僕の格好良いカノジョ

コンコン

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僕の格好良いカノジョ ― プロローグ

プロローグ

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 高校一年生になった彼のクラスは、「学校行事などでの勝負には絶対に勝ちたい!」というような、団結力を重要視していることが伺えるクラスだった。
 そんなクラスにいる彼、戸田とだまことは、人より行動が遅かった。
 これは昔からの症状だ。彼はどうしても人に合わせることができなかった。どれだけ急いでいるつもりでも、彼だけはいつも遅れていた。
 すいすいと進む美しい流れを、クラスの輪を乱すのは、いつも彼だった。
 そして、春の球技大会が行われた次の日、彼は誰からも口を聞いてもらえなくなった。
 いじめの始まりだった。
 彼は、そのいじめに耐え続けることを選んだ。
 それはクラス内だけでのいじめであった。他のクラスへ逃げれば、彼への負担は多少なりとも減っただろう。しかし、生憎彼には、他のクラスにも友達がいなかった。そのうえ彼には、他のクラスへ行って友達を作るという勇気も無かった。
 ただ、クラス内だけでのいじめなら、二年生になってクラスが変われば、自分はいじめから解放されるのではないかと考えた。
 そして二年生になり、待ちに待った新しいクラス。そこにはいじめの主犯格こそいたものの、前のクラスの人たちは当然だがバラバラになった。
 彼の隣の席になったのは、松井まつい勇那ゆうな
 前のクラスにはいなかった生徒だ。
 彼女は、隣の席に座った彼に、当たり前のように話しかけた。
「あ! 隣の席? えっと、あーし松井勇那! 勇気の勇に刹那の那! よろしくね!」
「……あっ……あ、えっと……ぼ、僕は戸田慎……って言います……。」
「まこと? って……どの漢字?」
「……あー……その、えっと……だから……これ、これです。」
 なんと説明したら良かったのかわからず、彼はスマホの画面を見せた。
「へぇ~! これ〝まこと〟って読めんだ? てか、〝慎む〟じゃん! え~マジ良い名前。親御さんからの愛 感じるわ~。」
 そう言ってニコニコと笑う彼女が、彼の目には輝いて見えた。
 クラスの、ましてや隣の席の人と話すという行為は、少なくとも彼女にとってはごく当たり前なことであることは彼もわかっていたが、久々に誰かと〝普通〟に会話できたことが嬉しかった。
 これこそが、彼の望んでいた普通の日常というものなのだろうと思った。
 わかってはいたが、前のクラスにいた人たちは彼に関わろうとしなかった。しかし、事情を知らない何人かは、彼に話しかけることもあった。
 二年生になって一週間、彼は普通の日常を取り戻したような気がしていた。
 そして更に二週間。彼がトイレの個室に入ると、上から冷水が降りかかってきた。
 個室の向こう側から、クスクスと小さく笑う声が聞こえた。その瞬間、彼は絶望した。
 そして彼は、当然のように次の授業を吹っ飛ばして、体操服に着替えに行った。
 彼が教室に戻ってくると、もう彼は誰にも口を聞いてもらえなくなっていた。
 ──彼へのいじめは、まだ終わっていなかったのだ。

