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第9章 【美咲ちゃんを探せ!】
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再び東北自動車道に乗り、丸森町を目指す。
ラジオからはフランクシナトラの『strangers in the night』が流れている。
天気もいいし、ラジオから流れている音楽もなかなかいい音楽だ。
でも俺の気分はなんとも微妙だ。
愛車のレガシィツーリングワゴンには運転席に俺、助手席に死神であるみちる、そして後部座席には暴力団の組長である平沢と、同じく暴力団の若頭である後長が乗っている。
こんな面子でドライブをするだなんて、なかなか経験できるもんじゃない。いや、特に死神とドライブだなんて漫画みたいな経験は出来るもんじゃない。
かと言って、コレが嬉しいかと問われると全く嬉しくはない。
女の子とドライブできるのは嬉しいが、助手席に座っているみちるは死神なのだ。
オマケに後ろには現役のヤクザが2人も座ってるときてる。
「それで……、その女の子の遺体のある場所ってのは大体の見当がついてるのか、小野寺?」
後部座席の平沢が俺に問いかける。
「いいえ、その……、母親の幽霊に会いまして、聞いたところ彼女が娘の美咲ちゃんと一緒に車ごと川に流された場所は分かりますが、……美咲ちゃんの遺体がある場所は、そこより下流としか分かりません」
「まあ、心配すんな! 俺達2人が居れば場所は必ずわかる」
平沢が何やら自信ありげにそう言った。
「組長さん、どうしてそう断言できるんです? それに組員の皆さん総出で探したほうが良いんじゃないですか?」
助手席のみちるが外の景色を眺めたままで平沢にそう言った。
「お嬢ちゃん、警察や消防の捜索隊だって無能じゃねえんだ。あいつらでも見つけられないのに、俺達みたいな捜索の素人が、ただ頭数を揃えて闇雲に遺体を探したって簡単に見つかりはしないぜ。
それに、あんたも気がついてるだろうが俺達2人は霊感があってな、特に後長は俺よりも霊感が強い。こいつは自分に霊を憑依させて、霊の過去の記憶や死んだ場所なんかを探り出すことが出来るんだ」
先ほどから一言も口を開いていない後長が「ハァ……」と大きなため息をつき、そして話し始めた。
「俺達は小さい頃から霊感があってな、けど、その霊感のおかげでずっといじめられてきたんだ。考えてもみろ、幽霊が居る! なんて年がら年中言ってるヤツなんて、霊感の無い連中から見たら完全に頭のおかしいヤツだろ?」
「あぁ、ひどいイジメだったな……。おまけに幽霊には頼って来られるしよぉ。いつからか俺達2人は幽霊が見えても、見えないフリをしてやり過ごすようになっちまったからなぁ。それでも一度変なヤツの烙印を押された俺達は世間一般から爪弾きにされて、気が付けばヤクザになってたってワケよ」
平沢が後長を慰めるように、しみじみとそう語った。
なるほど、人に歴史ありとはよく言ったものだ。この2人も霊感なんてものが無ければ、今頃ヤクザではなく普通に堅気のオッサンだったのだろうか?
