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序章
1話 主人公、仕事をクビになる
しおりを挟む今日、会社をクビになった…。
『こんな仕事もできないのか!お前は何をやらせてもダメだな!いつまで会社に迷惑をかけたら、気がすむんだ!』
その会社には、毎日のように罵声を浴びせる上司がいた。
資格も技能もない僕を採用してくれる会社は無く、何社も落ちた。中途採用って、こんなに難しいんだ…。心が折れそうになっていたところで、やっと採用された会社だ。我慢するしかなかった。
それなのに…。
『田中!お前には責任を取ってもらうからな!これだから、中途採用は…。』
上司は僕を見下した目で見て、周りに聞こえるように大きな声をだした。辞表を出せってことなんだろうな…。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう…。
僕の名前は田中拓海。
ソコソコの大学を卒業後、ソコソコの会社に就職し、充実した生活を過ごしていた。ところが入社から5年後、僕を育ててくれた祖母が病気で倒れた。両親と祖父は、僕が小さい頃、同じ事故で亡くなり、それから祖母が僕を育ててくれた。3人の死亡保険金があったが、祖母はそのお金をほとんど使わず、働いて僕を大学まで行かせてくれた。ときには父親がわりとなって、本気で叱ってくれる豪快な祖母だった。そんな祖母が倒れ、一命は取り止めたが半身不随となり、記憶障害が残った。
『私は死ぬまでこの家にいたいねぇ』
倒れる前、祖母はずっとそう言っていた。施設に入れることは、考えもしなかった。この家で面倒をみようと思った。
しかし、勤めている会社は残業も多い。介護との両立は無理だった。
今度は僕の番だよね…。
育ててくれた祖母に恩返しがしたい。ソコソコの貯金はあるし、手付かずの保険金もある。
僕は祖母の介護をするために、会社を辞めた。祖母をこの家で最期まで面倒みると決意し、不自由なく生活できるように、そのお金で家をリフォームした。
祖母が倒れてから、3年。祖母は眠るように息を引き取った。
祖母は病気の影響で、最期の方は寝たきりとなり、僕が誰かもわからなくなっていた。
余程ひどい顔をしていたのだろうか?葬儀社の人が「床ずれもなく綺麗なお身体です。しっかりお世話なさったのですね。感謝されていたと思いますよ。」と声をかけてくれた。
僕がしたことは無駄ではなかった?
祖母は喜んでくれていた?
涙が止まらなかった。
僕は祖母が亡くなって、一人になってしまった悲しみより、正直、ほっとしていた。誰かの面倒を一人でみるってこんなに大変なんだな。一人で子育てしているお母さんが育児ノイローゼになって…って聞くけど、精神的にツライ気持ちは共感できる。介護も育児も一人きりではダメなのだ。僕もおかしくなりそうだった。
仕事をしよう!人と関わる仕事をしよう!そう思った僕は、祖母の死後、仕事を探した。40才超えてると再就職は厳しいって聞いたことあるけど、僕はまだ30過ぎだし、いくらでも見つかるよな。
そんな気軽な考えで、再就職活動を始めたが、期待に反して、なかなか就職できなかった。何社も何社も受けては採用されずを繰り返しているうちに、自分は無能で価値がないと感じるようになっていた。
そんな中で、やっと採用された会社を今日、クビになったのだ。
自分ってなんて無能で無価値なんだろう…。やっと採用された会社だったのに。再就職してから、まだ2年だよ。2年でクビって…。
上司や同僚に言われるままに資料作り、取引先の無茶な注文の対応、などなど、引き受けてきたのに…。ほとんど家に帰らず、がむしゃらに働いたのに…。
早く認めて貰おうと頼まれた仕事をこなしていたが、それは上司や同僚の手柄となり、自分は何もしていないことになっていた。
おかしいなって気づいたときは、もう自分の身体はボロボロになっていた。よく眠れないので、ミスが多くなり、上司から、さらに罵声が飛んだ。
『お前は何してたんだ!こっちに不利な契約だろ!お前の確認不足だ!』
僕、ちゃんと確認しましたよ。でも、ちょっと不利でも今後のことを考えたら、このままの条件で契約した方がいいって言ったのは上司で…。
『こんな仕事もできないヤツは、何をしてもダメなヤツなんだよ!お前、そんなんでよく会社来れるな!俺なら恥ずかしくて無理だぞ!』
もう会社に来るなってことなんだな…。家に帰っても一人だし…。僕は要らない人間ってことだ。誰からも必要とされない僕は生きてる意味があるのかな?
もう、わからないや…。
よく頭が働かない。
何日寝てないんだっけ?
気づくと、会社からの帰路にある橋の上で、ぼんやりと川面を見つめていた。
もう、どうでもいいや…。唯一の家族だった祖母も、もういない。自分なんて、生きてても仕方がない…。もう消えてしまいたい…。
そんな考えに囚われている僕は、背後にある大きな黒い影が大きくなっていることに全然気づかなかった…。
影は僕を飲み込み、もっと大きな影になり…。周りを巻き込むように、大きな球体の影が出来上がった。それはまるで小さなブラックホールのようだ。
「お前、何をしているのじゃ?」
鈴の音のような可憐な声がした。声の主はびっくりするくらいの美少女だった。
「僕は…別に…何も…」
「まだ意識があるのか?なぜこうなったのか分かるか?」
「仕事をクビになって…。僕は無価値で、誰からも必要とされないから…。消えてしまいたくて…」
「仕事をクビになったから、か。いいか、この国の仕事なんてのは金を稼ぐ手段だ。それ以上でもそれ以下でもない。仕事ができる、できない、で人の価値は決まるものではない!」
「でも僕は…。誰かに必要とされたくて、頑張ったんだ。仕事が無かったら、誰も僕のこと、必要だと言ってくれない…」
影はますます大きくなる。
「仕事をクビになっただけじゃろ!そんなことで消えてしまいたいとは!」
そんなこと?
僕の中で何かが弾けた。
「そうだよ!僕はそんなことで消えてしまいたいんだよ!僕は、ダメなヤツだから!!」
ギッと美少女を睨んだその瞳が一瞬金色に輝いた。
怒鳴り声と共に影が一段と大きくなり、空にぽっかりと不思議な穴があく。穴の向こうには、この世界とは全く違う景色が広がっていた。なんだろう、と思う間も無く、僕はその穴に吸い込まれていった。
「マスター。扉が開きました。追いかけますか?」
美少女の後ろから淡々とした声がする。そこには美少女と同じくらい綺麗な20代くらいの美女いた。ただし、手に大きな鎌を持っている。その姿はまるで死神のようだ。
「セシルねえさま。また地雷を踏んでしまいましたね?」
さらにその後ろから、可愛らしい子供の声もする。ピョコっと顔を出したのは、セシルと呼ばれた美少女よりは年下に見えるが、これまた可愛らしい少年だった。
「いやっ、その…。こちらの言葉は難しいのぅ。」
「セシルねえさま。反省は後にして、追いかけますよ。ただし、攻撃は禁止です。特にエル。手出し無用で頼むよ。」
美女にむかって目配せする。
「トール。何かを感じたのか?」
「はい。ただ、はっきりしたものではなかったので。」
「向こう側へ行けば、何かわかるということじゃな?」
「はい。セシルねえさま。向こうには、ガルシア様をお呼びしてあります。間に合うと良いのですが。」
そう言うと、セシル、トール、エルの3人は空にぽっかりと開いた穴に飛び込んだ。穴は3人を飲み込んだ後、何事もなかったかのように消え去った。
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