秘境駅の臨時職員

しがついつか

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寂しい女2

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「ぬあーん」
「お、たらこさん。どうしたんですか」

駅のホームにあるベンチの修繕をしていると、たらこがトコトコと歩いてきた。
腕時計を見ると、作業を始めてから2時間ほど経過していた。



「――ふえっくしゅいっ! …そろそろ休憩するか」
「ぬー」



箱にしまった工具を脇に抱えて、駅舎に戻った。
マサオの後をたらこがトコトコとついて行く。


駅舎に入ると、右手にある待合室には人の姿が無かった。
始発列車が来てからすでに3時間経過している。

マサオがベンチの修繕を行っている間に、迎えが来たのだろう。
女性客の姿はない。


工具箱を片付けてから待合室に行くと、ストーブの薪は燃え尽きていた。
室内にはまだ暖かさが残っている。


(あー、ストーブが消えたから呼びに来たのかな…?)


たらこがわざわざ寒い駅のホームまで出てきたのは、ストーブの火が消えたことを訴えるためだったのかもしれない。

女性客の側からたらこが離れなかったので駅員室のドアは閉めていたし、開けていたとしても駅員室のストーブの薪もとっくに燃え尽きていただろう。




客の姿は無いし、昼の列車が来るまでまだ時間はある。
待合室のストーブはこのままにしておき、駅員室のストーブに火を付けよう。
そう思いながら、マサオはベンチに残された空のマグカップを手に取った。



駅員室のストーブに火を付けると、ストーブの真ん前にたらこが座った。
目を閉じて暖を取るその姿に、マサオはほっこりしながらマグカップを洗った。










冬は陽が落ちるのが早い。
17時を過ぎればあっという間に辺りは真っ暗だ。


枯れ葉駅の終電時刻は上りが19時30分、下りが19時10分となっている。
その時刻が過ぎるまでは、マサオは駅舎に滞在していないとならない。

今夜は雪の予報はないものの、冷え込むことに変わりはない。




下りの最終列車を見送ると、20分後の上りの最終列車を待つ間に、駅員室内のたらこの寝床を整えてやる。

マサオは業務が終われば隣の宿舎に移るが、たらこはこのまま駅員室で夜を明かすのだ。

マサオがいない間に駅長が困らないように、キャットフードと水は十分に用意しておく。
また、駅員室の隅に置いたトイレも清潔にする。




(そういえば、あの女の人は今日は泊まりなのかな?)


ふと、今朝の赤いコートの女性を思い出した。
泊まりならばよいのだが、もし日帰りならば、あと数分で上りの最終列車が来てしまう。
駅前には宿泊所などない。
一番近くにある宿は、駅から徒歩50分のところにある。
歩けない距離ではないが、その時間山道を歩くのは簡単なことではない。

一応、駅舎の2階には急な運休などで行き場のない利用客を泊めることができる仮眠室があるが、宿のそれとは比べものにならないくらい粗末なものだ。
部屋は1つでベッドが4台あるのみ。一応パーティションで区切ることは出来るが、男女共有となるので、何人もいる場合はかなり居心地が悪いだろう。
これは20年前から変わっていないらしい。

改善しない――のではなく、様々な理由から改善できないのだ。
一番の理由は費用の問題なのだが、それは臨時職員であるマサオにはどうにもできない。

とりあえず利用客には『ないよりはマシ』と思ってもらうしかない。



「…ラーメン食いてぇな…」


インスタントラーメンではない。
ラーメン屋で食べる、分厚いチャーシューとメンマが乗ったラーメンが食べたいのだ。

臨時職員になってからの食事は、マサオにとって不満だった。
契約期間中は有事の際を除き、この駅舎にいなければならないので、うっかり買い物に出ることも出来ない。
買い物に出ようにも一番近い店舗は徒歩50分。宿の近くだ。

不便な場所だというのは会社側も把握しているので、必要な食料品と備品等があれば、上りの始発列車の車掌に注文用紙を手渡し、昼過ぎの下り列車で届けて貰うことになっている。
乾麺や缶詰など保存の効く物はもともと多めに支給されているので、主に嗜好品や生鮮食品の注文を行う。
ただその費用は自腹であり、購入すれば給料から差し引かれる。


「あー…焼き肉食いてぇ…」


しかし肉はない。
今夜は我慢して、冷蔵庫に残っている白菜と卵をいれた煮込みうどんを作って食べるしかない。


ガッツリとした肉料理に思いを馳せているうちに、最終列車がやってきた。
3両編成の電車の中には、乗客の姿が2人みえたが、当然、下車する様子はない。

マサオが駅舎の入り口から様子を見ていると、車掌がドアを開けて降りてくる様子が見えた。
慌てて戸を開けてホームまで行くと、車掌が社内報――ペラ紙1枚――を渡してくれた。

たいしたことの無い業務報告は、こうして車掌から手渡される事になっている。
急ぎの場合は電話やFaxで連絡が来る。


枯れ葉駅から乗車する客もいないため、電車は時刻通りに発車した。




「…さて、飯にするか」


寒い寒いと腕を擦りつつ、駅舎に入る。

基本的に駅舎の戸の鍵は閉めない。
マサオが宿舎にいる間に駅にやってきた利用客が入れるようにするためだ。

乗車賃は電車内でやりとりするので、駅舎には現金など置いていない。
10年以上前から使用している型落ちしたFaxと電話など誰も盗もうとは思わないだろうし、食料品は鍵がかかる駅員用の宿舎の納戸に収めている。
盗める物は置いていない。


先ほど受け取った社内報は折りたたんで胸ポケットにしまう。宿舎で夕食後にゆっくり読むのだ。
駅員室に戻ると日報に最終列車の利用客数を記入する。


「よし、これで今日の業務は終わりだ。たらこさん、お疲れ様でした」
「ぬあー」

お疲れ様とでも言うように、たらこが間延びした声で鳴いた。


電気を消して駅員室を出たところで、たらこがさっとドアの隙間から外へと出た。


「おっと?!」


業務終了後に彼女が駅員室の外に出たのは初めてだ。

たらこ駅長は長い尻尾をピコピコ揺らして、駅の入り口を見ている。

犬猫は時折何もない空間を見つめるが、少し怖いので夜はやめて欲しいなとマサオは思う。


たらこに倣い、マサオも駅の入り口を見ていると、ガタッと戸が開いた。


「――ヒッ!?」
「ぬあーん」


悲鳴を上げようとしたマサオの左足の甲を前足で踏みつけながら、たらこは入り口に歩いていった。
入り口には、赤いコートの女性が立っていた。



「へっ! …あ、ああっ! 今朝の!」


急いできたのだろうか、女性の息は上がっていた。
寒さのせいか、頬も赤く染まっている。


「あ、えっと…どうかしましたか?」


何か忘れ物でも、と言おうとしたところで女性は息を弾ませたままマサオに聞いた。


「あ、あの! 電車ってまだ間に合いますか!?」
「え?」


女性の足下にたらこが擦り寄る。
たらこに気を取られることなく、女性はマサオを見て、やがて壁に貼ってある時刻表と、壁掛け時計に目をやった。
マサオが答える前に気づいた様だが、遅延している可能性を期待してマサオを見る。


「いえ…その…本日の電車は上下線共に終了しました…」
「そう…ですか…」


女性は酷く落胆した様子で俯いた。
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