平和な怪奇現象が起きる町

しがついつか

文字の大きさ
1 / 5

日替わり自動販売機

しおりを挟む
自動販売機の数が増えている。

前野ミリンがそのことに気づいたのは、まったくの偶然だった。





火曜日の夜、帰宅途中のミリンは少し寄り道をしていた。
普段使っている道からは少し外れてしまうが、地図上は駅から自宅までの一直線上にあるラーメン屋に立ち寄った。

目的は、店の外に設置された自動販売機にあるチャーシューだ。
ミリンはラーメン店のチャーシューが好きだった。

スーパーで買えるチャーシューではダメなのだ。

トロトロとして味が良くしみた肉の塊を口に入れたときの幸福感。
これはラーメン店のチャーシューじゃなければ味わえない。

ミリン本人にも何故なのかはわからないが、彼女はチャーシューに強く惹かれるたちだった。
店でラーメンを食べるときは、チャーシューを大事に取っておくタイプである。

チャーシュー麺には心惹かれるのだが、通常のラーメンと比べて値段がお高いため、注文を諦めることが常だった。

ふとしたきっかけで、ミリンは自動販売機でチャーシューを購入できることを知った。
しかも自宅から徒歩圏内にあるラーメン店でだ。

さっそく購入した彼女は、冷凍とはいえそのチャーシューの美味しさに感動し、たまに購入するようになった。





前回購入してから半年は経っているだろうか。
仕事のストレスのせいか急にチャーシュー麺を貪り食いたい衝動に駆られたため、ミリンは寄り道することにしたのだ。
その道中、彼女はとある自動販売機の台数が増えていることに気づく。


増えていたのは、件のラーメン店の自動販売機ではない。
駅からラーメン店に行くまでの間にある、コインパーキングの入り口脇にある自動販売機だ。



普段ならば自動販売機のことなど気にも留めないが、ミリンがその自動販売機を覚えていたのは理由があった。




20時を過ぎても蒸し暑さが残る夏のある日のこと。
帰宅途中のミリンは猛烈に喉が渇いていた。

オフィスを出る時点で手持ちのペットボトルは既に空だったが、もう帰るだけだったし、その時点ではさほど喉は渇いていなかった。
電車に乗って1時間が経つ頃、徐々に喉の渇きを覚えるようになってきた。

家に帰るだけだからと、駅のホームの自動販売機では購入しなかった。
しかし、駅から自宅までは徒歩で15分かかる。

歩いているうちに我慢できなくなってきた。

そこでふと、ラーメン店にはチャーシューの販売機とは別の、飲み物だけの自動販売機があることを思いだし、自然と足がそちらに向いた。


自動販売機でお茶を買おう。
そう思いながら歩いていると、コインパーキングの前に自動販売機があることに気づいた。
『おお、これは天の助け!』と思いながら近づいて、ミリンはガッカリした。

自動販売機にはコーラしかなかったのだ。

夫なら喜んだかもしれないが、ミリンは喉が渇いてるときはお茶か水を飲みたいタイプだ。
ガッカリしてその場を去ったミリンは、結局ラーメン店の自動販売機でお茶を買い、飲みながら帰った。




そんな些細なエピソードがあったため、ミリンは『コインパーキングの前にはコーラしかない自動販売機がある』と認識していた。




「えー、いつの間に増えたんだろ」


近づいてみると、左には前回見たコーラだけの自販機。そしてその右隣にはお茶、水、ジュースなどがあるがあった。


「もうちょっと早くこっちの自販機を置いて欲しかったなぁ…」


人通りが少ないのを良いことに、ミリンはぼやいた。
増えているからといって自動販売機に用があるわけではないので、ミリンはその場を通り過ぎた。









翌日、水曜日。
ミリンは二日連続で帰宅途中に寄り道をしていた。

なぜなら昨夜はチャーシューが売り切れていたため、購入できなかったからだ。
チャーシューを食べたい欲がさらに高まってしまったため、ミリンはラーメン店の自動販売機を目指して歩いていた。


コインパーキングの前を通過する際、自動販売機に目が行った。


(…え?)