 再びいじめられるようになった彼だが、そんな彼にも変わらず話しかけてくれる人が隣の席にいた。
 勇那は、恐らくいじめのことを何も伝えられていないのだろう、と彼は思った。それがなぜなのかはわからなかった。
 今度はクラス内だけでなく、同学年のほぼ全員からいじめを受けるようになった。そんな中で、彼女だけはいつもの調子で自分に接してくれる。安直かもしれないが、彼は次第に彼女に好意を抱くようになった。
 彼にとって彼女は癒し。
 サラサラとした美しい黒髪は、彼女の背中を覆い隠すほど長い。その毛先には金色のインナーカラーが入っており、たまにチラッと見える両耳には、可愛らしいハートのピアスが開いている。誰もが彼女のことを「かわいい」と認めた。彼もそう思っていた。
 彼女に会えるという唯一の楽しみを糧に、彼は学校に通い続けた。
 五月の初め、彼は教室の掃除を押し付けられた。
 一人で黙々と掃除をしていると、突然、誰かが教室に入った。
「あれっ、慎くん一人?」
 そこにいたのは彼女だった。
 彼は、まさか来ると思っていなかった人物が目の前に現れ驚いた。
「えっ……あ……なんで……ここに?」
「あーし? 忘れ物だよ。ほら、これこれ。」
 彼女は自分の机の引き出しから、英語の参考書を取り出す。彼女に勉強熱心というイメージは無かったため、意外だった。
 「それよりさぁ……」彼女は彼の方に体を向ける。そして不思議そうに尋ねた。
「なんで一人で掃除してんの?」
 彼はドキッとした。それでも平然を装い、彼は答えた。
「……あ……皆……い、忙しいみたいで……帰っちゃったんだ。」
「ふーん……酷いことするねぇ……。」
 誤魔化せたはずだ。あとは「ホントは手伝いたいんだけど……あーし急がなきゃだから ……ごめんね! 頑張って!」とでも言って、彼女は教室を後にするだけだ。彼はそう信じて疑わなかった。
 しかし、彼女は立ったままだった。
 彼は、意外と粘るな(?)と意味不明なことまで考えてしまうほど動揺していた。
 ほんの数十秒くらい経って、彼女は静かに問いかけた。
「もしかしてだけど……慎くんって、いじめられてる?」
 動揺など何も無くなってしまった。
 頭が真っ白になった、というよりは真っ黒になったという感じだった。
 様々な考えが次々と頭の中に浮かぶ。
 彼は、もう何がなんだかわからなくなり、ホウキを捨て、教室から飛び出した。
 どんな感情より、彼女に、自分がいじめられているということを気づかれてしまったのが嫌だった。
 自分が、いじめを受けるような、弱い人間であることを知られたくなかった。
 自分の弱い部分を見られたくなかった。格好悪い姿を見られたくなかった。それくらい彼女のことが好きなんだと、彼は嫌でも気づいてしまった。
 自分では必死で走ったつもりだったが、彼は誰かに腕を掴まれ、それ以上進めなくなってしまった。
「待ってよ!」
 その声を聞いて、腕を掴んだのは彼女であるということがわかった。「女子に追いつかれるとか……」と、彼は更に情けない気持ちになった。
 それと共に、やめてくれと思った。
(こういう奴らは……「先生に言おう」とか「親に言おう」とか言ってくる。それができたら……もうやってんだよ! お前らにはわからないだろうな、人に打ち明けることが……どれだけ怖いか! どれだけ恥ずかしいか! 助けてるつもりかよ……偽善者が!)
 ブチギレる準備ならできていた。
 だからこそ、彼女はいじめのことを何も伝えられていないのだろうと思っていた。
 彼はもう、彼女が今から言う言葉に、期待などしていなかった。
「あーし、誰にも言わないよ。」
 ……あまりに予想外の言葉に、彼は何もすることができなかった。
 怒りのような感情も、驚きに飲み込まれてしまった。
「誰にも言わない。慎くんがいじめられてることは、先生にも……あーしの周りにも慎くんの周りにも、誰にも言わないから。」
 それは、自分の望んでいることだと、彼は思った。どうして……そんなことを言ってくれるのだろうか?
 彼女は、彼の手を両手で優しく包み、語りかけるように言った。
「だから……いじめそれのこと、もう少し教えてくれない?」