思いもしなかった2人の生い立ちを聞き、俺もみちるも言葉を発せずに黙りこくってしまった。
「おいおい、お前ら俺達2人の事を可哀そうなんて思っちゃいねぇだろうな? 人生生きてるだけで丸儲けよ! くよくよ悩んだって解決しねぇ事はしょうがねぇじゃねぇか」
平沢はそう言うと「ガハハ」と笑った。
ラジオからはいつしかキャロル・キングの『it's too late』が流れている。
このタイミングで『もう遅い』とは全く皮肉なもんだ。
白石インターチェンジで高速道路を下りた俺達は国道113号を通り丸森町を目指す。車が白石市と角田市の境を通り過ぎたあたりで俺は少し速度を落とし路肩に注意を払った。
一昨日みちると2人で丸森町に向かう途中で美咲ちゃんを見かけた辺りだからだ。
少しの間注意深く車を走らせたものの、結局美咲ちゃんは見当たらなかった。
今もどこかを泥だらけの姿でぬいぐるみを抱いて歩いているのかと思うと何とも言えない気持ちになり、やるせなさで胸が締め付けられる。
待っててね美咲ちゃん。必ず見つけてあげるから。
そんな俺の気を知ってか知らずか、助手席のみちるも後部座席のヤクザ2人も目を閉じて眠りこけている。
やがて車は国道349号線に入り、左に阿武隈川が見えてきた所で左折をし橋を渡った。
この橋は俺とみちるが川岸に佇む友梨絵さんを見かけた場所だ。
橋を渡り右折をして阿武隈ライン下りの船乗り場方向へ向かう。曲がってすぐのところにある潰れたラーメン屋の前に車を停める。
「皆さん! お休みの所大変申し訳ありませんが、目的地に到着しましたよ!」
俺が大きな声でそう言うと、他の3人が口々に「んーっ」などと言いながら目を覚ました。
「おぉ……、小野寺よ……。着いたのか?」
後部座席の平沢が寝ぼけた声でそう言った。
「はい、ここの川岸に行方不明の女の子の母親である友梨絵さんが……、あ、いや、友梨絵さんの幽霊が居ますので」
ルームミラーに写る平沢は無言でウンウンと頷いた。
車から降りて川岸に向かう俺の後をみちるや2人のヤクザがついてくる。
今日も友梨絵さんは川岸に居た。何をするでもなく、ただ黙って川面を見つめて立っている。
「友梨絵さん、小野寺です。先日お話した通り美咲ちゃんを探しに来ました。強力な助っ人を連れてきましたよ」
俺の声に友梨絵さんがこちらを振り向き、俺達一向に会釈をした。
「どうか……、娘を、娘の美咲を見つけてください」
そう言い終えて友梨絵さんは深々と頭を下げた。
「奥さん、俺達が何としてでも娘さんを見つけるから安心しな」
そう話しかけた平沢の声に、友梨絵さんは頭を下げたまま、嗚咽を漏らし、一言「お願いします」とだけ答えた。
俺達4人は車に戻った。俺はエンジンをかけるとルームミラに写るヤクザ2人に指示を仰いだ。
「さて、どうします?」
「そうだな。川沿いをここから下流に向けて少しゆっくり走ってくれるか」
ずっと無口だった後長が俺にそう指示を出した。
俺はカーナビを操作し、地図の縮尺を小さくして阿武隈川周辺の道路がどうなっているのか画面を見た。
「後長さん、道路は必ずしも川に沿っているわけではないようですが……」
「構わねぇよ、第六感で霊の気配を探るからな。それよりもラジオを消してくれ。第六感を働かせるためにも、五感は研ぎ澄まさなきゃならねぇからな。なるべく集中したいんだ」
後長はそう言うと目を閉じて黙って俯いた。俺は後長に言われた通りにラジオを消して車を発進させた。
ラジオが消された車内はこもったエンジン音が響く以外は静かだった。
時折ルームミラーで後部座席の様子を伺うのだが、後長は変わらず俯いたまま膝の上で両手を組んでいる。
こんな姿勢で車酔いしないのだろうか? 俺はそう聞きたい衝動を堪えて阿武隈川の下流に向けて少しゆっくりした速度で車を走らせた。
県道45号線を丸森町役場方面へ、観光案内所を過ぎたところで左折し、やがて町役場近くの丸森交番を通過……それでも後長は変わらず黙ったままだ。
やがて国道との交差点を右折し国道113号線に入る。
本当にこのオッサンは霊感なんて持ち合わせているのだろうか?