チラリと見た後、違和感を覚えたミリンは自動販売機に顔ごと向けた。
二度見したミリンの目に飛び込んできたのは、3台並んだ自動販売機だった。



(ふっ、増えてるっ!?)



コーラオンリーの販売機、通常の自動販売機が並び、さらにその右隣に細い自動販売機が設置されていた。
細い自動販売機は、上下の2段あわせて8種類の飲み物が買えるタイプになっている。
お茶、水、スポーツドリンクといった定番だけが並んでいる。



(昨日は見落とした…ってことはさすがにないはず…。細いとはいっても真ん中のやつとは完全に別物だし…。2つが一緒に見えちゃったとは思えない)



とはいえ、昨夜のミリンは自動販売機のことを注意して見たわけじゃない。
見落としていた可能性はある。


もしかしたら今日、細い自動販売機が新しく設置されたのかもしれない。


(昨日の今日で増えるもんなの…? いや、でも自動販売機が設置されるタイミングなんて知らないし…。たまたま増える前後で私が通りかかっただけなんかな…)



やや納得いかないが、可能性はゼロではない。
首をかしげながら、ミリンはその場を離れた。




まあ、チャーシューは無事に購入できたので良しとしよう。







自動販売機増加事件から4日後。
日曜日の昼過ぎ、買い物途中のミリンはのんびりと自転車を漕いでいた。

衣料品店でストッキングを買い、ホームセンターで養生テープと換気扇のフィルターを購入したので、次は駅前にあるスーパーで今日と明日の分の夕飯の材料を買いに行くところだった。


近所の自転車屋で一目惚れして買ったお気に入りの愛車をシャカシャカ漕ぐのは楽しい。
駅の駐輪場は有料なので通勤時はいつも徒歩にしており、自転車に乗れるのは土日くらいだった。

ミリンはご機嫌で自転車を漕いでいた。



「ふんふふ~ん…。――うぇっほぉっ!?」


ご機嫌だったミリンは奇声を上げて自転車を急停止させた。
コインパーキングの入り口を、驚きの表情で見ている。


(え、減ってる!? 1台しかないんだけどっ!?)


コインパーキングの入り口には、1台の自動販売機があった。


(しかも中身が水だけっ!?)


3段ある自動販売機の商品は、すべてペットボトルの水だけになっていた。
ぞっとした。


「えっ、怖っ…」


晴天の暖かい日だというのに、寒気がする。
この場に長く留まっていたくない。

ミリンは自動販売機から顔を背け、自転車を漕ぎ出した。








「あ、それ知ってる」


帰宅後、ホラー映画好きな夫に自動販売機のことを話したところ、夫の第一声がこれだった。


「し、知ってんの…?」
「その自販機ってたぶんあれだよ、のやつ」
「日替わり…」
「うん。バイク通勤になってその道通らなくなったから忘れてたけど、俺が小学生の頃には既にあったはずだよ。学校の怪談とかが流行ってた時期だったし、友達と『お化け自販機』とか呼んでさ。放課後にわざわざ自販機まで行って『悪霊退散!』とか叫んで遊んでた覚えがあるなぁ」



怪奇現象に出くわして焦っていたが、懐かしそうに昔を思い出して笑う夫を見て、恐怖が薄らいでいく。
夫が小学生ということは、20年以上前からあったということだ。



「…日替わりで自販機の台数も増えるってこと…?」
「そうそう。確か…月曜日にリセットされて、火水で1台ずつ増えて、木金土日が1種類しか商品がないとかだったはず」
「へ…へぇ…」



(日替わりランチじゃないんだから…。しかも台数を増やしたりって手間かけるのはどうなの…)



「…それって、飲料会社のイベントとか、自販機のオーナー? の意向的なもんで、日替わりで台数と中身を替えてるとかなのかな?」

「いや、。コインパーキングのオーナーも自販機についての苦情を言われることがあって困ってるって、親父に聞いたことがある」

「え…」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...