、ちゃんと聞け』と言っているようだ。

仕方なくマサオは一人分スペースを空けて彼女の隣――駅長とは反対側に腰を下ろした。


(見た感じ、ホームに木の枝とか無かったし…昨夜は雪もなくて静かだったから大丈夫だろ…)


職員の業務である、ホーム上の障害物の撤去や清掃だが、何もないのであれば始発列車の到着までに急いでやらなくてもいいだろう。
――と、マサオは思うことにした。


そんなことを考えている間にも、女性客は話を続ける。



「3歳違うのに、私よりも運動も勉強もよく出来て…。私と一緒に始めた習い事は私よりあっという間に上達するし、私の後に始めたことだって、すぐに私に追いついて…追い越していくんです…。それだけなら、できの良い妹に対する嫉妬で終わったんでしょうけど…。妹はよく嘘をつきました」
「嘘…ですか?」
「はい。私が意地悪したって…。物を隠された、悪口言われたーって。そうすると親は私を叱りつけます。『そんなことしてない』って私が言っても、信じてくれないんです。…両親はもちろん、祖父母も…近所のおばさんだって、妹の味方なんです」


マサオは気の利いた言葉を返せなかった。
ただ黙って聞くことにする。


「それから妹にはよく物を取られました。子供の頃は玩具だったけど、大きくなるにつれて洋服にバッグ、アクセサリーなんかも色々取られました。『お姉ちゃんが私のを取った!』って言って、どう考えてもサイズの合わないんです。ほんと、嫌になっちゃう。…だから私は、どうせ妹に取られるからーって思って、就職して一人暮らし出来るようになるまでは、ジーンズにシャツっていうシンプルなものばっかり着てました。鞄も適当なトートバッグにして、財布も千円くらいで買ったやつで。――間違っても妹が『欲しい!』って思わないような地味な安物にしてました。…本当は、友達みたいに流行の洋服を着てみたかった…」


女性は軽く目をつむり、当時を思い返しているようだった。


「――でもまさか、彼氏まで取られるとはね…。小説とか漫画ではよくあるけど、現実に起きることなんだって知って…なんていうか、ガッカリしました」
「ガッカリ、ですか?」
「えぇ。そんな簡単に男の人って心変わりするんだーっていうのと、妹はそこまで腐ってたのかって…」



途中でヤカンの湯が沸いたのでお茶を淹れようと思ったが、空のマグカップを女性が握りしめたままなのでやめた。




「実家にいる間は、恋愛もすべて諦めました。どうせ奪われるんだからって。――あぁでも、少しでも早く家を出るためにアルバイトで貯めたお金だけは絶対に奪われたくなかったんで、いつも肌身離さず持ってました。お風呂に入るときは財布と預金通帳をビニール袋に厳重に入れて持ち込んでたなぁ…。ふふっ、今にして思えばそこまでやる?って感じですけどね」
「…」
「就職が決まってからは、親に一言も相談せずに家を探しました。保証人がいらないところを探して契約して、少しずつ私物を持ち込んでいって、大学の卒業式の後、そのまま家を出ました。就職先は書類が自宅に届いてたからさすがにバレてたでしょうけど、2、3年したら転職するつもりだったから構わなかった…。幸いなことに2年経たずに転職できたんで、その機会に絶縁することにしました。
 ――妹の顔を見ずに過ごせる生活は、本当に快適でした…」


絶縁したのならばどうやって妹の死を知ったのだろうかと、マサオは疑問に思った。
答えはすぐに出た。


「一昨日、私が借りてる家の大家さんの所に電話が来たんです。引っ越しもしたし、今住んでいる家のことは両親にも親戚にも話してなかったけど、私の友人に片っ端から聞いて、叔母さんが突き止めたみたいで…。友人たちも私が妹のことを嫌いなのは理解してくれてたけど、死んだとなっては連絡しないわけにはいかなかったって…。そりゃ、そうですよね…。でも…できれば知りたくなかった…」
「ぬー…」


悲しそうな声音でたらこが鳴く。
たらこを見て、女性の表情が少し和らぐ。



「嫌だったけど十数年ぶりに実家に連絡を入れたの…。電話に出たのは通夜の手伝いに来てくれてた叔母さんだった。あの子、不倫相手に刺されたんですって…。馬鹿よね…。三十にもなって、まだ人の物が欲しくてたまらないなんて…。本当に大馬鹿…」

