2 / 6
秘境駅の一日
しおりを挟む
朝。
山間にある秘境駅――枯れ葉駅。
首都である光都から農業中心の領土――土都――を繋ぐ鉄道を土都線と呼ぶ。
この土都線の終着駅である土端駅の2つ手前が、枯れ葉駅である。
山間の澄んだ空気
気温は低く、吐く息が白い。
「クッソ寒ぃ…」
駅舎に併設されている駅員用の宿舎――という名の掘っ立て小屋から出ると、マサオは身震いした。
今日は一段と冷え込んでいる。
防寒具を着込み着ぶくれした彼は、スコップを手に駅のホームの除雪作業を始めた。
電車は上り下り併せて一日6本。
朝昼晩に上下線が1本ずつ停車する。
電車は単線のため、駅のホームは1つだ。
車両も3車両のため、そう長くない。
線路は直接加熱式の融雪設備が整っているため、よほどのことが無い限りマサオが自ら除雪するようなことはない。
職業案内所で見つけた仕事――秘境駅の臨時職員としてマサオは採用された。
期間は11月~3月までの5か月。
雪深くなる冬期の間、駅に泊まり込んで雑用を片付ける仕事だ。
主な仕事はホームに積もった雪の除雪作業だ。
他には線路上の障害物の撤去や、豪雪のため列車が運休となり行き場のない利用客を駅舎の2階にある仮眠室に泊めるといった対応などがある。
光都から土都の中心都市である土都駅までは、利用客が多い。
しかし土都駅から終点の土端駅までは9つの駅があるが利用客が少なく、また半数以上が無人駅である。
枯れ葉駅の利用客は、一週間に一人程度でしかない。
駅の利用客は少ないので無人駅としても良いはずなのだが、マサオがいる枯れ葉駅の前後の駅も無人駅となっており人の目が届かない区間が長くなってしまうため、何かあったときに対応出来る人を置いておく必要があるらしい。
本来は土都線の鉄道職員が当番制で対応することになっているのだが、今年は人手が足りないらしく臨時職員を雇用することを決めたらしい。
家族がある者は泊まり込みでの仕事は嫌がるし、独身者にとっても何もない山奥に一人で住み込むのは勘弁して欲しい。
特に冬場は絶対嫌だと、誰が貧乏くじを引くか揉めていた。
そのためマサオが応募したところ大歓迎され、即採用された。
(今日も寒いなー…。でもまあ、暖房効いてる部屋でもクソ上司と顔つきあわせなきゃならないのと比べたら今の方がマシだよな)
貧乏くじを引いたはずのマサオだが、すがすがしい気持ちで日々を過ごしていた。
昨夜は雪が降ったものの積雪量は少ない。駅のホームから手早く雪を取り除いていった。
始発列車が来るのはあと1時間後だ。
スコップを持ったまま、駅舎の引き戸を開けた。
風雪が酷いときや夜間は閉めているのだ。
ホーム側と駅前の山道に通じる側の両側の戸を開け放つ。
戸に鍵はかかってないので、利用客がいれば勝手に戸を開けて駅舎内に入ることが可能だ。
入ったところでここにはベンチしかない。
マサオは鍵を開けて駅の窓口――駅員専用のスペースに入ると、壁際に設置されてる薪ストーブに火を入れた。
水を入れたヤカンをその上に置く。
手袋を外した手をストーブにかざし、しばし暖を取る。
ごそり。
資料が積まれたテーブルの上。
その中央に置かれた毛布の塊が動き出した。
やがてその塊から丸々と太った三毛猫が這い出してきた。
「おはようございます、たらこさん」
「ぬぁーん」
三毛猫はゆったりとストーブの前まで移動し、マサオと並んで暖を取った。
彼女の名は『たらこ』。
枯れ葉駅の駅長である。
マサオが前任者から引き継ぐ際、『彼女はこの駅の駅長。名前はたらこだ』と紹介された。
どういうことかと聞くマサオに、前任者は詳しい説明をしなかった。
『難しいことは考えなくて良い』
『駅長である彼女は君の直属の上司だ』
『彼女の仕事のサポートをするのが、部下となった我々の役目だ』
などと言われた。
急に言われて戸惑うマサオだったが、どこかで犬猫が名誉駅長の任に就いたという話を聞いたことがあったので、そういうことだろうと納得した。
また、この駅を無人駅に出来ないのは、たらこのお世話があるからなのではないかと思った。
たらこの一日のスケジュール表が壁に貼ってあるのだが、食事とおやつはともかく『ブラッシング』『ストーブで暖を取る』『天気の良い日は日中干した毛布で眠る』などがあり、これは明らかに人間側が準備しないとできないことだ。
マサオは棚からキャットフードを取り出し、タラコ専用の可愛らしいピンクの器に盛った。
水も新しいものに取り替える。
「たらこさん、ご飯の用意できましたよ」
「ぬぁーん」
ご苦労、とでも言うように鳴いた。
秘境駅の臨時職員の一日はこうして始まる。
山間にある秘境駅――枯れ葉駅。
首都である光都から農業中心の領土――土都――を繋ぐ鉄道を土都線と呼ぶ。
この土都線の終着駅である土端駅の2つ手前が、枯れ葉駅である。
山間の澄んだ空気
気温は低く、吐く息が白い。
「クッソ寒ぃ…」
駅舎に併設されている駅員用の宿舎――という名の掘っ立て小屋から出ると、マサオは身震いした。
