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第二章 キリン探し

過剰暴力系ヒロイン

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地球B 10日目
PM 1時30分


 熊への鎮魂が終わると、丁度お腹が空いてきたので、もぎたてフレッシュなお肉でステーキを作る事にした。

 焚き火を挟んでテッサと向かい合わせで座り、熊ステーキが焼きあがるのを待っていると、『耳と力』の話が中途半端だった事を思い出した。

「ねぇ、テッサがめちゃくちゃ強いのはわかったけどさ、それと耳がとがってるのって何の関係があるの?」
「ああ、私はな『力持ち』なんだ。」
「いや、熊と殴り合ってんだからそうでしょうよ。」
「バカが、そういう意味じゃない。……お前がいた所ではどうかは知らんがな、この世界ではごく稀に、身体のどこかに普通の人間とは違う特徴を持った子が生まれるんだ。」
「特徴ねぇ……テッサの耳みたいに?」
「あぁ、そういう子どもは大抵、何がしかの特別な『力』を生まれながらにして持っている。そういう人間をこの世界では『力持ち』と呼んでるんだ。」

 『力』を持ってる人間だから『力持ち』……能力バトル的なことか?……
ほんで、テッサは力持ちになる能力の『力持ち』……
真面目に話してるんだろうけど、なんかバカみたいだな……

「なるほどね。その力ってのは、なんというか……魔力? というか、神秘的な何かから戦う力を得る、みたいな事なのか?」
「どうにも言ってる意味がよくわからんな……私の腕力も体の頑丈さも、純粋に生まれ持ったものだ。借り物の力などではない。」

 なるほど、魔法じゃなくて『ナチュラルボーンファイター』ね……
……そんなスリムな体して、バフなしの生身であの強さって、魔法よりよっぽどイカれてんな……

「そりゃすごいな……やっぱり素手で戦うのにこだわりがあるの? 武道家みたいに。」
「武道家というのが何なのかわからんが、私は本来なら武器で戦うのが好きだ。だが、剣でも槍でも一回使えば壊れてしまうんだ。弓を引いても鉉が切れる。加減するのも面倒くさくてな、素手で戦う方が多いんだ。」

 はいはい、要は美人の衣を纏いし圧縮されたゴリラな訳ね。

「まぁ、そんだけ強いテッサが護衛で嬉しいよ。さすがはうわば……」
「おい! その名で呼ぶな! 次は捻り取るぞ! ちっ、パンチョめ、余計な事を……」

 どこを捻られるんだよ……
とんでもねぇ目付きしてんな、そんなに呼ばれたくないのかね?

「ごめん、そんなにイヤだとは知らなかったんだ。」
「あぁ、知ってて言ってたならお前を折り畳んでやってたさ。……どいつもこいつも二つ名だかなんだか知らんが忌々しい……」

 ……今とんでもなく恐ろしい事言ってなかったか?……

「こ、今後は気をつけるよ……なぁ、この二つ名に何か因縁でもあるの?」
「そうではない。……必要以上に不気味がられるからイヤなんだ。」

 ……ほう、相変わらずムスっとしてますが、少し照れ臭さそうにも見えますなぁ……
乙女ティックな一面ってヤツか?
ただの撲殺バーサーカーじゃなくて安心したよ……

「ふふ、カワイイところも、ッウェンッ!」

 ……なんだぁ? 目の前が真っ暗だぞ。
あぁ、アイアンクローか……いや、テッサの動き出しがまったく見えなかったぞ……
……おぉ……身体が浮くぞ、やっぱゴリラじゃねぇか、スゲェな……あ、痛い、痛い痛い痛い、アダダダダダダァ……

「ぐふぅ……テッサァ、ごめんごめん、バカにした訳じゃないんだ。ついね、カワイ……ぐぅううおおぉおお……は、離せ……、お手々がね、血生臭いんだよ……そうだ、肉だ! お肉を食べて仲直りだ。……テッサ? おーい、テッサちゃぁんやーい……おい! イテェぞ! 離せ、うわばみぃ……ごぁっぁあああぁああぁあああああ!」

 しばらく悲鳴をあげていたら、ゴリラさんは「うるさい!」と言って、オレを地面に落とした。
涙目を隠しながらもみあげを慰めていると、「肉が焼けたぞ!」と、何事もなかったかのように盛り付けを催促してくる。
メチャクチャな女だ、精神鑑定にかけるべきだ。

 DV被害者にシンパシーを感じながら、メソメソとベアステーキを取り分ける。
木製の皿に盛り付けてやれば、男心をくすぐるワイルドな見た目の「THE野蛮メシ」が完成
した。

「いただきまー……ごぁ!」
「どうした? うるさいぞ。」
「口を開けるとこめかみが痛いんだよ!」
「ふん、だらしのない。」
「お前のイカれた握力の仕業だからな!!」

