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1話

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 ここアノイトスは、国の開闢の歴史以来、途切れる事のない豊穣の土地である。
 年中どの日でも、作物が取れ、木々は毎日たわわに実をつける。
 不作と言った言葉すらない国だ。
 
 そんなアノイトスの聖女アティアは容姿端麗、ではなかった。

 母は一顧傾城《いっこけいせい》とも言うべき美の結晶であったが、残念ながらアティアにそれは受け継がれなかった。
 母が嫁いだ公爵家。
 その父の血が、強く出てしまったためだろう。
 
 しかし、殊更悪いと言う程ではない。
 ありていに言えば素朴な町娘と言った容姿だ。

 彼女は、自分の容姿を気にする事もなく、幼い頃より聖女として立派に役目を果たすため、日々鍛錬に励んでいた。

 そんな彼女に突然の訃報が舞い込んだ。
 聖女である母の急死。

 王は取り急ぎ、聖女の儀を執り行い、アティアを聖女と認めた。
 アティアは悲しむ暇もなく、宮城の聖楼に詰め、日々鍛錬してきた聖女の妙技を使いながら、祈りを捧げていた。

 そんな彼女には、生まれた時から王が決めた婚約者がいた。

 最初は、第一王子が婚約者だった。
 眉目秀麗、若い時分より内政に才を見せ、民にも人気の高い将来を嘱望される優秀な王子だった。
 しかし、魔物討伐の初陣で呆気なく戦死してしまった。

 続いて第二王子が婚約者となったのだが、彼には秀でた才どころか、怠惰に日々を過ごし、豪遊に豪遊を重ねた。
 そんな彼はある日、毒殺されてしまった。
 町の噂では王の命令だ。いやいや、国の将来を憂いた重臣の犯行だろうと語られた。今でも真相は闇の中である。

 兄二人の相次ぐ死。
 それによって、婚約者は第三王子へと移った。
 名はプププート。

 彼には、剣術や魔法などに非常に秀でた才があった。
 国の脅威となっていた魔物の群れどころか、魔王の討伐までやってのけたのだ。

 そんな彼には、異常に好色を好む難が見られた。

 英雄として帰途についた彼は、行く先々の村や町で持て囃された。
 それを良いことに、必ず数日泊まり、若い娘たちを貪っていた。

 中には、断る娘、嫌がる娘を強引に手籠めにすることもあった。
 しかし、臣下の誰も彼に忠言諫言の類の言葉を発する者はなかった。
 寧ろ、王子のお零れに預かる始末。
 宮城にほど近い町や村などには、その噂が届き、若い娘を隠す親たちが続出するほどだった。

 噂は王や重臣の耳にも入っていた。
 しかし、魔王討伐と言う快挙。
 初代国王が成し遂げた、邪龍討伐に匹敵する偉業。

 王と重臣たちは話し合ったが、表立って英雄を批判する事もできず悩んだ。
 
 そして。

 国を挙げての盛大なパレードをさせつつ、帰還後は宮城に閉じ込める。
 その後は、下女たちとの接触を一切禁止させる方向に話は落ち着いた。

 しかし、王はあることが気がかりだった。
 それが、重大な問題となるかもしれないと内心青ざめていた。
 アティアがこの話を知っていると、臣下より報告があったからだ。

「日々国のために祈ってくださる聖女様の機嫌をとる事など……そこらの女どもとは訳が違うのだ……馬鹿息子めが……」

 数週間後。
 謁見の間。

「――父上、ただいま戻りました」

 王の前までズカズカと歩いてきて、片膝もつかず、謁見の儀礼など必要もないと言った態度。
 それを見た重臣たちは、眉を顰めざわついた。
 しかし、プププートは気にする素振りも見せない。
 王は、片手を軽く上げ、重臣たちのざわつきを止めた。

「……う、うむ、よくぞ戻った。プププートよ。我が子の偉業と晴れ姿を見られて、余は父として……」
「父上、聖女殿をここへ呼んでいただけますか?」

 王の言葉を遮るなど、不敬の極み。
 だが、魔王討伐と言う偉業に、天狗となっているのだろう。
 今の彼には、自分の立場がぼやけているのかもしれない。
 ややもすると、自分が王にでもなった気でいるように見える程だ。

「……それは、何ゆえか」
「一応、私の婚約者ですからね。祝いの言葉の一つでも貰っておこうと思いまして。それと、皆がいる場で重大な発表がございます」
「重大な、とは何か」
「それは、聖女殿がお越しになってから、お話いたします」

 王は、しばし黙した後、側遣いに軽く手を上げて合図した。

――やがて、謁見の間の王が座するより奥にある横扉が開いた。
 アティアは、貴族の娘らしく、品の良い礼を取って、謁見の間に入る。

「お呼びとあって、急ぎ参りました」

 アティアのスカートは、膝から下が薄く汚れている。
 聖楼の中央にある聖女の間で、膝をつき祈りを捧げていたためだ。
 謁見の間にそのような姿で入ってくるなど、普通では考えられない。
 本来であれば、召し変えをしてくるのが常識だが、聖女の場合は話しが別なのだ。

 短い睡眠時間以外は、ほぼ、一日中祈りを捧げていなければならず、召し変えにかかる時間などないのだ。
 そのため、初代国王の妻となった初代聖女も、姿を現す時は常に膝から下が汚れていた。
 代々の聖女たちも皆そうであった。
 
 国にとってそれは、暗黙のルールとも言うべきものとなっていた。

「ふんっ」

 プププートは片手を剣の柄に掛け、もう片手を折り曲げて広げ、やれやれと呆れたように鼻を鳴らした。
 王は、我が息子で継承権第一位の王子とは言え、余りに不躾な態度に苛立ちを覚えた顔をしている。

「……プププートよ。アティア殿が参ったぞ。彼女は忙しいのだ、要件をさっさと済ませ……」
「これはこれは、聖女殿、ご機嫌麗しゅう」

 またも王の言葉を遮り、プププートはアティアに向って大袈裟な挨拶をした。

「殿下におかれましては、この度のご活躍聞き及んでおります。祝着至極に存じ上げます」
「ふふ。まあ、私にかかれば魔王など大した敵ではなかったよ」
「さすがでございます。将来の妻になる者として、大変鼻が高うございます」

 王は安堵した顔となった。
 アティアが、プププートを夫として認識している。
 そう思ったからだろう。
 しかし、そんな王の安堵を打ち消すまさかの言葉が発せられた。

「将来の妻ぁ? 勘弁してくれ。冗談じゃない。父上、皆に重大な発表をすると言ったのはこの事なのですよ。私のような英雄には、この様に薄汚れ、見目も悪い女など不釣り合い。よって、婚約をこの場で破棄させていただく!」

 謁見の間は、プププートの言葉に騒然となった。
 王は目を丸くして、開いた口が塞がらない様子。

「それは、本心からでございましょうか?」

 アティアは、プププートの近くまで進み出て、確認する。
 プププートは面倒くさそうな仕草で答える。

「当たり前だろう。さっさと、忙しい仕事とやらに戻ったらどうだ? 話は終わった。だいたい、一日中こもって祈ってるだ? それで、民が幸せになるか? 私みたいに魔王を討伐してこそ敬意をもたれるものだ。初代から意味もなくただ引き籠って祈ってるだけの存在なぞ不要だ。何なら、この国を出て行ったってかまわん」

 王は自分の息子が何を言いだしたのか理解が追いつかないと言う程に思考が停止したような顔となっている。
 やがて、顔面は蒼白となり、ガタガタと震え出した。

「ププ、プププ、プププププ、ププート!!!」
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