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寂しい女1
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定刻通りに下りの始発列車が枯れ葉駅に停車したとき、駅舎の窓から見ていたマサオは驚いた。
普段なら停車しても開かないはずのドアが開いたのだ。
利用客が少ない区間は手動となっているドアが開くと、赤いコートを羽織った女性が一人、枯れ葉駅のホームに降り立った。
マサオはこんな朝早くに何もない駅に人が――しかも女性がやってきたことに驚いた。
歳はマサオより少し上だろうか。
「ぬあーん」
「――はっ!」
駅長である猫のたらこが一声鳴いた。
若い女性が何もない駅にやってきたことに驚き固まったマサオだったが、たらこの声で我に返ると、すぐに駅舎の中を見回した。
(ああ…ストーブだ! ストーブ準備しなきゃ!)
利用客が少ないため、基本的に待合室のストーブには火を付けていない。
誰もいないのに無駄なエネルギーは使わないのだ。
女性が何のためにここにやってきたのかはわからないが、きっとこの駅に迎えが来るはずだ。
駅前には商店などなく山道があるのみで、一番近い民家までそれなりに距離がある。
雪が積もった道を一人歩きするとは思えない。
ストーブの準備をしつつ、窓から駅前を見るが車の姿はない。
雪道ではきっと車の移動も大変だろう。
時間がかかることが予想される。
待ってる間に彼女が凍えてしまわないように、マサオは薪ストーブに必要なものを放り込んで火を入れた。
土都~土端駅間は、乗車賃は電車内で精算するシステムとなっている。
そのためマサオがドアの前で女性客を待つ必要は無い。
――ガラッ。
赤いコートの女性が駅舎へと入ってきた。
「おはようございます! すみません、ストーブの準備が間に合わず、今火を入れたところなんです。すぐに温かいお茶をお持ちしますから、どうぞこちらでお待ちください」
「あ…、おかまいなく…」
マサオが待合室のベンチ――ストーブにほどよく近く、寒くないように座布団が敷いてある――を指し示すと、女性は恐縮した様子で会釈をした。
女性がベンチに座るのを待たずに、マサオは駅員室に駆け込んだ。
駅員室のストーブの上ではヤカンが湯気を出している。
ヤカンを持ち上げると、奥のキッチンスペースに持って行く。
棚から適当なマグカップを出すと軽くゆすぎ、ティーバッグの紅茶を淹れた。
待合室に戻ると、女性客はベンチに腰を下ろしていた。
そしてその膝の上にはなぜか、丸々と太った三毛猫が――たらこが乗っていた。
暖房代わりだとでもいうのだろうか。
重いだろうに、女性は嫌そうな顔もせずに優しく猫の頭を撫でていた。
「お待たせしました。熱いのでお気を付けください」
「あ、ありがとうございます…」
マサオはマグカップをそのまま手渡そうとしたが、女性の膝の上にたらこがいるので、彼女の傍ら――ベンチの上に置いた。
「お茶はこちらに置きますね。すみません、その猫、重いでしょう?」
「あぁ、いえ…。…でも、暖かいので…」
「その猫、実はここの駅長なんですよ」
「えっ!?」
「ぬあーん」
その通り!とでも言うように、たらこが鳴いた。
どこか誇らしげな顔をしているように見える。
「足がしびれてきたら遠慮なくどかしてくださいね。あ、駅長は頭がいいので、『どいて』と言えばどいてくれると思うんですけど、もしどかなかったらお尻の方を軽く押して貰えればいけると思います」
「あ、はい…わかりました」
「もし寒かったら、そこにあるブランケットは好きに使ってください」
「はい」
待合室の隅にあるベンチの上には、厚手のブランケットが何枚か畳んでおいてある。
もちろん、適度なタイミングで洗濯しているので清潔だ。
「何かありましたら、遠慮なく呼んでください。――ああ、あと、もしお迎えがきたらそのマグカップはそこに置いたままで良いんで」
「わかりました。ありがとうございます」
失礼します、とマサオはその場を離れた。
普段なら停車しても開かないはずのドアが開いたのだ。
利用客が少ない区間は手動となっているドアが開くと、赤いコートを羽織った女性が一人、枯れ葉駅のホームに降り立った。
マサオはこんな朝早くに何もない駅に人が――しかも女性がやってきたことに驚いた。
歳はマサオより少し上だろうか。
「ぬあーん」
「――はっ!」
駅長である猫のたらこが一声鳴いた。
若い女性が何もない駅にやってきたことに驚き固まったマサオだったが、たらこの声で我に返ると、すぐに駅舎の中を見回した。
(ああ…ストーブだ! ストーブ準備しなきゃ!)