 ゴリラが! 何を「私は関係ありません。」みたいな顔してモグモグしてやがる。
……いいさ、オレも腕白エルフの相手にゃ疲れたよ。
美味しく熊さんをいただくとするさ。

「いっただっきまーす。」

 うむ、見た目はベリグゥちゃんだね。
やっぱ冒険って言うにはこういうメシを食わねば……
獣臭さも全然ないぞ、むしろイイニオイだ……
どれ、お味は……うん! 結構美味いな!
……うんうん……うんうんうんうん…………かっっったぁ……噛みきれんぞ、どう飲み込めばいいんだ?
味は悪くはないけども……美味しいタイヤだなこりゃ……

「なぁテッサ、これどうやっ……食い終わってる!?」
「うん? あぁ、冷めるのもイヤなんでな。お前はまだ食ってるのか? いらんのならもらうぞ。」
「ひゃだ……カッコイイ……」

 テッサの男前っぷりに一瞬我を忘れかけたが、女の子に残飯を食べてもらうなど武家の恥。
『全然余裕ですけど? なんならもっと歯応え欲しいですけど顔』で完食してやった。
今晩は、こめかみの痛みで眠れないかもしれない。

 顎の調子を確かめながら、食後のコーヒーを準備していると、テッサが興味ありげにこちらを見てくる。
飲ませれば「苦いぞ!」とか言って、アイアンクローがとんでくる恐れがあるが、飲ませなくてもリスクは一緒だ。
我が身の無事を祈りながら、テッサのカップにもコーヒーを注いであげた。

「いいか! 苦いぞ、大人の味だからな! 気を付けろよ。」
「ふん、見くびるなよ。」

 そう言って、カップを口に運ぼうとしたが、唇の手前で動きが止まった。
やはり初めて飲む真っ黒な飲み物というのは抵抗があるのだろう。
恐る恐る鼻を近づけ、眉間をヒクつかせながらスンスンと香りを確かめはじめた。

「……淹れてる時も思ったが、近くで嗅ぐとスゴい香りだな……こう……鼻にファンっとくるぞ、……どんな味がするんだ?」
「だから、苦くて大人の味だってば。」
「大人の味……えぇい!」

 ーー ズズッ…… ーー

「……なんだこれは!? 苦いような、酸っぱいような……コックリとしつこいようでいて、後味はサッパリもしている……これが、大人の味というものか……」
 
 仏頂面が七変化して非常に面白い。
チピチピと飲み続けている様子を見るに、どうやらコーヒーはお気に召していただけたようだ。

  ーー カキンッ シュボ ーー

「…………………ムッファーーー……」
「む、お前は大麻をやるのか? どおりでバカな訳だ。」

 そんな物騒なもん吸う訳ないだろ……ていうか、大麻あんのかよこの星……

「違うよ、これはタバコと言って、俺の精神安定剤なの。」
「タバコ?……どうでもいいが臭いな。お前はどうにも臭いと思ってたが、そういうことか。」
「……タバコが臭いんだよね? 汗がどうとかじゃないよね?」
「…………………………あぁ……」

 おいおい、なんで目を逸らすんだい?
今まで真っ向からズケズケもの言ってきてたでしょうよ……

「テッサさん!? えっ! オレってクサいの?」
「……お前は石鹸の匂いが強いんだ。私は目も鼻も耳も敏感でな、強いニオイが苦手なんだ。」
「あ、そっちね……なんだよ、泣くとこだったよ。」
「お前はタバコと汗と石鹸が混ざって最悪のニオイだ。」
「泣かしたいのかよ!」

 自分の体をスンスン嗅ぎながら片付けを済ませて、午後の探索に出発しようと思ったが、テッサが非常に熊臭い。
よく人のニオイをごちゃごちゃと言えたものだ。
車内にニオイがこびりつくのは勘弁なので、昼からはダービーを呼ぶ事にした。

「ダービー!」

  ーー パキィン ーー

「ダービー、この子はテッサ、今日から一緒に旅をしてるんだ。よろしくね。」
「ダービーか、よろしく頼む……ん? おいモドキ、私の荷物はどこへ行った?」
「ふふ、ショルダーと一緒にしまってあるから安心したまえ。」
「そうか、便利なものだな。」

 新たに、スチームパンク風ゴーグルを二人分用意して身に付けた。
ノーヘルは危ないかもと思ったが、ヘルメットのせいで邪神扱いされるのは二度とごめんだ。

 今度はショルダーと違って、風を浴びる乗り物だとテッサに教えると、ポニーテールと呼べばいいのだろうか、髪型の名前はよくわからないが、『THEエルフ風ヘア』といった感じに、長髪を後ろでまとめて結んだ。
これでエルフじゃなくて人間で、スレンダーな力持ちってんだからややこしい。

 髪を整え、きちんとゴーグルを装着したテッサは、ダービーの側で立ち尽くし、不思議そうな顔で我が愛機を見下ろしている。

「どうしたの? 不安になってきた?」
「いや、そうではないんだが……どこにどう乗ればいいんだ?」
「あぁ、そっか……馬みたいに跨るんだよ。オレが前に乗って運転するから、その後ろに乗って。」

