表裏一体

驟雨

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二十話目

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 いよいよ私の配信時間が迫ってきた。妙な緊張感がある。胸が高鳴るようなものでも、獣が襲ってくるような心のざわめきでもない。私が一歩進むために、振り絞らなくちゃいけない勇気に対する緊張感。火が落ち始める。やがて開幕の合図が鳴る。

 合戦前の武士たちもこんな気持ちだったのだろうか。灯篭の火が揺れる。その合間で私の命が揺れる。

 今日使用するネックフォンを見つめる。無機質な首輪のような機械は、自分の出番が来た時のために音を出さずに力を溜めているようだ。私は無機質な機械にゆっくりと自分の右手を重ねる。

 まるで温もりを吸い取っているかのように冷たい感触が手に伝わる。温もりと共に緊張も吸い取ってくれているよで、妙に気持ちよかった。

 しばらくそうしているとみんなが私の部屋に上がって来る音が聞こえてきた。

「サク、もうすぐ始まるよ。楽しんできてね」

 コウが私の肩をポンっと叩いた。

「うん!サクなら絶対大丈夫!」

 シロがガッツポーズと笑顔を向けてくれる。

「うん!行ってくるね!」

 シロとコウが伝えたいことは伝えたというふうに部屋から出ていった。私はネックフォンを首にかける。そのままベットに寝転んで時間が経つのを感じていた。

 コウが叩いてくれた肩からシロがくれた笑顔とガッツポーズから、心が暖かくなっていくような気がしてきて、だんだん心が落ち着いていった。

 ピピピッピピピッタイマーの音が鳴る。開戦の合図がなる。目を開ける。起き上がらずにネックフォンの電源を入れる。起動音と共にいつもの配信部屋が眼前に現れた。

「みなさんこんサク~。みんな元気だった?」

 吸い込んだ息を一気に吐き出し言い切る。滝のように流れるコメントの中に、常連さんを見つけ一安心する。

「みんな元気っぽいね!本当に久しぶり!」

 挨拶や誹謗中傷などが入り乱れるコメント欄に胸がいっぱいになる。私はやっとサクに還ってこれたんだ。批判コメントでも流れているだけで嬉しいのは、少し感動しすぎかもしれないけれど。

「サク!喋らなきゃ!大丈夫!?」

 手元のぬいぐるみからシロの声が聞こえる。私はそっと「大丈夫だよ」と呟いて力強くぬいぐるみを抱きしめた。

「みんな今日は集まってくれてありがとう。早速だけど歌います!」

 それから小一時間ほど雑談をしながら流行りの曲を歌った。雑談では何度か詰まりようになったがなんとか持ち堪えた。

「みんな今日は本当に楽しかった!また今度ね!おつサク~」

 サクの体が卵の殻のようなものに包まれて光り輝き散っていった。目を開くと部屋の天井が見える。つー、と一粒の涙が頬を伝う。拭おうと思っても全身の力が抜けて手足が言うことを聞かない。諦めて暖かい涙を感じていると、ピコンと通知音がなった。『お疲れ様!サイッコーだったね!なんか私も元気でちゃった!』『お疲れ様!楽しそうで安心した!今日の晩御飯はハンバーグだからいつでも降りておいで』

 シロとコウのメッセージにひとしきり涙を流して一階に降りることにした。一階に降りると、みんながハンバーグを囲んで静かに俯いていた。

「どうしたの?みんなして…」

「シロとコウがサクを待っておくって言って聞かなかったんだよ」

 私の無神経な言葉はジンさんの説明によって遮られた。

「食べよ!サクも座って!」

 シロが愛想笑いで急かす。私は「ごめん。ありがと」と呟いて席についた。

「いただきます」

 少し冷めたハンバーグは、デミグラスのソースがかかっていて温かかった。「うん、美味しい」口に出そうとしても喉からつっかえて言葉が出ない。

 誰も何も言わない食卓だったけれど、私を心配してくれていることはひしひしと伝わった。

「今日の配信楽しかった」

 ポツリと出た言葉に食事の時間がとまる。シロとコウが徐々に満遍の笑みになり私を見つめる。とうの私は自分の口から出た言葉に驚きつつ、二人を見つめ返した。

「よかった!サク今日絶好調だったもんね!」

「うん…とっても」

 それ以上は話さなかった。と言うより話せなかった。これ以上話したら私の視界が眩んで涙がこぼれ落ちそうだった。


「ごちそうさま」

 食器を片付けて2階に上がる。目を閉じれば今日の配信が網膜で再生される。「ふぅー」息を吐きながら全身の力を抜く。どっと体が重くなったような気がして意識が遠のいていく。「今日も楽しかったな」私がつぶやく。「そうだね」サクも答えてくれた。
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