とてもチンケな恋のはなし

夏緒

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3話 ストーカー、覚醒する。3

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 吉崎 拓哉の住むマンションは、エントランスを出て左に90度角に曲がると、共用のゴミステーションがある。
 マンションの壁に埋め込まれた形で、電気もない、本当にゴミを捨てるためだけの場所だ。
 治安維持とマナー保持のために、指定されたゴミ袋に部屋番号を書く決まりになっている。
 前日の夜から早朝6時までに指定された曜日のゴミを出しておけば、いつの間にやらゴミ収集車が回収に来ている。
 とはいえ早朝にわざわざ急いでゴミを出すような人はろくにおらず、大抵の人は前日の深夜に出していた。
 吉崎 拓哉も、自身がコンビニの深夜バイトに出かける午後8時に、家を出るついでに出している。
 すると、いつも自分よりも先に302号室、瀬戸 珠里亜のゴミが置かれているのだ。
 ある日吉崎 拓哉は、自宅の玄関先に突っ立っていた。
 テレビを消し、音楽を消し、窓を閉め、無音の中で息を潜めて玄関ドアに耳を近づけ、周囲の音を聞いていた。
 夕方6時。
 ガチャ、キイ、と、隣の玄関が開く音がする。
 ガチャ、カチ。ごそごそ。鍵を閉める音。そして、鍵を鞄らしきものに仕舞う音。
 すたすたすた、と、足音が吉崎 拓哉の部屋と反対側に位置するエレベーターのほうへ去っていく。
 夕方6時だ。間違いない。
 吉崎 拓哉は確信した。
 ジュリアは、夕方6時にいつもどこかへ出かけていく。
 恐らくは仕事だろうか。
 その時にゴミを一緒に持って、ついでに捨てているに違いない。
 自分が家を出るのは午後8時。
 他の人たちがゴミを出すのはもっと深夜だ。
 それから吉崎 拓哉は、午後8時から10分程度、ジュリアの出したゴミの袋を開けるようになった。

 一番気になるのは燃えるゴミだ。
 それは、吉崎 拓哉にとって衝撃的なものだった。
 初めて開いてみたゴミの袋。
 出てきたのはティッシュ。ティッシュ。ティッシュ。
 ティッシュに包まれた使用済みのコンドーム。
 ティッシュの箱。
 コンドームの箱。
 レシートレシートレシートレシート。
 トイレットペーパーの芯。
 厳重にビニール袋に包まれた少ない生ゴミ。
 吉崎 拓哉は衝撃を受けた。
 ジュリアは隣の部屋で、自分の知らない男と寝ている。
 知らなかった。恋人がいたなんて。
 それも、これを見る限り結構な量だ。
 燃えるゴミの回収は週2回。
 ジュリアはいつも忘れることなくゴミを出している。
 今日は木曜日。前回の月曜日のときにもちゃんと出していた。
 つまりこれは、半週分のゴミでしかない。
 吉崎 拓哉はコンドームの空き箱を拾い上げた。
 「うすうす」。
 パッケージの文字に言い知れぬ感情が沸き立ち、腹が立ち、思わず握り潰す。
 誰だ。
 ぼくのジュリアを組み敷いているのは誰だ。
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