車輪の神 ジョン・ドゥ 〜愛とロマンは地球Bを救う?〜

Peppe

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第二章 キリン探し

きりん ④

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地球B 26日目
PM 8時30分

 突如現れた異形の生物を前にして、オレの体は立っているのもやっとな程にガタガタと震え出し、ついには手にしていた薪を落としてしまった。

「あっつ、あ、あぶ……」

 急いで拾いたいのは山々だが、薪を拾う為にしゃがんでしまったら再び立ち上がる為にヒザを伸ばすことは不可能だろう。
オレに出来ることは、腰を抜かさないように必死で全身に力を入れることだけだ。

 ……なんなんだこいつはぁ……
こんなバカデカイ生き物見たことないぞ……
こんな足じゃ逃げることもできない……誰か……誰か助けてくれ……
……あぁ、ダメだ……クラクラしてきた……呼吸がしんどい……

 地球Bに来てからというもの、様々な恐怖を体験してきたが、これまでの出来事が笑い話に思える程に今のオレは絶望感で満たされていた。
心の奥底から『どうあがいても絶対に助からない』という明確な感覚が込み上げてくるのだ。
五体が制御できないのも、きっと生存本能が選択肢を放棄して、生きるのを諦めてしまったからなのだろう。
いっその事、気絶でもしてしまえば恐怖から解放されるのかもしれないが、中途半端に意識が鮮明なのだからタチが悪い。

 みっともなくビビリ散らしながら『せめて痛みを感じる間も無い程の一撃を頼む』と念じていると、いくら待てども一向に襲われないことに気が付いた。
走馬燈タイムで時間の感覚がゆっくりになっているのでなければ、オレと生物は数分間対峙したまま突っ立っていることになる。

 食えるかどうか悩んでいるのだろうか?
もしかしたら、生存の可能性が微粒子レベルで残っているのかもしれない。

 『デカくて恐い』ということを一目で確認してからというもの、恐ろしくて生物を視界に入れることができなかったが、わずかに希望の光が見えてきた今、生還の糸口を発見すべく、唯一素直に動いてくれる眼球を凝らして生物を観察してみることにした。

 いきなり顔面を見る勇気はないので足元から確認してみると、涙で視界が滲んでいるのでハッキリとはわからないが、『蹄』のようなものがウッスラと足元に見えてきた。
蹄を持つ四足歩行の生物、つまり常識的に考えれば草食動物の可能性が大きい。

 怒らせて蹴とばされでもしない限りは大丈夫なのではないかと、期待に胸を膨らませながら視線を上にズラしていくと、再び絶望のどん底へと突き落とされてしまった。
なんとこの生物、蹄のある四足歩行で角が生えているのに、顔面の造りは爬虫類なのだ。
ワニやイグアナとも少し違う、見た事もない顔立ちではあるのだが、鱗が生えていて牙があるところを見るに彼らの仲間なのだろう。

 つまり、目前の生物は『草食哺乳類っぽい体つきをしていて肉食爬虫類っぽい顔面を持つ』というバカげた体をしていて、恐らくは『怪物』や『妖怪』の類であるようなのだ。
そんな訳のわからないヤバイものにジッと見つめられているのだから、生存本能が投げやりになってしまうのも無理ない話だ。

 そうして、まじまじと怪異の姿を確認してしまったオレの体は力を込めることすら出来なくなり、ギリギリのところで耐えていた腰はストンと抜けて、地面に思い切り尻を打ち付けてしまった。
さっきまでで限界と思っていた鼓動は更に加速し、恐らく心臓はパンクする一歩手前の状態だ。
ただ座っているだけなのに全力マラソン直後の如く呼吸も乱れ、バケモノにトドメを刺されずとも命が尽きてしまうのは時間の問題なのかもしれない。

「ハッ、ハッ……ハァアア!……クソ…………お父さん……お母さん……オレ、終わったわ…………」

 意識は朦朧としはじめ、そろそろ走馬燈が流れ出す頃かと現実逃避をしていると、ふと怪物に異変が生じたことに気が付いた。
様子見するかのようにひたすらオレを見つめ続けてけていた瞳は、尻餅をついてガタガタ震える無様な姿をしばらく眺めると「ふっ、尻餅おじさんとは情けない。……ザコが。」とでも言いたげな侮蔑の色を浮かべはじめたのだ。

 声が聞こえる訳ではないが、ハッキリと意思や知性が伝わる視線と表情に呆気にとられていると、今度は「興味が
失せたわ」といった表情で後ろに振り返り、バッと四本の脚を躍動させたかと思うと、瞬く間に暗闇へと消え去ってしまった。

「……え? 助かった……のか?…………ふ……うぅうぅううぅ……よかったぁ…………もう、ダメかと思ったぁ……ぐぅふぅうぅう……」

 思いがけず、奇跡の生還を果たしたオレは飛び上がって喜ぶでもなく、その場に仰向けに倒れて真っ暗な空を見上げて声を上げて泣いた。
喜びの涙ももちろんあったが、大半は恐怖の中こらえていたものが堰を切って溢れたものだ。
『おっかないからなりふり構わず号泣する』なんて、何十年ぶりの経験だろうか?

 しばらくの間、誰に遠慮するでもなくワンワン泣きじゃくると、段々と頭が冷えてきて言いようもない不安に襲われた。
もしかすると再びあのバケモノがやってくるかもしれないと思うと、暗闇の中でたった一人でいる状況が耐え難くて仕方がないのだ。

 どうにか嗚咽を収めて、この状況を打破するべく立ち上がると、号泣の後遺症でヒクヒクする気管を落ち着かせて思い切り深呼吸しながらテッサが向かった林の方角に体を向けた。

「テッッッサァーーーー! 早く戻って来てくれぇーーーー! お願いだぁ! 一人はもう無理だぁーーーーー!!」

 なんとも情けない咆哮が暗闇にこだました。
当然返事はなかったが、テッサの地獄耳なら届いてくれているはずだと信じることにした。

 追加でひとしきり叫ぶと、ノドが限界に達したので焚火の前に座り、生還を果たしたというのにタバコを吸ってないことを思い出して、大慌てで一本取り出して口に咥えた。

 ーー カキンッ シュボ ーー

「…………………………はぁーーーーー……うっっっめぇ…………生きててよかった……」

 まったく知りたくはなかったが、本格的な命の危機を脱した後のタバコは三倍満級に美味いことが発覚した。

 生の実感を確かめるが如く、無心で煙の味を楽しんでいると瞬く間に吸い終わってしまい、すぐさま二本目を取り出して火を点けた。

 ……くあぁあ……連続して吸ってもうんめぇええ……
あぁ、落ち着いてきた……ありがとうタバコ様……君はいつだってオレの味方だ……

 目を閉じて煙との会話を楽しんでいるといつもの調子が戻ってきたのか、鼻歌のメロディーが舞い降りてきた。

「……ターバコー♪ターバコー♪ガーッツーリー、ターバコー♪……」

 ーー ズサッ ーー

 ……へ!? また足音か!?

「ぎいゃあぁああぁあぁぁぁあ!」

 歌に集中していて周りへの注意がおろそかになっていたオレは、ほんの数メートルそばまで何かの足音が近づいてることに気付けなかった。
慌てに慌てたオレは絶叫をあげながらその場にうずくまり、両手で後頭部を抱えて『絶対防御の構え』をとった。

 ……ほら、見てくれバケモノぉ……なっさけないだろ?
こんな矮小なおじさんほっといてまたどこぞへと消えていただけませんか……
お願いします……お願いします……

 自分史上最高に卑屈な気持ちになりながら、目を閉じて退散してくれることを念じてみたものの、足音は着実にオレへと近づいてきている。
そのまま、恐らく残り数十センチ程の距離まで来たところで立ち止まった。

 ……踏みつけられるのかな? イヤだ、そんなグロい死に方はごめんだ……

「おい、何をしている? いよいよバカが極まったのか?」
「……あら?」

 自分の頭部がトマトのように潰れる様を想像しながら怯えていたら、頭上から聞こえてきたのはとても聞き馴染みのある冷淡ボイスだった。
安全を確信して、頭の防御を解いて声のする方を見ると、そこには最強のガーディアンにしてパートナー『テッサ大明神』の姿があった。
非常に忌々しそうな顔でオレを見下ろしているが、その安心感は錯覚で後光が見える程に半端ではなく、本日大忙しの涙腺がプルプルと震えはじめた。

「バカげた声で人を呼びつけておいて、ノンキに歌ってるとはな……」
「オ、オレの叫びはやっぱり届いていたのかぁ!……テッサぁ……それで……急いで戻って来てくれたんだなぁ……」
「……なんなんだ? いいか、鬱陶しいから泣くなよ。」
「う、ゔぅん! わがっだぁ!」

 元気にお返事したものの、涙をこらえることは出来なった。
それどころか、返事の勢いに乗じてツバと鼻水も飛び出してしまって、オレの顔面は見るも無残な状況になっていることだろう。

「泣くなと言っている!」
「ご、ごべんん。……お前がそばにいるってことが嬉しいったらなくて。」

 テッサは袖で涙を拭うオレに呆れたような視線を投げつけながら、面倒くさそうに焚火の向かい側に腰をかけ、あぐらをかいて頬杖をつきながら、ヤレヤレ顔で口を開いた。

「……それで、何があったんだ?」
「やっぱりオレが心配で……」
「ちぃ!」
「あぁ、ごめんってば……ふぅ~、いい加減落ち着くよ。」
「そうしてくれ。」
「……それでな、なんでこんなみっともない状態になっているかというとだな、お前がいない間にでっかいバケモノが現れたからなんだよ。」
「……はっ、そんなことだろうと思ったが……畜生ごときに怯えて叫び声をあげるとは、どこまで軟弱なんだ?」
「し、仕方ないだろう! ショルダーよりもデッカイんだぞぉ!……それにあれは動物というよりも、怪物だったよ。……言っても信じないかもしれないけどさぁ。」

 いじけながらそう言うと、「モドキはこれだから……」と言わんばかりの態度で話を聞いていたテッサの様子が変わった。
気だるげだった目には真剣そうに力が入り、グッと身を乗り出してしっかりと話を聞く姿勢になったのだ。

「モドキ、それは本当の話か?」
「お、おう。本当本当! ほら、おっかな過ぎて泣いちゃったもんだから目が真っ赤になってない?」
「それはどんな姿をしていた?」
「え~っとぉ……ショルダーよりデカイってのはわかったけど実際どのぐらいかは曖昧でぇ、蹄があってぇ、角が生えてて……けれども顔が爬虫類で……めっちゃ強そうというかヤバそうで……」

 自分で言っておきながら、子供が見たおっかない夢の内容を親に話してるかのような、バカらしい内容に思えてきた。

「変なこと言ってるのはわかってるけどさ、ウソじゃないからね!」

 両手をバタつかせて必死に弁解しながらテッサの方に目をやると、いつになく深刻な表情で焚火を見つめていた。
デタラメを聞かされるタメに呼び付けられたと思って怒り心頭なのだろうか?

「お、おいテッサぁ……」
「……リンだ……」

 視線は焚火に向けたまま、聞こえるか聞こえないかの声でポツリと呟いた。

「へぇ? 今なんて……」
「……ははははは………お前が見たのはな……キリンだと言ったんだ!」

 食い気味に興奮したような声色で言い放つと、居ても立っても居られないといった風にガバっと立ち上がった。
オレは突然のハイテンションに若干ヒキながらテッサの顔を見上げてみると、剥き出しの歓喜と漲る闘志が合わさったような、『不適』と呼ぶのがピッタリな迫力満点の笑みを浮かべている。

「カッコイ……って、待て待てぇ……あれはキリンじゃあないよ。首は長くなっかったもん。」
「首だと? こんな時にふざけたことをヌカすな。」
「いやいや、だってキリンでしょ? 蹄があってカワイイ角が生えてて首が長~くて黄色いの。」
「……なんだその訳のわからない生き物は? キリンというのはな、馬のような体に竜のような顔と鱗、そして勇ましい角が生えている生き物のことだ。」

 ……そっちの方が訳わからんじゃろがい……
竜てアンタ……いや? 爬虫類っぽかったのが竜のようなってことなのか?

「……そう言われてみると、オレが見たのってそいつっぽいわ。」
「そうか! ……ついに、ついにこの日がきたか!」

 そう言うと、テッサの瞳には更なる力がこもり、なにかを決意したかのように拳を強く握りしめている。

 ……でも、あれはキリンじゃないよなぁ……
明らかバケモンだったし……キリンとは似ても似つ……

「……あ! 麒麟!?」

 思い返してみれば、地球にいた頃に何かで見た麒麟さんは、テッサが説明したような姿をした生き物だった。

「えぇ~、まさか霊獣様の方だとは思わんぜぇ……まぁ確かに、人の理解を超えた恐ろしさがあったけども……」

 ……うわ! 思い出したら鳥肌立ってきたよぉ……
あんなおっかねぇこと今すぐ忘れなきゃ、夜一人で寝れなくなっちゃうじゃないの……
……あれ? 目的の麒麟さんを発見したということはだ……

「モドキ! なにをボケっとしているんだ? 今すぐショルダーで麒麟を追うぞ!」
「げぅうぅうぅ……そうなっちゃいますよねぇ……」
 
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