 手本を示すようにオレが跨ると、テッサはその後ろにおっかなびっくりしながら腰を下ろした。
オレより少し背が低そうなのに、シートから伸びる脚は明らかにオレより長い。
非常に不愉快だ。

「……これでいいのか?」
「はぁ……大変お似合いですよ。ほんで、どこ目指せばいいの?」
「この辺りを探索したいんだ。周辺を回ってくれればそれでいい。」
「おー、自由にウロチョロしてればいい感じね、じゃあ行くぞ。……あ、ショルダーより危ないから、気を付けてくれよ。」
「ふん、侮るなよ、私に危な……」

 ーー ドゥゴンッッッ! ーー

「……スゴい音だな、何かが破裂したのか?」
「あっはは、ダービーの挨拶だよ。『しっかり捕まってろ』だって。」
「お前、やっぱり大麻をやっ……」
「いくぞぉぉぉぉおおお!」

 ーー ドゥロォォォッロロロロロ…… ーー

 サシャちゃんと遊ぶ時以外は、ずっと乗れていなかったダービーの本気走りが待ちきれず、思いっきりアクセルを開いた。
勢いがつきすぎて前輪が浮いてしまい、一瞬慌てるハメになったが、飼い主を焦らせる程のじゃじゃ馬っぷりもまた愛らしい。
お馬さん80頭分のパワーを持つ心臓は、大人二人分の体重をものともせず、原っぱをグングン進んでいく。

 ダービーのパワフルさに改めて感動して、夢中でしばらく走っていると、後ろの同乗者はバイク初体験の原始人だという事を思い出した。

 ……ヤッベェ、随分はしゃいだ運転しちゃったぞ、怖がらせちゃったか?
どうしよう……今度は本気で頭潰されちゃうのか? 
そうだ、いっそこのまま振り落とすか!
……いや、どこかで見つかったら、熊と同じ目に遭わされそうだ。
もう、詰んじゃったかしら……とりあえず、止まって謝り倒そう。

「……テ、テッサ、ど、どどど、どうだ? うちのダービーは?」
「……なぁ。」
「ひゅいぃっ!……お、おう。」

 ……いつも通りの冷淡ボイスに無表情ですねぇ……
怒ってんのかどうかわからんな……

「ど、どうしたぁ?」
「……悪くない。」
「ん、はい?」
「悪くないと言っている。この腹に響く振動も、頬にぶつかる風も、力強い走りも!」

 ……怒ってない、むしろ楽しんでらっしゃる?………………
はっはーん?……こやつ、話せますな……

「っだろう! わかってくれるかテッサ!」
「ああ、ショルダーとは違った良さがあるな……もっと速く走れるのか?」
「ヒューーー! いいじゃない!……任せなよぉ!」

 どうやら、オレの頭は潰されずに済みそうだ。
何よりダービーの魅力が伝わった事が嬉しい。

 そこからはテッサの注文通り、制御できるギリギリまで攻めて走った。
チラリと後ろに目をやると、テッサは腕を組み、覇王のポーズでご満悦だ。
下半身の力だけでダービーの挙動に耐えているのだろう、つくずくイカれた身体をしている。

 その後も、ダービーのスペックを存分に楽しみながら周辺を散策していると、辺りが暗くなってきた。
ちょうど腹も空いてきたところだ。
今日のところはここまでにして、わくわくキャンプを始めるとしよう。

「ふぅー、楽しかったー! テッサは大丈夫か?」
「ああ、平気だ。しかし、半日でこれだけの範囲を探索出来るとはな……」

 ふん、素晴らしかろう……
美しくて楽しいだけじゃない、便利でもあるんだうちの子は。

「ふふ、ダービーはすごいだろ?」
「あぁ、くれ!」
「やるわきゃねぇだろうがぁ!」

 とんでもねぇ女だ! 当たり前なツラしてダービーをくれだぁ!?
……そういや、今までこんなにもダービーの魅力をわかってくれる女の子がいたか?
音がうるさいだの、後ろに乗るのは怖いだの、お金が勿体ないだの……そんな子ばっかりだったぞ。
……はっ! こいつ、ロマンチストの才能を秘めているのか!?
そういえば初見のブラックコーヒーも楽しんでいたぞ、凄まじいポテンシャルだ。
……そうだ、タブレットに翻訳機能をつけてもらったんだった。
こいつを映画や漫画漬けにしてしまえば、気の毒な乱世脳から解放してやれるかもしれん。
……まさか異星でロマンフレンド作りに挑戦できるとはな……
この星での楽しみが一つ増えたわ……

「おい、何をニヤけているんだ? バカみたいだし気色が悪いぞ。」
「流れるように暴言を吐くんじゃない!……その口の悪さは今まで誰にも怒られなかったのか?」
「はっ、誰が私を怒れると言うのだ?」
「……ですわな。」

 こいつには道徳の教科書から読ませた方がいいのかも知れない……
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