そしてヒロインは売れ残った

しがついつか

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そしてヒロインは売れ残った

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学園を卒業して10年の月日が経った。

リーリエは地元の農家に嫁ぎ、二児の母となっていた。
学園を卒業してからも、エミリアとエマとは年に1、2回は手紙のやりとりをしていた。
近況報告としての他愛ない話がほとんどだ。

エミリアも親戚のおばさんのお節介によって相手を紹介され結婚している。
エマはガラス細工の職人として活躍しており、工房で知り合った男性と結婚を前提とした付き合いをしているそうだ。


エミリアとはお互い北方の町村に住んでいるため、この10年で2回ほど会う機会があった。


3人とも、モモとは連絡を取っていなかった。
エマは地元を離れているため、モモの近況が彼女の耳に入ることもないようだ。




リーリエが長く連絡を取ることのなかったモモと再会したのは、まったくの偶然であった。


主要港では年に1回、大きな市場が開かれる。
外国からの商船がやってきて、珍しい物品を売るのだ。
リーリエは夫と近所の農家仲間と共に、海外産の農具を見に来ていた。
子どもは同居している義両親に預けてある。

農具を一通り見終え、仲間の一人が発注の手続等を済ませているときのこと。
外国の商人と客がもめ始めたのだ。

商人はマーズ王国語をあまり話せないようで、リーリエの知らない外国語で何やら訴えていた。
客の方はマーズ王国民の様で、母国語で『何言ってんのかわかんねぇよ!』『王国語喋れ!』と言い張るばかり。


他人事なので『あらまぁ』と暢気に傍観していたら、警備員2名と役所の職員らしき男女が2名やってきた。
女性は商人に外国語で話しかけると、商人の訴えている内容を聞き取り、客に通訳をし始めた。


(あー、あのお姉さん外国語わかるんだぁ。格好いいなぁ)


リーリエの位置からは女性の後ろ姿しか見えない。
あっという間に客と商人のもめ事を解決している姿を見て、心の中で拍手を送った。


どうやらその場で解決したらしく、警備員と職員は引き上げるようだ。
くるりと振り向いた女性の顔を見て、リーリエは驚いた。


「モモっ!?」
「え?」


思った以上に大きな声が出てしまい、それを聞いた女性――モモがリーリエの方を向いた。


「あ、リーリエだ」


モモはリーリエを見つけると、昔と変わらない暢気そうな顔で笑った。
同僚の男性に言葉をかけると、彼女はリーリエの方に歩いてきた。
『先に帰って』とでも言ったのか、男性と警備員はその場から引き上げていった。



「久しぶりだね、元気にしてた?」
「うん。モモも元気そうね。そういえば、港の役場に就職したんだったっけ」
「そうそう。リーリエは何しに来たの? 買い物?」
「うん。夫と農家の仲間と一緒に農具を見に来たの」
「結婚してたんだね、おめでとう。もし時間あったらお茶しない? チーズケーキの美味しいカフェがあるんだ」
「え、チーズケーキ?! 行きたい! ちょっと待って――ねえ、彼女と行ってきてもいい?」


チーズケーキと聞いて、リーリエは傍にいた夫に許可を求めた。
一連の流れを見ていた夫は、快く送り出してくれた。






チーズケーキとコーヒーを楽しみつつ、お互いの近況を話す。
在学中は二人きりでお茶をすることなんてなかったので、なんだか新鮮だ。


リーリエからは、エマとエミリアの近況についても話した。


「そっかぁ、みんな元気でやってるんだね」


モモはニコニコしながら聞いていた。
自分以外の3人が連絡を取り合っていることについて、モモは意に介していないようだった。

モモは同級生達と連絡を取り合うことをしていないらしい。
彼女の性格上、『相手がいないから』ではなく『必要としていない』からやっていないようだ。



「エマももうすぐ結婚するんだねぇ。エマと連絡とる機会があったら、おめでとうって言っておいてね」
「うん、わかった」


モモの顔には妬み嫉みといった感情は見えない。
それどころか、心から祝福しているようだ。


リーリエは思い切って気になっていたことを聞いてみた。


「モモは結婚しているの?」


この言葉を口にするのは、少し勇気がいる。
この話題を出すと途端に不機嫌になる人が一定数いるためだ。


「うぅん。してないよ」
「そっか」


不機嫌になることなく、モモは答えてくれた。

聞いてみたもののどこまで突っ込んでいいのだろうか。
リーリエの田舎にいるお婆さん達ならは遠慮なく根掘り葉掘り聞くだろうが、『結婚の予定はないのか』『なんで結婚してないのか』といった話題は、かなり失礼な部類に入る。

リーリエがなんて言おうか迷っていると、チーズケーキを咀嚼したエマはあっけらかんと言い放った。


「モモが結婚しちゃったら、モモの王子様が泣いちゃうからね」
「――ん?」


(え、何て?)


モモの顔を見ると、彼女はにこりと笑った。


「今までもね、モモのことが好きでしょうがない男の人はいっぱいいたんだよ。付き合ってる人がいても、奥さんがいても、モモと出会うとみんなモモに夢中になっちゃうの。――でもね、みんなモモの隣に立つ資格を持ってなかったから。ごめんなさいするしかなかったのよね」


ふぅ、とため息をついた。

リーリエは半信半疑である。
学生時代あれだけ男子生徒に避けられていたのだ。『そんなはずはない』という気持ちと『もしかしたら本当かも』という気持ちがせめぎあう。


ここ10年間のモモの動向を知らないリーリエには真偽の判断がつかないが、もしこの場にモモをよく知る人がいたら『卒業パーティーの時と同じことがあっただけだ』と教えてくれただろう。
モモの言う恋人がいる男や妻帯者の話は、浮気者のクズ男をモモが勘違いの末、勝手にフッたという話だ。
もちろん、クズ男たちはモモにアプローチしたことは一度もない。
クズ男達の被害にあっていた女性の中には、実はモモの振る舞いに救われた者が少なくない。


「モモを好きっていう人はいっぱいいるから、もしかしたら誰かと結婚しちゃうのかもしれないけど…。でも、王子様が迎えに来る前にモモが結婚しちゃったら、王子様が悲しむでしょう?」
「えっと…、王子様ってどんな人なの?」
「白馬の王子様よ!」


邪気のない笑顔でモモは言った。
リーリエは思わず真顔になった。


「…ハクバノ…?」
「ヒロインを迎えに来るのは、やっぱり白馬の王子様だもの」


いい年した成人女性が言うセリフではない。
リーリエは二の句が継げないでいる。


「でもねぇ、王子様はどこかで寄り道してるらしくって。なかなかモモに会いに来てくれないのよ」
「…」
「あーあ。モモの王子さまは今どこにいるのかしら」
「…どこだろうね…」



やれやれといった表情で語るモモに、リーリエはそう返すのがやっとだった。
カップに残っていたコーヒーを一気に煽ると、やたらと苦く感じた。









それ以降主要港での市場に赴く度に、リーリエは農具の他にモモを探すようになっていた。
探すといっても、市場にいる間に見つけられたらいいなという程度だ。
積極的に関わりたくはないが、彼女がどうなったのかは気になるからだ。


やがて月日が経ちリーリエに曾孫ができたころ主要港には、外国語を流ちょうに話し良い男へのアプローチがすごいお婆さんがいると噂になっていた。
お婆さんは王子様を探しているらしい。
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