今日は一段と冷え込んでいる。
防寒具を着込み着ぶくれした彼は、スコップを手に駅のホームの除雪作業を始めた。
電車は上り下り併せて一日6本。
朝昼晩に上下線が1本ずつ停車する。
電車は単線のため、駅のホームは1つだ。
車両も3車両のため、そう長くない。
線路は直接加熱式の融雪設備が整っているため、よほどのことが無い限りマサオが自ら除雪するようなことはない。
職業案内所で見つけた仕事――秘境駅の臨時職員としてマサオは採用された。
期間は11月~3月までの5か月。
雪深くなる冬期の間、駅に泊まり込んで雑用を片付ける仕事だ。
主な仕事はホームに積もった雪の除雪作業だ。
他には線路上の障害物の撤去や、豪雪のため列車が運休となり行き場のない利用客を駅舎の2階にある仮眠室に泊めるといった対応などがある。
光都から土都の中心都市である土都駅までは、利用客が多い。
しかし土都駅から終点の土端駅までは9つの駅があるが利用客が少なく、また半数以上が無人駅である。
枯れ葉駅の利用客は、一週間に一人程度でしかない。
駅の利用客は少ないので無人駅としても良いはずなのだが、マサオがいる枯れ葉駅の前後の駅も無人駅となっており人の目が届かない区間が長くなってしまうため、何かあったときに対応出来る人を置いておく必要があるらしい。
本来は土都線の鉄道職員が当番制で対応することになっているのだが、今年は人手が足りないらしく臨時職員を雇用することを決めたらしい。
家族がある者は泊まり込みでの仕事は嫌がるし、独身者にとっても何もない山奥に一人で住み込むのは勘弁して欲しい。
特に冬場は絶対嫌だと、誰が貧乏くじを引くか揉めていた。
そのためマサオが応募したところ大歓迎され、即採用された。
(今日も寒いなー…。でもまあ、暖房効いてる部屋でもクソ上司と顔つきあわせなきゃならないのと比べたら今の方がマシだよな)
貧乏くじを引いたはずのマサオだが、すがすがしい気持ちで日々を過ごしていた。
昨夜は雪が降ったものの積雪量は少ない。駅のホームから手早く雪を取り除いていった。
始発列車が来るのはあと1時間後だ。
スコップを持ったまま、駅舎の引き戸を開けた。
風雪が酷いときや夜間は閉めているのだ。
ホーム側と駅前の山道に通じる側の両側の戸を開け放つ。
戸に鍵はかかってないので、利用客がいれば勝手に戸を開けて駅舎内に入ることが可能だ。
入ったところでここにはベンチしかない。
マサオは鍵を開けて駅の窓口――駅員専用のスペースに入ると、壁際に設置されてる薪ストーブに火を入れた。
水を入れたヤカンをその上に置く。
手袋を外した手をストーブにかざし、しばし暖を取る。
ごそり。
資料が積まれたテーブルの上。
その中央に置かれた毛布の塊が動き出した。
やがてその塊から丸々と太った三毛猫が這い出してきた。
「おはようございます、たらこさん」
「ぬぁーん」
三毛猫はゆったりとストーブの前まで移動し、マサオと並んで暖を取った。
彼女の名は『たらこ』。
枯れ葉駅の駅長である。
マサオが前任者から引き継ぐ際、『彼女はこの駅の駅長。名前はたらこだ』と紹介された。
どういうことかと聞くマサオに、前任者は詳しい説明をしなかった。
『難しいことは考えなくて良い』
『駅長である彼女は君の直属の上司だ』
『彼女の仕事のサポートをするのが、部下となった我々の役目だ』
などと言われた。
急に言われて戸惑うマサオだったが、どこかで犬猫が名誉駅長の任に就いたという話を聞いたことがあったので、そういうことだろうと納得した。
また、この駅を無人駅に出来ないのは、たらこのお世話があるからなのではないかと思った。
たらこの一日のスケジュール表が壁に貼ってあるのだが、食事とおやつはともかく『ブラッシング』『ストーブで暖を取る』『天気の良い日は日中干した毛布で眠る』などがあり、これは明らかに人間側が準備しないとできないことだ。
マサオは棚からキャットフードを取り出し、タラコ専用の可愛らしいピンクの器に盛った。
水も新しいものに取り替える。
「たらこさん、ご飯の用意できましたよ」
「ぬぁーん」
ご苦労、とでも言うように鳴いた。
秘境駅の臨時職員の一日はこうして始まる。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
ありふれた聖女のざまぁ
雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。
異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが…
「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」
「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」
※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる