車輪の神 ジョン・ドゥ 〜愛とロマンは地球Bを救う?〜

Peppe

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第二章 キリン探し

きりん ③

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地球B 26日目
PM 6時00分

 今日一日、結構な距離を走り回って探索してみたものの、結局キリンさんを見つけることはできなかった。

 パンチョさんの集落を出た当初は、地球Bの人たちは徒歩や馬車だから遭遇できてないだけで、ダービー達の行動範囲をもってすればあっさり出会えたりするんじゃないかとタカをくくっていたが、こう何日も空振りが続くと、この大陸にはキリンなんて存在しないのではないかという気がしてきた。

 若干の徒労を感じながらハンドルを握っていると、完全に日が落ちて辺りも真っ暗になってきたので、探索を切り上げて久々のキャンプの支度を始めることにした。

「よ~し、この辺が焚火しやすいかなぁ。雨もあがってくれて助かったよ~。」
「あぁ……」

 機嫌のよさそうだった日中とは打って変わって、テッサは不満げにぶすくれている。
怒っているというよりはガッカリしているような表情で、探索が空振りに終わった後に度々見てきた表情だ。

 オレもそこそこに落胆しているのだが、二人揃ってドンヨリしていはせっかくの旅が台無しだ。
ここは一つ、おうたのお兄さんの如く陽気で爽やかにキャンプを始めようではないか。

「うし! 探索再開記念ってことで、今日はステーキでも焼いちゃいますか! 集落で買った肉も早めに使わなきゃだしな。」
「あぁ、そうだな……」

 ……ここは「いっえ~い! テッサちゃんお肉だ~い好き!」とか返すところだろうよ……
元気が空振っちゃってバカみたいじゃないか……

「じゃ、じゃあペペっと支度しちゃうから、漫画でも読んで待っててよ。」
「あぁ…………私のは半生で頼む……」
「ウィ! レアでございますね。」

 気だるそうなテンションの割りに、焼き加減をリクエストするだけの食欲はしっかりあるようだ。

 メシがノドを通らぬ程深刻な状態でないことが確認できたので、ちゃちゃっと焚火やらブルーシートやらの準備を済ませ、お嬢様のご機嫌が一刻も早く回復するよう極厚にカットしたステーキを焼きあげた。

 テッサは一口食べ、一言「美味い」とつぶやいたかと思うと、ちゃんと咀嚼してるのか疑いたくなる速さで巨大な肉の塊を消し去った。
オレが食ってる倍のデカさの肉を、オレの三倍の速さで食い終わるのだから、オレの六倍の速度で食べている計算だ。
どう考えてもイカれたペースだが、食べ方はガッツいてる訳でもなく、むしろキレイに淡々と食べているのだから摩訶不思議だ。

 ともあれ、二人して肉を食べきった頃には、テッサの顔からは随分と険が薄まったように見える。
やはり、焼いた肉が人間のメンタルに及ぼす効果というのは絶大なのだろう。

「いんや~、美味かったぁ。やっぱたまにゃあガッツリ牛肉食わんとなぁ。」
「たまにでなくとも、パンチョからもらった金があれば牛肉ぐらい毎日食えるだろう?」
「ん~、そりゃそうだけどさぁ……もとが裕福じゃないからさ、どうにも贅沢の仕方がわからんのだよ。」
「はっ、貧乏くさい神もいたもんだな。」
「誰が貧乏神じゃい!」

 ……ったくぅ、ちっと機嫌よくなったと思ったら憎まれ口かい。
まぁ、こっちの方がテッサっぽくていいけども……

 ーー カキンッ シュボ ーー

「…………………………ムッハァーーー、たまりませんなぁ。」

 なるべくテッサに煙がいかないように、空に向かって機関車のように煙を思い切り吹き上げると、空には分厚い雲がかかっていて、星の光が一切見えないことに気付いた。

「うっわぁー、焚火なかったらなんにも見えないほど真っ暗なんだろうなぁ……」

 食後のコーヒーをすすっていたテッサは、オレの言葉につられるように空を見上げると、何かを懐かしむような表情で穏やかに口を開いた。

「……こういう天気の時ほどキリンが出やすいと聞いたことがある。」

 ……キリンって夜行性だっけ?
サバンナアニマルの生態なんてよくわからないんだよなぁ……

「ふ~ん、誰も見たことないような生き物なのに、誰から聞いたの?」
「父だ……子どもの頃にな、よく布団の中で聞かされたものだ。」

 ……素敵な思い出じゃないのさ。
生まれながらの魔王って訳じゃないわなそりゃあ……

「へー、じゃあ、お父さん子だったのか?」
「ふん、どうだかな……もう一度会えるものなら会いたいが……」

 ……ってことは、もう会えないってことなのか?

「……そっか。」

 気の利いた言葉が思いつかず、なんとか振り絞った相槌が二人の間で虚しく響くと、なんとも居心地の悪い沈黙の時間が続いた。
こういう時にあたふたしてもロクなことがないので、コーヒーを味わいながら『時よ、さっさと解決してくれ』と念じていると、物憂げに焚火を眺めていたテッサが、雑念を振り払うかのようにガバっと立ち上がった。

「ビックリしたぁ!……どうしたの?」
「今日は……肉が足りなかった。」
「……はぁ?」
「あの量の肉では足りないんだ私は! 明日食べる肉を狩ってくる。」

 ぶっきらぼうに言い放つと、オレの返事も待たずにツカツカと早足で林の方向へ歩んで行った。

「お、おい! 暗いんだから気をつけろよなー!……って無視ですか、そうですか。」

 ……なんじゃアイツ? 空気に耐えきれなかったのか?
いやいや、そんな繊細なタイプじゃいよな。
「おいモドキ、沈黙が鬱陶しいからなにか話せ。」とか平気で言うわなぁ……
……はは~ん、お父さんに会えなくて寂しがってると思われたのが恥ずかしかったパターンかぁ……
まったくぅ、そんなにクールぶってたいもんかねぇ……

 テッサの意外な一面にニヤニヤしながら、帰りの目印がわかりやすいように焚火に薪を追加して、火の番がてら追加のコーヒーを飲む為にお湯を沸かすことにした。

 ーー カキンッ シュボ ーー

「………………フゥーーーーー…………」

 ……しかし、アイツ本当にあの量の肉で足りなかったのかな?
どんだけ食うんだよマジで……
「ふん、私の胃袋は宇宙だ。」とかその内言い出すんじゃないかねぇ……
……カッコイイな、それ……
ていうか、あんまり野菜や果物を好んで食ってるようには見えんのに、なんであんなに肌がキレイなんだ?
「生き物ぶん殴る以外はなんにも運動してないし、食事も特に気を使ってないです。」ってか、地球の女性陣に見つかったら大炎上だぞ……

 一人で焚火をボーっと眺めながら、くだらないことを考えてはほくそ笑むという、人には絶対に知られたくない方法で時間を潰していると、後方からサワサワと草の揺れる音が聞こえてきた。

 ……うぇ~、風吹いてきちゃったよー。
火ぃ大きくしちゃってるからな~、火の粉とか大丈夫かぁ?
…………って、あらぁ? 火はまったく揺れてませんなぁ……

 違和感に気付いて耳を澄ますと、草が揺れているんだと思っていた音は、何がしかの生き物が草を踏んでいる音のように聞こえてきた。
はじめは『サワサワ』だったものが、次第に『ズサズサ』に変わり、段々と音が大きくなっていく。
つまりは近づいているということなのだろうが、あまりにおっかないので振り返って確かめることが出来ない。

 ……テッサさん、いやテッサ様であってくれ、頼むぅ~!
「わぁ!」って驚かされても絶対怒らないから……
……あぁ、ドンドン近づいてきてるぅ~

「テ、テッサだよなぁ!?」

 焚火を眺めたまま、恐怖のあまり裏返ってしまった素っ頓狂な声で問いかけてみたが返事はない。
アイツの性格がよっぽどイタズラ好きのお茶目さんでもない限り、後ろにいるのはテッサではないのだろう。

 質問を無視した足音の主は、ゆっくりとだが着実にオレとの距離を縮めていて、足音が大きくなるのと比例するようにオレの鼓動の音も激しくなっていき、鼓膜の感覚がしっちゃかめっちゃかになってきた。

 ……うわぁ、おっかねぇ~! どうしよう?
人でも幽霊でも動物でも全部イヤだ!

 吐き気すら感じながら身をすくめ、お願いだからどこかへ立ち去ってくれと全力で念じてみたが効果はなく、とうとう残り数メートルのところまで近づいてきているのを気配で悟った。
命の危機すら大いにあり得るので、振り返るか前方へ猛ダッシュするか決断しなければいけないと立ち上がると、真後ろから『コフー』という吐息のような音と風圧、そして強烈な獣臭さがオレにぶつかってきた。
どうやら後ろにいるのはオバケや人ではなく動物のようだ。

 ……ヤバイ! 食われちまう。
ジャガーはテッサに預けたまんまだし、どうすればぁ……
そうだ! 野生動物には火だ! こうかはばつぐんのはずでしょ!

 思いつくや否や、アワアワと焚火の中から先端が燃えた薪を拾い、相手の目に火がジャストミートでもしてくれないかと、思い切り腕を振り回しながら後ろに振り返り、ノドがちぎれんばかりに奇声をあげた。

「ごらぁああああぁあぁあああぁあ! 火だぁあぁああぁああ! どっか行っ……」

 そこから先は言葉が出なかった。
声の代わりに、体中から大量の冷や汗が溢れ出し、両目尻からはなんの抵抗もなく涙が流れた。

 生まれて初めての現象だが、生まれて初めての恐怖を感じてしまったのだから無理もない。
暗闇の中、焚火に照らされて姿を現したのは、明らかにショルダーよりも巨大な、見た事もない四足歩行の獣だったのだ。

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