利用客が少ないため、基本的に待合室のストーブには火を付けていない。
誰もいないのに無駄なエネルギーは使わないのだ。
女性が何のためにここにやってきたのかはわからないが、きっとこの駅に迎えが来るはずだ。
駅前には商店などなく山道があるのみで、一番近い民家までそれなりに距離がある。
雪が積もった道を一人歩きするとは思えない。
ストーブの準備をしつつ、窓から駅前を見るが車の姿はない。
雪道ではきっと車の移動も大変だろう。
時間がかかることが予想される。
待ってる間に彼女が凍えてしまわないように、マサオは薪ストーブに必要なものを放り込んで火を入れた。
土都~土端駅間は、乗車賃は電車内で精算するシステムとなっている。
そのためマサオがドアの前で女性客を待つ必要は無い。
――ガラッ。
赤いコートの女性が駅舎へと入ってきた。
「おはようございます! すみません、ストーブの準備が間に合わず、今火を入れたところなんです。すぐに温かいお茶をお持ちしますから、どうぞこちらでお待ちください」
「あ…、おかまいなく…」
マサオが待合室のベンチ――ストーブにほどよく近く、寒くないように座布団が敷いてある――を指し示すと、女性は恐縮した様子で会釈をした。
女性がベンチに座るのを待たずに、マサオは駅員室に駆け込んだ。
駅員室のストーブの上ではヤカンが湯気を出している。
ヤカンを持ち上げると、奥のキッチンスペースに持って行く。
棚から適当なマグカップを出すと軽くゆすぎ、ティーバッグの紅茶を淹れた。
待合室に戻ると、女性客はベンチに腰を下ろしていた。
そしてその膝の上にはなぜか、丸々と太った三毛猫が――たらこが乗っていた。
暖房代わりだとでもいうのだろうか。
重いだろうに、女性は嫌そうな顔もせずに優しく猫の頭を撫でていた。
「お待たせしました。熱いのでお気を付けください」
「あ、ありがとうございます…」
マサオはマグカップをそのまま手渡そうとしたが、女性の膝の上にたらこがいるので、彼女の傍ら――ベンチの上に置いた。
「お茶はこちらに置きますね。すみません、その猫、重いでしょう?」
「あぁ、いえ…。…でも、暖かいので…」
「その猫、実はここの駅長なんですよ」
「えっ!?」
「ぬあーん」
その通り!とでも言うように、たらこが鳴いた。
どこか誇らしげな顔をしているように見える。
「足がしびれてきたら遠慮なくどかしてくださいね。あ、駅長は頭がいいので、『どいて』と言えばどいてくれると思うんですけど、もしどかなかったらお尻の方を軽く押して貰えればいけると思います」
「あ、はい…わかりました」
「もし寒かったら、そこにあるブランケットは好きに使ってください」
「はい」
待合室の隅にあるベンチの上には、厚手のブランケットが何枚か畳んでおいてある。
もちろん、適度なタイミングで洗濯しているので清潔だ。
「何かありましたら、遠慮なく呼んでください。――ああ、あと、もしお迎えがきたらそのマグカップはそこに置いたままで良いんで」
「わかりました。ありがとうございます」
失礼します、とマサオはその場を離れた。
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