秘境駅の臨時職員

しがついつか

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寂しい女3

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「事情があって早朝にいらっしゃるお客様もいるため、駅舎自体には鍵をかけていません。ですが、こちらの部屋は内側から鍵がかかりますので、就寝時には必ず鍵を掛けてお休みください。また、困ったことがあればこちらの非常用ボタンを押していただくと、私に連絡が入るようになっています。不明点やお困り事があれば、遠慮無くお知らせください」


駅舎の2階の仮眠室。利用客のための宿泊部屋だが、元々は駅員が2人以上滞在するのが常だったときの、駅員用の仮眠室だ。
そのため、部屋の扉には掠れた文字で『仮眠室』と書いてある。

マサオは終電を逃した女性を仮眠室へと案内した。


ベッドは4台あり、他に家具はない。
寝具は天気の良い日にマサオが洗濯したり干しているので、清潔にしている。


「お好きなベッドを使って貰って構いません。この部屋にはストーブがないので、寒ければ他のベッドの布団も一緒に使って良いですし、待合室にあるブランケットを持ってきても大丈夫です。水と何か軽食を持ってきますので、少々お待ちください」
「ありがとうございます」



マサオは一礼すると、仮眠室を出た。
一緒に来ていた駅長は、どうやらその場に残るようだ。
女性客が心配なのだろうか。



きしむ階段を降りると、マサオは宿舎へと向かった。
部屋はかなり冷え込んでいた。
戻ってきたときのために、ストーブに火を入れておくことにした。

納戸から飲料水のボトルを3本と、林檎ジュースのボトルを1本取り出す。
女性には軽食と言ったが、提供できるのは保存用の乾パンと缶詰くらいだ。
他に手軽に食べられそうなものだとマサオの朝食用の食パンがあるが、横着して手でちぎって食べているため、見た目が悪いし、何より食べさしのパンを渡すわけにはいかない。

ボトルと栓抜き、乾パンと缶詰とフォークを風呂敷に包んだ。
缶詰はプルトップなので缶切りが無くても大丈夫だろう。
さらにマグカップを手にすると、仮眠室へと向かった。




「ありがとうございます。…本当に、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」



女性は酷く恐縮している様子だった。
マサオは入り口に近いベッドの上に風呂敷とマグカップを置くと、すぐさま退散することにした。


「それでは、ごゆっくりどうぞ。…駅長、行きますよ」
「ぬー」


女性の足下にいるたらこに声を掛けるが、彼女は動こうとしない。
短い付き合いだが、マサオはたらこが非常に賢い猫であることを理解していた。
きっと彼女なりに何か考えがあるのだろう。



「えーっと…。もしご迷惑じゃ無ければ、たらこ駅長の気が済むまで、ここにいさせてもらってもいいですか?」
「はい、もちろんです!」


いてもらえるなら心強い!と女性は快く受け入れてくれた。


「それじゃあ、私は失礼しますね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「ぬあーん」







マサオは駅舎の1階に降りると、常夜灯以外の電気をすべて消して回った。
駅員室のドアに鍵を掛けると、駅舎を後にした。


隣の建物とはいえ近い距離に他人が――それも女性がいることに落ち着かない気分になったが、煮込みうどんを食べて満腹になると襲ってきた眠気に逆らわずにそのまま就寝した。

枯れ葉駅の臨時職員になってから、マサオは早寝早起きの健康的な生活をしている。











マサオは朝5時に目を覚ました。
外はまだ暗い。

雪が降らなかったため、今朝はホームの除雪の必要が無い。
上りの始発列車は6時半に到着する。
それまではベッドの中で惰眠をむさぼっていることが出来る。


(――よし、もう少し寝てよう…)



と思ったのもつかの間、マサオは朝のお勤めの一つを思い出した。


(たらこさんの餌やり…)


たらこ駅長への食事提供は、枯れ葉駅職員の最重要任務だ。
マサオは布団の中に入れておいた半纏を、寝たまま着ると、どうにかベッドから抜け出した。
床は冷えるためスリッパを履き、ストーブまで震えながら向かう。

手早く火を付けると、すぐに布団へと戻った。
部屋の中が暖かくなるまでは、布団から出ないつもりだ。




――30分後――


「ぬあーん」
「あれ?」

マサオが身支度を整えて駅舎に入ると、細く開いた待合室のドアからたらこが姿を現した。


「何でそっちから…って、ああそうか」


普段は駅員室にいるたらこが待合室から出てきたことに驚いたが、昨晩彼女は仮眠室にいたのだった。
納得するとマサオは駅員室の鍵を開けた。
とにかく駅長の食事の用意が最優先だ。


ドアを開けるとすぐ、たらこはマサオの足の隙間を抜けて、水を飲みに行った。



「しまった! たらこさん、ごめん!駅員室の鍵掛けちゃったから、昨夜はご飯も水も無かったでしょう…」
「ぬーん」
「うわー…ほんとごめんなさい!」


恨みがましい目でマサオを一瞥した後、彼女は再び水を飲み始めた。

土下座する勢いで謝りながら、マサオはストーブに火をつけた。
キャットフードを新しいものに取り替え、たらこが水を飲むのをやめるとすぐに新しい水に取り替えた。


「ぬあー」
「うおっ」


満足いくまで水を飲んだ駅長は、部下がホームの掃除に行こうとするのを引き留めるためか、ズボンの裾を咥えた。


「どうしたんですか?」
「ぬん」


マサオの視線が自分に注がれているのがわかると、たらこは裾から口を離し、待合室の方へと歩き出した。
少し歩くと止まって、マサオの方を振り向き、もう一声鳴いた。

ついてこい、と言っているようだ。


マサオは不思議に思いながらも後を追った。


「あっ!」
「…おはようございます…」


待合室に入ってすぐ、マサオは察した。
冷え切って薄暗い室内で、赤いコートの女性がぽつんとベンチに座っていた。
ブランケットを使っているようだが、それだけでどうにかなる寒さではない。


「おはようございます! すぐに火を入れますね!」
「ありがとうございます」


部屋の電気を付けると、マサオはすぐに薪ストーブを準備し火を付けた。


駅員室から水を入れたヤカンを持ってくると、待合室のストーブの上に置いた。


「お湯が沸くまで時間がかかると思いますが、沸いたら自由に使ってください。ティーバッグですが、よければお茶をどうぞ」
「ありがとうございます。何から何まですみません…」



一緒に持ってきたマグカップとティーバッグを女性に手渡す。


「お客様は上り列車をご利用ですよね? 始発は6時半に来ますからそれまでお待ちください」
「…」


できるだけ愛想良く言ったつもりのマサオだったが、女性は俯いたままだった。
たらこが彼女の太ももに、擦り寄る。


「…お客様…?」


どうしたのかと訝しむマサオに、彼女はゆっくりと口を開いた。



「…妹が…死んだんです…」

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