「両親に会いたくなんてなかったけど、行っても行かなくても後悔するだろうと思ったから、行くことにしたの。『行けば良かった。やっておけば良かった』っていう後悔って、私はすごく嫌なの。それで何回も失敗してきたから。
 だから叔母さんに頼んで、駅まで迎えに来て貰って…実家まで行ったの。久しぶりに見た両親はすごく小さく見えたわ。…さすがに今回ばかりは、私を悪者にする気力は無かったみたいで静かだった。
 葬式で数年ぶりに妹の顔を見たけど、悲しいなんて思わなかった…。ずっと大っ嫌いだった…。いいえ、今でも大嫌いなの。でも死んでせいせいしたーっていう気分にならないの。自業自得だって思うけど、死んで欲しいとは思ってなかった。
 たしかに、できるだけ惨めな思いをして苦しみながら生きればいいのに!って思ってた…。
 いつか天罰が下れば良いのにって。
 私は幸せに過ごせて、あの子は苦労して…そして『ざまぁ!』って言ってやりたかったの。
 でも…」







「――でも、死んじゃったら…もう何もできないのよね…」


女性は深いため息を吐いた。
たらこは心配そうに見ている。


「私が幸せな姿をあの子に見せつけることはできないし、子供の頃にされて嫌だったことの不満を、今更だけどあの子に全部言ってやることだって出来ない。取られた物を『全部返しなさいよ!』って言ってやることも出来ない。…逆にあの子の洋服とか、それこそ彼氏を私が奪ってやることだって…もう、出来ない…」
「…」

「火葬場で骨になった妹を見ても、涙なんて出てこなかったし、泣いている母を支えてあげようとも思わなかった。
 ただ…親戚がみんな言うのよ。『これからはあなたがお母さんたちを支えてあげてね』って。勝手よね…、何も知らないくせに。
 学費を出してくれたことは感謝してる。でも、その感謝が薄れる程度の関係しか築いてこなかったの…。
 結婚したって、子供を産んだって、親には連絡なんてするつもりはないわ。
 あの人達は妹さえいれば良かったんだもの。
 最愛の娘を亡くした両親が今まで顧みなかった娘を頼ろうだなんて、お断りよ」


「あのままあの家に泊まってたら、きっと今後の話をされたと思う。両親の面倒を見るために帰って来いって言ったに違いないわ。
 …だから私は、逃げてきたの。
 終電を逃してしまったのは惜しかったけど…でも、あの家に居続けるのはごめんだった。だから…」


女性は顔を上げ、マサオを見た。
マグカップを横に置くと女性は立ち上がる。


「泊めて頂き、ありがとうございました。本当に助かりました」


彼女は深く頭を下げた。
慌ててマサオも立ち上がる。


「いえ、そんな、顔を上げてください!」


数秒たってから、女性はゆっくり顔を上げた。
言いたいことを言ったからか、どこかスッキリとした表情をしていた。




「ぬあーん!」


ふいにたらこが強く鳴いた。
何事かと思い振り向くと、いつの間にか待合室の入り口まで移動していた。

なんだか『早く来い』とでも言っているように見える。


「――あっ!」


マサオは腕時計を見た。
始発列車が到着する5分前だ。


「まずい! お客様、上りの始発がもう来てしまいます!」
「えっ!」
「早く準備を!」
「わ、わかりました」


女性客は慌てて待合室を出て、荷物を取りに2階へと駆け上がった。


「ありがとうたらこさん!」
「ぬー」


礼を言うと、マサオも駅のホームへと飛び出す。
ホームの電灯がちゃんとついていることを確認し、障害物が落ちていないことを再確認する。

問題ないことを確認したところで、ガタゴトと列車がやってきた。
同時に、鞄を手にした女性客がホームへと駆け込んできた。



「お世話になりました。――特に、駅長さんには一晩中側にいて貰えて、心強かったです。ありがとうございました」


女性はあらためて礼をする。

こういう場合、なんと声を掛けるべきなのか、マサオにはわからなかった。
なので思ったことをそのまま言った。


「こちらこそ、駅長の我が儘に付き合って頂き、ありがとうございました。どうぞ、お気を付けてお帰りください」
「ぬー」


『我が儘なんかじゃない』という訴えなのかもしれないが、駅長は女性を見て優しく鳴いていたので、きっと『気を付けて帰ってね』と言っているのだと思う。


そんな駅長を見て、女性は微笑んだ。


電車が到着すると、女性はドアを開けて乗り込んだ。
乗り込む前にマサオに会釈し、さらにたらこ駅長に小さく手を振った。



森林の影に隠れて電車が見えなくなるまで、マサオと駅長はその場にいた。













彼女を見送った数分後、始発列車の車掌に注文用紙を渡すのを忘れていた事に気づき、マサオは落ち込んだ。
今日の食事も肉無しだ。
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