勇者への褒美は王女以外でよろしく

しがついつか

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勇者はもういない

「勇者を――殺してください…」


10年前のあの日――国王から褒美を授かるため謁見した折、リチャードは望みを口にした。
もう戦いたくない。勇者を殺して欲しい、と。
リチャードは世界に絶望し死にたいと思っていたが、『私を』ではなく『勇者を』と口にしたのは、心のどこかで生きたいと願っていたからかもしれない。

国王はその望みを受け入れた。

数ヶ月後、第二王女レイチェルが国内のとある貴族のもとに降嫁することが発表された。
彼女の夫となる貴族は十数年前に妻を無くしており、レイチェルは後妻となる。
他にも彼女が嫁ぐのに相応しい相手はいるはずだが、なぜこの男なのか。
誰もが疑問に思うはずだが、それは翌日に告げられた訃報により、頭の隅に追いやられた。

勇者が長きにわたる戦いにより心身に深い傷を負い、それが原因で亡くなったのだと国民に告げられたのだ。


早すぎる勇者の訃報に誰もが驚き、嘆いた。
国中に勇者を失った悲壮感が漂い、王女の結婚については誰の記憶にも残らなかった。


もちろん勇者――リチャードは生きている。


第二王女レイチェルが嫁いだ領地――アイディリク領は、特にこれといった特徴は無い。
領地に特徴は無いが、彼女の夫となったのは、善人な貴族として領民に慕われている人物だ。
国王とも親交があり、発言力も他の貴族への影響力もある。
他国の貴族・王族との繋がりもあるらしく、おいそれとは手を出せない人物だ。

――要人を保護するのに、うってつけの人物ともいえる。

レイチェルが彼に嫁いだのは、"勇者"の肩書きが外れたリチャードを守るためだった。


『勇者は死んだ』と公表したところで、リチャードがその辺をウロウロしていれば、彼の顔を知っている者達には嘘だとすぐにわかってしまう。
善良な人ばかりではないのだ。
勇者の肩書きを外して、ただのリチャードとして生きたい彼を、自らの欲望のために利用せんとする者は少なくない。


勇者を筆頭に、救国の英雄達が静かに余生を過ごすことが出来るように。他の貴族が手を出せぬようにするため、レイチェルは傑物であるアイディリク領主の後妻となった。
王族が嫁ぎ、王族に次ぐ権力を持つ領主が治める領地に対して、手を出そうとするものはいない。
さらに、アイディリクの領民とリチャード一行には、面識が無いことも都合が良かったのだ。
アイディリク領とは王城を挟んで正反対の方角に戦場が広がっていた。
パーティメンバーにも、アイディリク出身の者はいない。

既に両親を亡くしていたリチャードには、故郷に戻らなければならない理由もなかった。



アイディリク領主の厚意により、商人が行き交う街道からは大きく離れた最東端の町はずれに、家を用意してもらった。
この町の人々の気質は穏やかで、町長の人柄も問題ない。
『あの戦いで傷を負った者達』だと領主より紹介を受けた町長は、リチャードや一緒に訪れた仲間を労った。
町に居着いたメンバーもいれば、故郷へと戻った者、他国に向かった者もいる。
それでも現在、リチャードが信頼する仲間達の多くが、この領地に住んでいる。













「ねえロベルト、図書館で本を返してからダンの店でパンを買ってこようと思うんだけど、他に何かいる?」


庭で草むしりをしているロベルトに声をかける。
麦わら帽子をかぶり、軍手をはめ、肩にタオルをかけた彼の姿は、ここ数年ですっかり見慣れたものとなった。


「あー、そうしたらボブんとこで塩と胡椒を買ってきてくれ」
「りょうかーい」
「――あ、そうだ!ついでにあれだ、あれも持って行ってくれ!」
「んー?」


鎌をその場に置き、汚れた軍手を外しながら家に駆け込んだ。
ドタドタ音をさせながら2階の自室に向かった彼は、すぐに戻ってきた。
手には封筒を持っている。
手紙を出すためには、町役場まで行かねばならない。

「これも出してきてくれ」
「へーい…って、マーク宛て…ってことは…。ロベルト、お前まだ返事出してなかったの?」
「しゃーないだろ、町にはたまにしか行かねぇんだから」
「だとしても、マークから手紙が来たのって3ヶ月前だろ? いくら何でも遅すぎるって…」

3ヶ月前に元パーティメンバーのマークから、近況報告として手紙を貰った。
同居していることは知っているはずだが、マークはリチャードとロベルトそれぞれに手紙を出したのだ。
リチャードは受け取ってすぐに返事を出している。
これが他の人ならば、返事は既に出した上で、改めてマーク宛てに手紙を書いたのだと思えるのだが、筆無精で面倒くさがりなロベルトが、自ら手紙を出そうとするはずがない。
案の定、これは3ヶ月前の手紙に対する返事だった。

「マークなら大丈夫だ。あのケインと一緒になるくらい懐がでけぇからな」
「そういうことじゃないだろ…」
「第一、リチャードだって手紙貰ってただろ? んで、お前が返事出してんだったら、俺も元気でやってるってわかるから問題なし!」
「…はぁ…」

リチャードは呆れながらも、受け取った手紙を懐に入れた。

「んじゃ、行ってきま~す」
「おう、気を付けて行ってこいよ」
「はーい」

ロベルトに見送られ、町に向けて歩き出した。
町まではゆっくり歩いて1時間ほどだ。
今日は天気が良い。
急ぐ用事も無いため、リチャードはゆっくり歩いて行くことにした。


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