助手席のみちるを見ると、彼女は窓の外を眺めている。ルームミラーに写る平沢は何やら考え事をしているように見えた。
音のない車内で皆一体何を考えているのだろう? 普段何かしらラジオなどの音を流している俺は軽く苛立ちを覚えた。
少しして町立金山小学校近くのガソリンスタンドのある交差点を左折すると、やがて景色は住宅が立ち並ぶ街並みから田んぼが広がる風景に変わった。
道がまた阿武隈川に近づいた時、後長が大声で叫んだ。
「停めろ! ここだ!」
俺は完全に油断していたのでビクッとして急ブレーキを踏んでしまった。
助手席のみちるも一体何事か? と言いたげな驚いたような表情をしている。
後続車がクラクションを鳴らし、追い越して行く。
俺は我に返ると車を路肩に寄せ、ハザードを点灯させた。
「ご、後長さん、ここって……、ここなんですか?」
まるで日本語になっていない俺の問いかけに後長は「そうだ」とだけ答え、車から降りた。
俺を始め、平沢やみちるも車を降りた。
後長は一人土手を登っていく。俺達も急いで後長の後を追った。
一人土手の上で川を見つめている後長に問いかける。
「ここの川底に美咲ちゃんが居るんですか?」
俺の問いかけに、後長は無言で指を指した。彼が指し示した先には川面から半分ほど巨体を露わにした岩があった。
洪水の被害に対する復旧工事は町のあちこちで進められているものの、川の中に転がっているこの巨岩などを見る限り、すべてが水害前のように戻っているとは言えないようだ。
「あの岩の下に……、居る」
後長はそう言うと、その場に座り込んでしまった。見ると彼は全身に汗をびっしょりとかいている。
「おお、よくやった。よくやったぞ後長! 大丈夫か?」
平沢がそう言って座り込んでいる後長を介抱した。
それにしてもあの巨岩。あんな大きな岩の下に遺体があるとは……。
そりゃ警察や消防の捜索隊がいくら探したって見つからない訳だ。
「あっ! 小野寺さん! あそこ!」
俺の不意を突いてみちるが大きな声を上げる。
彼女が注目する方を見ると、土手の上、数百m先に誰かが立っている。
俺はすぐにそれが美咲ちゃんだと分かった。もはやそれがマイメロディのぬいぐるみであったとは分からないほど泥で汚れグチャグチャになった物体を抱え、全身が泥だらけだからだ。
「美咲ちゃん! 必ず助けるから!」
俺がそう叫ぶと、その小さな存在は煙のように消え去ってしまった。
「でも小野寺さん、どうするんです? あんな大きな岩、私たちだけじゃどかせられませんよ。おまけに半分以上川に浸かっていますし……」
「……そうだよな。せっかく美咲ちゃんの居場所が分かったってのに。ここまで来て打つ手なしかよ。クソッ」
俺が吐き捨てるようにそう言った矢先、平沢が何やら呟き出した。
「仮締切工に、矢板工、水替工……、と言ったところか。……それにあの岩じゃ、そこらのラフテレーンクレーンじゃ埒が明かないな。
100t吊りのクローラークレーンでなんとか間に合いそうだ」
「は? 親分さん、一体何を言っているんです?」
俺の問いかけに平沢は満面の笑みで答えた。
「小野寺ぁ。ウチはな。浅井総業は表向き土木工事の会社なんだぜ?
河川工事だってやってるんだ。最近は何かとヤクザ稼業は厳しくてな、まじめに土木工事もやってたって訳よ。
それに俺は腐っても仙台の浅井総業の3代目組長だ。俺が声を掛ければ東北中から土木業者を集められるぜ」
みちるが両手を胸の前で組んで、目をかがやせて平沢を見つめている。
「組長さん、スゴーイ! 流石仙台一のヤクザ屋さん! 素敵!!」
平沢は照れ臭そうに頭を掻いた。
「あの、組長。せっかくのお申し出に水を差すようで悪いのですが……、そんな大掛かりな土木工事の代金なんて、……俺、払えないですよ」
「なーに、端から半グレのガキに金を払わせようなんて思っちゃいねぇよ。大体、億超えになるぜ、こりゃあよ」
「お、お、お、億!」
みちるが興奮を抑えられずにそう言った。
「あぁ、まず土嚢をクレーンで積み上げて、あの岩を囲う。
土嚢って言ったってお前らが想像してるような小せぇ土嚢じゃないぞ、クレーンじゃないと持ち上げられないような大きな土嚢だ。
ただ、これだけの水量の川だから、土嚢だけじゃ決壊するだろう。だから、土嚢の内側にデカくて厚い鉄板を打ち込んで壁を作る。
そして、囲いの中の水を大型ポンプで吸い出して、そうだな……、削岩機であの岩を砕いて小さくするか、あるいは何本か杭でも打ち込んでクレーンで吊ってどかすんだ」
「でも、親分さん。それだけの工事じゃ一か月はかかるんじゃないですか?」
平沢が俺を見て「フン」と鼻を鳴らした。
「分かってるよ、お前は後4日で死ぬんだろ? 人手を集めてよ、24時間三交代でやればなんとかなるんじゃねぇか? ヤクザの意地ってモンを見せてやろうじゃねぇか」
「ありがとうございます!」
俺とみちるはそう言って平沢に頭を下げた。
「なに、いいって事よ。死神に頼まれたら、流石の極道でも断れねぇからな。それにもうそろそろ潮時だと思ってたんだ」
「潮時って、……何がです?」
俺が不思議そうな顔をしてそう尋ねると、平沢はタバコを口に咥え、火をつけて深く息を吸い込んだ。
煙草の煙をフーっと吐き出し、そしてしみじみと言った。
「組の資産を半分出してトントンってところだろうな。残りの半分は組員たちに平等に分配する。ヤクザを辞めた後、しばらく食って行けるようにな。それでスッカラカンよ。
こうなっちまったらヤクザは続けて行けねぇ。後は組を畳むだけよ。
まあ、年々ヤクザに対する世間の締め付けは厳しくなるばかりだ。きっかけがあって良かったのかも知れない。 ズルズルとヤクザを続けて、そのうち首が回らなくなるよりはな。
それに人様の役に立つ事でもしておきゃ、死神も大目に見てくれるんじねぇのか? なぁ、お嬢ちゃん!」
平沢に名指しされたみちるは恐縮したような表情でペコリと頭を下げた。
誰をいつ死なせるとか、地獄行きか天国行きかを決めるのは死神じゃない……、そんな事をここで言ったら野暮ってもんだ。せっかくその気になった平沢に水を差すような真似は止めておこう。
「よし、じゃあ一旦仙台の事務所に戻るぞ。善は急げって言うじゃねぇか。それにいろいろと手配しなきゃならねぇからな」
平沢はそう言うと、後長に手を貸して立たせてやり、2人で土手を降りて車に向かった。
俺とみちるも急いで2人の後を追って車に向かった。
ラジオからはフランクシナトラの『strangers in the night』が流れている。
天気もいいし、ラジオから流れている音楽もなかなかいい音楽だ。
でも俺の気分はなんとも微妙だ。
愛車のレガシィツーリングワゴンには運転席に俺、助手席に死神であるみちる、そして後部座席には暴力団の組長である平沢と、同じく暴力団の若頭である後長が乗っている。
こんな面子でドライブをするだなんて、なかなか経験できるもんじゃない。いや、特に死神とドライブだなんて漫画みたいな経験は出来るもんじゃない。
かと言って、コレが嬉しいかと問われると全く嬉しくはない。
女の子とドライブできるのは嬉しいが、助手席に座っているみちるは死神なのだ。
オマケに後ろには現役のヤクザが2人も座ってるときてる。
「それで……、その女の子の遺体のある場所ってのは大体の見当がついてるのか、小野寺?」
後部座席の平沢が俺に問いかける。
「いいえ、その……、母親の幽霊に会いまして、聞いたところ彼女が娘の美咲ちゃんと一緒に車ごと川に流された場所は分かりますが、……美咲ちゃんの遺体がある場所は、そこより下流としか分かりません」
「まあ、心配すんな! 俺達2人が居れば場所は必ずわかる」
平沢が何やら自信ありげにそう言った。
「組長さん、どうしてそう断言できるんです? それに組員の皆さん総出で探したほうが良いんじゃないですか?」
助手席のみちるが外の景色を眺めたままで平沢にそう言った。
「お嬢ちゃん、警察や消防の捜索隊だって無能じゃねえんだ。あいつらでも見つけられないのに、俺達みたいな捜索の素人が、ただ頭数を揃えて闇雲に遺体を探したって簡単に見つかりはしないぜ。
それに、あんたも気がついてるだろうが俺達2人は霊感があってな、特に後長は俺よりも霊感が強い。こいつは自分に霊を憑依させて、霊の過去の記憶や死んだ場所なんかを探り出すことが出来るんだ」
先ほどから一言も口を開いていない後長が「ハァ……」と大きなため息をつき、そして話し始めた。
「俺達は小さい頃から霊感があってな、けど、その霊感のおかげでずっといじめられてきたんだ。考えてもみろ、幽霊が居る! なんて年がら年中言ってるヤツなんて、霊感の無い連中から見たら完全に頭のおかしいヤツだろ?」
「あぁ、ひどいイジメだったな……。おまけに幽霊には頼って来られるしよぉ。いつからか俺達2人は幽霊が見えても、見えないフリをしてやり過ごすようになっちまったからなぁ。それでも一度変なヤツの烙印を押された俺達は世間一般から爪弾きにされて、気が付けばヤクザになってたってワケよ」
平沢が後長を慰めるように、しみじみとそう語った。
なるほど、人に歴史ありとはよく言ったものだ。この2人も霊感なんてものが無ければ、今頃ヤクザではなく普通に堅気のオッサンだったのだろうか?
思いもしなかった2人の生い立ちを聞き、俺もみちるも言葉を発せずに黙りこくってしまった。
「おいおい、お前ら俺達2人の事を可哀そうなんて思っちゃいねぇだろうな? 人生生きてるだけで丸儲けよ! くよくよ悩んだって解決しねぇ事はしょうがねぇじゃねぇか」
平沢はそう言うと「ガハハ」と笑った。
ラジオからはいつしかキャロル・キングの『it's too late』が流れている。
このタイミングで『もう遅い』とは全く皮肉なもんだ。
白石インターチェンジで高速道路を下りた俺達は国道113号を通り丸森町を目指す。車が白石市と角田市の境を通り過ぎたあたりで俺は少し速度を落とし路肩に注意を払った。
一昨日みちると2人で丸森町に向かう途中で美咲ちゃんを見かけた辺りだからだ。
少しの間注意深く車を走らせたものの、結局美咲ちゃんは見当たらなかった。
今もどこかを泥だらけの姿でぬいぐるみを抱いて歩いているのかと思うと何とも言えない気持ちになり、やるせなさで胸が締め付けられる。
待っててね美咲ちゃん。必ず見つけてあげるから。
そんな俺の気を知ってか知らずか、助手席のみちるも後部座席のヤクザ2人も目を閉じて眠りこけている。
やがて車は国道349号線に入り、左に阿武隈川が見えてきた所で左折をし橋を渡った。
この橋は俺とみちるが川岸に佇む友梨絵さんを見かけた場所だ。
橋を渡り右折をして阿武隈ライン下りの船乗り場方向へ向かう。曲がってすぐのところにある潰れたラーメン屋の前に車を停める。
「皆さん! お休みの所大変申し訳ありませんが、目的地に到着しましたよ!」
俺が大きな声でそう言うと、他の3人が口々に「んーっ」などと言いながら目を覚ました。
「おぉ……、小野寺よ……。着いたのか?」
後部座席の平沢が寝ぼけた声でそう言った。
「はい、ここの川岸に行方不明の女の子の母親である友梨絵さんが……、あ、いや、友梨絵さんの幽霊が居ますので」
ルームミラーに写る平沢は無言でウンウンと頷いた。
車から降りて川岸に向かう俺の後をみちるや2人のヤクザがついてくる。
今日も友梨絵さんは川岸に居た。何をするでもなく、ただ黙って川面を見つめて立っている。
「友梨絵さん、小野寺です。先日お話した通り美咲ちゃんを探しに来ました。強力な助っ人を連れてきましたよ」
俺の声に友梨絵さんがこちらを振り向き、俺達一向に会釈をした。
「どうか……、娘を、娘の美咲を見つけてください」
そう言い終えて友梨絵さんは深々と頭を下げた。
「奥さん、俺達が何としてでも娘さんを見つけるから安心しな」
そう話しかけた平沢の声に、友梨絵さんは頭を下げたまま、嗚咽を漏らし、一言「お願いします」とだけ答えた。
俺達4人は車に戻った。俺はエンジンをかけるとルームミラに写るヤクザ2人に指示を仰いだ。
「さて、どうします?」
「そうだな。川沿いをここから下流に向けて少しゆっくり走ってくれるか」
ずっと無口だった後長が俺にそう指示を出した。
俺はカーナビを操作し、地図の縮尺を小さくして阿武隈川周辺の道路がどうなっているのか画面を見た。
「後長さん、道路は必ずしも川に沿っているわけではないようですが……」
「構わねぇよ、第六感で霊の気配を探るからな。それよりもラジオを消してくれ。第六感を働かせるためにも、五感は研ぎ澄まさなきゃならねぇからな。なるべく集中したいんだ」
後長はそう言うと目を閉じて黙って俯いた。俺は後長に言われた通りにラジオを消して車を発進させた。
ラジオが消された車内はこもったエンジン音が響く以外は静かだった。
時折ルームミラーで後部座席の様子を伺うのだが、後長は変わらず俯いたまま膝の上で両手を組んでいる。
こんな姿勢で車酔いしないのだろうか? 俺はそう聞きたい衝動を堪えて阿武隈川の下流に向けて少しゆっくりした速度で車を走らせた。
県道45号線を丸森町役場方面へ、観光案内所を過ぎたところで左折し、やがて町役場近くの丸森交番を通過……それでも後長は変わらず黙ったままだ。
やがて国道との交差点を右折し国道113号線に入る。
本当にこのオッサンは霊感なんて持ち合わせているのだろうか?
助手席のみちるを見ると、彼女は窓の外を眺めている。ルームミラーに写る平沢は何やら考え事をしているように見えた。
音のない車内で皆一体何を考えているのだろう? 普段何かしらラジオなどの音を流している俺は軽く苛立ちを覚えた。
少しして町立金山小学校近くのガソリンスタンドのある交差点を左折すると、やがて景色は住宅が立ち並ぶ街並みから田んぼが広がる風景に変わった。
道がまた阿武隈川に近づいた時、後長が大声で叫んだ。
「停めろ! ここだ!」
俺は完全に油断していたのでビクッとして急ブレーキを踏んでしまった。
助手席のみちるも一体何事か? と言いたげな驚いたような表情をしている。
後続車がクラクションを鳴らし、追い越して行く。
俺は我に返ると車を路肩に寄せ、ハザードを点灯させた。
「ご、後長さん、ここって……、ここなんですか?」
まるで日本語になっていない俺の問いかけに後長は「そうだ」とだけ答え、車から降りた。
俺を始め、平沢やみちるも車を降りた。
後長は一人土手を登っていく。俺達も急いで後長の後を追った。
一人土手の上で川を見つめている後長に問いかける。
「ここの川底に美咲ちゃんが居るんですか?」
俺の問いかけに、後長は無言で指を指した。彼が指し示した先には川面から半分ほど巨体を露わにした岩があった。
洪水の被害に対する復旧工事は町のあちこちで進められているものの、川の中に転がっているこの巨岩などを見る限り、すべてが水害前のように戻っているとは言えないようだ。
「あの岩の下に……、居る」
後長はそう言うと、その場に座り込んでしまった。見ると彼は全身に汗をびっしょりとかいている。
「おお、よくやった。よくやったぞ後長! 大丈夫か?」
平沢がそう言って座り込んでいる後長を介抱した。
それにしてもあの巨岩。あんな大きな岩の下に遺体があるとは……。
そりゃ警察や消防の捜索隊がいくら探したって見つからない訳だ。
「あっ! 小野寺さん! あそこ!」
俺の不意を突いてみちるが大きな声を上げる。
彼女が注目する方を見ると、土手の上、数百m先に誰かが立っている。
俺はすぐにそれが美咲ちゃんだと分かった。もはやそれがマイメロディのぬいぐるみであったとは分からないほど泥で汚れグチャグチャになった物体を抱え、全身が泥だらけだからだ。
「美咲ちゃん! 必ず助けるから!」
俺がそう叫ぶと、その小さな存在は煙のように消え去ってしまった。
「でも小野寺さん、どうするんです? あんな大きな岩、私たちだけじゃどかせられませんよ。おまけに半分以上川に浸かっていますし……」
「……そうだよな。せっかく美咲ちゃんの居場所が分かったってのに。ここまで来て打つ手なしかよ。クソッ」
俺が吐き捨てるようにそう言った矢先、平沢が何やら呟き出した。
「仮締切工に、矢板工、水替工……、と言ったところか。……それにあの岩じゃ、そこらのラフテレーンクレーンじゃ埒が明かないな。
100t吊りのクローラークレーンでなんとか間に合いそうだ」
「は? 親分さん、一体何を言っているんです?」
俺の問いかけに平沢は満面の笑みで答えた。
「小野寺ぁ。ウチはな。浅井総業は表向き土木工事の会社なんだぜ?
河川工事だってやってるんだ。最近は何かとヤクザ稼業は厳しくてな、まじめに土木工事もやってたって訳よ。
それに俺は腐っても仙台の浅井総業の3代目組長だ。俺が声を掛ければ東北中から土木業者を集められるぜ」
みちるが両手を胸の前で組んで、目をかがやせて平沢を見つめている。
「組長さん、スゴーイ! 流石仙台一のヤクザ屋さん! 素敵!!」
平沢は照れ臭そうに頭を掻いた。
「あの、組長。せっかくのお申し出に水を差すようで悪いのですが……、そんな大掛かりな土木工事の代金なんて、……俺、払えないですよ」
「なーに、端から半グレのガキに金を払わせようなんて思っちゃいねぇよ。大体、億超えになるぜ、こりゃあよ」
「お、お、お、億!」
みちるが興奮を抑えられずにそう言った。
「あぁ、まず土嚢をクレーンで積み上げて、あの岩を囲う。
土嚢って言ったってお前らが想像してるような小せぇ土嚢じゃないぞ、クレーンじゃないと持ち上げられないような大きな土嚢だ。
ただ、これだけの水量の川だから、土嚢だけじゃ決壊するだろう。だから、土嚢の内側にデカくて厚い鉄板を打ち込んで壁を作る。
そして、囲いの中の水を大型ポンプで吸い出して、そうだな……、削岩機であの岩を砕いて小さくするか、あるいは何本か杭でも打ち込んでクレーンで吊ってどかすんだ」
「でも、親分さん。それだけの工事じゃ一か月はかかるんじゃないですか?」
平沢が俺を見て「フン」と鼻を鳴らした。
「分かってるよ、お前は後4日で死ぬんだろ? 人手を集めてよ、24時間三交代でやればなんとかなるんじゃねぇか? ヤクザの意地ってモンを見せてやろうじゃねぇか」
「ありがとうございます!」
俺とみちるはそう言って平沢に頭を下げた。
「なに、いいって事よ。死神に頼まれたら、流石の極道でも断れねぇからな。それにもうそろそろ潮時だと思ってたんだ」
「潮時って、……何がです?」
俺が不思議そうな顔をしてそう尋ねると、平沢はタバコを口に咥え、火をつけて深く息を吸い込んだ。
煙草の煙をフーっと吐き出し、そしてしみじみと言った。
「組の資産を半分出してトントンってところだろうな。残りの半分は組員たちに平等に分配する。ヤクザを辞めた後、しばらく食って行けるようにな。それでスッカラカンよ。
こうなっちまったらヤクザは続けて行けねぇ。後は組を畳むだけよ。
まあ、年々ヤクザに対する世間の締め付けは厳しくなるばかりだ。きっかけがあって良かったのかも知れない。 ズルズルとヤクザを続けて、そのうち首が回らなくなるよりはな。
それに人様の役に立つ事でもしておきゃ、死神も大目に見てくれるんじねぇのか? なぁ、お嬢ちゃん!」
平沢に名指しされたみちるは恐縮したような表情でペコリと頭を下げた。
誰をいつ死なせるとか、地獄行きか天国行きかを決めるのは死神じゃない……、そんな事をここで言ったら野暮ってもんだ。せっかくその気になった平沢に水を差すような真似は止めておこう。
「よし、じゃあ一旦仙台の事務所に戻るぞ。善は急げって言うじゃねぇか。それにいろいろと手配しなきゃならねぇからな」
平沢はそう言うと、後長に手を貸して立たせてやり、2人で土手を降りて車に向かった。
俺とみちるも急いで2人の後を追って車に向かった。
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