 二人は教室に戻ると、周りに誰もいないことを確認し、静かに話し始めた。
「辛くなったら、言いたくなかったら、無理に言わなくて良いからね。」
 彼が頷くと、彼女は質問を始めた。
「まず、いつからいじめられてるの?」
「……一年生の……球技大会が終わったあとから……急に……。」
「原因はわかってる?」
「……僕が……人より行動が遅いから……。そのせいで……負けたから。」
「なるほどね……。」
 彼は、こんなにペラペラと話してしまって良いのかと、心のどこかでは不安があった。それでも、なぜか彼女には話しても大丈夫だという気がしていた。
 彼女は「それじゃぁ……」と、続ける。
「……何度も、ごめんなさいって思った?」
 はっとした。彼女は、ただ正義感で自分を助けようとしているのではないとわかった。
「怒りも湧いた? 誰かに言おうとして、その度に喋れなくなったりした? 死ぬのはなんか負けたような気がした? 怒りよりも恐怖心が勝った? 助けてくれる人はいないと思って、諦めたりした? ……それでも、支えになってくれる人がいたら……有難いと思う?」
 胸がいっぱいになった。
 彼は、こんなにも的確に、自分の心の内を言葉にしてくれる人がいるなんて、思ってもいなかった。今の言葉と、いじめられている時の自分の感情は、当てはまっていた。
 本当にわかってくれる人の言葉だった。
 ただ、正義感だけで、自分の正しさだけで助けようとしてくる奴とは違うと思った。
 彼の目には、涙が浮かんでいた。
 そして、彼女に返事をする。
「……うん……っ!」
 そう力強く頷くと、彼女は、彼を胸に抱き寄せた。
 背中と頭をしっかり支えるように抱き寄せる彼女の暖かさが心地良かった。
「スゴい。慎くんは本当にスゴいよ。ずっと耐えてきたんだね。辛かったでしょ。でも」 ……その時、彼女の雰囲気が変わった気がした。『もう無理する必要は無いんだよ。今日からはアタシが着いてる。アタシだけは絶対に何があっても、慎くんのことを裏切らないから。これからは……アタシが、慎くんのことを守ってみせるから。』
 そんなことを言われたら……。彼は思わず声を出して泣いた。
 いつもの明るい勇那の声ではなかった。
 低い声だった。少し怖いと感じるほど低い声だったが、彼女から感じる安心感が、心地良かった。
 褒められたのも、優しい声をかけられたのも久々で、彼は幸せでいっぱいになった。
 彼女なら信じられた。それが好きな人だということも、嬉しくて仕方がなかった。
 さっき、彼女のことを「偽善者」だなんて言ってしまったことを後悔した。
 彼女は、泣き止むまで待ってくれた。
 ……ほら、彼女は、こんなにも優しい。
 彼が落ち着きを取り戻すと、自分が好きな人の胸に顔を埋めているという事実に気がついてしまい、反射的にバッと顔を離した。
「あっ、ご、ごごごごめんなさっ……!」
「? なんで謝んの? 慎くんは偉いよ。」
 そう言ってニコッと微笑む。彼女は一体、どこまで優しいのだろう、と彼は再び泣いてしまいそうになった。
「てか、そろそろ帰ろっか! 門、閉まっちゃうし!」
 彼女の声に、彼は帰る準備を済ませ、廊下の方を見る。
 そこは薄暗かった。
 帰ろうとする彼女を見て、彼は咄嗟に声をかけた。
「あっ……あの……!」
「うわ、びっくりした……何?」
「……その……廊下、一人で歩くの……怖いから……つ、着いてきて……ほしい……かもしれません……。」
 そう言った彼の姿を見て、彼女はきゅんとしていたのだが、彼がそれに気づくことはなかった。
「……良いよっ! ふふっ! ほら、行こ?」
 そう言って彼女が手を差し出す。
 彼は、「流石に……」とも思ったが、折角出してくれたのに、それをないがしろにするのは違うと思い、彼女の手を取った。
 すると、彼女は驚いた表情になった。
「えっ、あっ、あーし、そーゆーつもりじゃなかったんだけど……。」
 その言葉に、彼は顔を赤くさせた。
「……えっ!? あっ! そーですよね!?」
 彼が手を離そうとしたが、彼女はその手をぎゅっと強く握った。
「あー、いやいや! 全然やだったとかじゃないから! ……このまま行こ?」
 彼は困惑するしかなかった。
 なぜか、好きな人と、手を繋いで歩いている。
 もう何もわからない。
 ただただ、嬉しいという気持ちだけはあるのだが、目の前がパチパチと光っているような感覚がして、消えてしまいそうだった。
 冷静になれない。ふわふわとした感じで、しっかり物事を考えられなかった。
 下の方まで着くと、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。
「あー、そういや……ごめんね……。〝もしかしてだけど〟なんて聞き方、答えにくかったよね。」
「……えっ!? あ、いやいや全然! アレは別に松井さんのせいとかじゃなくて好きな人にカッコ悪いところ見られるのってすごい嫌だよなみたいな……!」
「……え?」
「……えっ……え、あっ……。」
「ふふ……前から思ってたけど、慎くんってホント可愛いよね。」
「……か? え!? いやいやいや僕に可愛いなんて贅沢すぎるというかその言葉はむしろ松井さんが受け取るべ……き……。」
 その後の言葉は言えなかった。
 もう何も言わない方が良いとまで思った。何を言っても、墓穴を掘ってしまいそうな気がした。
「……また……あの聞き方して良い?」
 鼓動が大きくなった。
 どんどん、速く大きくなっていく。
 うるさい……本当、うるさい。
「もしかしてだけど……慎くんって、あーしのこと好き?」
 そこで耐えられなくなって、彼は顔を伏せるしかなくなってしまった。
「……好き……。」
「ふふっ、じゃぁ付き合おっか!」
「…………え?」
「あっ、てゆーか! 恋人になったら、独占欲とか出てくる訳だし? 慎くんのこと、ちょー守れるようになるんじゃね!?」
 そう言って生き生きとする彼女の姿に、彼は追いつけなかった。
「そーだ! 明日あーし校門前で待ってるからさ、一緒に教室入ろーよ! そんで、クラスの奴らに見せつけてやろ!」
 言葉は頭に入ってくるが、それを処理する能力が追いつかなかった。
「うん、やっぱ完璧な作戦だわ! じゃ、明日からよろしくね!」
 自分が理解する前に話が勝手に進み、いつの間にか彼女は帰ってしまっていた。
 彼は呆然と立ち尽くす。
 暫くして、後ろから「おーい、そんなとこで突っ立ってないでさっさと帰れー。門閉めるぞー」という先生の声が聞こえた。
 彼はもたもたしながら靴を履き替え、足早に校舎を出た。
 帰宅し放課後の出来事を冷静に処理する。処理していくうちに、自分の顔が火照っていくのがわかった。
 自分は、彼女と付き合うことになり、明日早速クラスの人にそのことを明かすらしい。
「なんか……今日……疲れた……。」
 たった一日の間に起きた、ある日の放課後の出来事は、彼にとって、何よりも濃い時間だったようだ。
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