だってアンデッドだから。

コンコン

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【上】怪奇現象の犯人

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 ──窓から外を眺める。
 木、木、木……。
「あーあ。暇だなぁ。」

           *

 彼女は、小さな頃から親がいない。
 普通ならどこかに引き取られるのかもしれない。でも生憎、祖父母もいない。親戚はいるのかいないのか微妙な存在。
 彼女の記憶に残っている両親は、なんだか疲れた様子だった。静かに暮らすことを望んでいるという感じで、進んで交流しようとしなかった。
 そんな彼女の両親は、彼女のことを誰にも話さなかった。誰にも話さないまま、死んでしまった。つまり彼女の存在は、誰にも知られていない。
 残ったのは、この無駄に大きな屋敷だけ。
 一人の彼女にとっては、とにかく持て余す屋敷。
 でも、ここから離れても行くあては無い。それに一応ここは彼女の所有地だ。
 そう思い、彼女は仕方なく屋敷で過ごしている。
 しかし面倒。彼女は毎日そう思っていた。
 生きるのって面倒。飲むのも食べるのも面倒。もう一日中ずっと寝ていようか。
 そうして彼女は、飲食や運動をやめた。
 結果、死んだ。
 しかしなんの偶然だろうか。彼女は上手い具合に月の光に照らされ、不老不死のアンデッドとして、再び目を覚ました。
 見た目は死んだ時と一緒。服装はパジャマ。変化したのは目の色だけ。彼女はオッドアイになった。
 アンデッドになった彼女は思った。
「お腹も減らないし、何しても死なない。それってつまり──……寝放題ってことじゃん!」
 結局は、アンデッドになる前と似たような生活を続けることとなり、暇な日々を送った。
 ある部屋の奥にあった古いパソコンは、動きはするがオンラインは使えない。暇な時はオフラインでできるフリーゲームで遊ぶ。しかし、それもカクついて仕方ない。純粋に楽しいとは言えなかった。
 もの自体は沢山ある。でも、一人じゃ何もできないし楽しくない。
「あ~、なんか無いかなぁ。」
 今日もまた、彼女は日めくりカレンダーを破る。

 一年が経った。
 日付だけは忘れないよう、彼女は屋敷中から紙をかき集め、カレンダー代わりを作る。
 恐らく両親がどこからか貰ったカレンダーは大量にある。今年と同じ並びのものがあれば使う。しかし閏年などもあり、今年と全く同じというものはあまりない。
 だから彼女は、カレンダー代わりを作る。それは彼女にとって究極の暇潰しだった。
 しかし……それも十年も続けていれば、流石に慣れてしまった。
 彼女は何か刺激を求めていた。
 見たことの無いもの、聞いたことの無いもの、別になんでも良い。新しい何かに出会いたい!
「本当……何したら良いのよ。」
 呆れた声を出し、深くため息をついた彼女は、カレンダーに印をつける。

 ある日、人が来た。
 彼女は珍しい出来事に心が踊った。
「まさか! こんな場所になんの用だろう?」
 窓から姿を見てみる。男三人、女二人。
 暇だからと、戸外の音が聞こえる穴を開けた。風が入らないように蓋もつけ、外側からも内側からも見つけにくくなった。
 ……なんでDIYが上手くなっているんだ……。
 ああ、そんなことよりこの人たちは……と、彼女は穴から外の人たちの声を聞いた。
 上手く聞き取れなかったが、「準備して」などと言っている様子だった。
 「カメラ、カメラ」「入ってる?」「いくよー」 ……え、動画撮影? と彼女が思ったのも束の間、急に静かになると、始まった。
 元気に「おはこんばんにちは~」という挨拶から始まり、自己紹介した後、今回の動画の企画を説明し始める。……彼女の知らない世界だ。
「今回は、この、怪奇現象が起きると噂されている『森の舘』に潜入してみようと思います!」
「いやぁ~雰囲気ありますね~。」
 彼女は呆気にとられた。
(そんな噂……全く知らないんですけど……?)
 それより、ここは自分の所有地だ。彼ら五人は不法侵入ということになる。
 そんなことを考えていると、五人は衝撃の事実を話し始めた。
「あ、もちろん入る許可は取ってありますよ!」
「不法侵入だ~! とか騒がれると困るからね笑」
(なんで住人からの許可は出てないのに不動産からは許可が出てるんだ!?)
「そーそー。意外と廃墟って勝手に入っちゃダメなんだよね~笑」
(おい勝手に廃墟にすんな!?)
 五人は更に話し続ける。
「ちなみにここ、グーグルマップにも表示されないんですよ!」
(私の屋敷 載ってないの!? どんだけ辺鄙な場所なのよ!? 私ここの住所知ってるわよ!?)
 次々に出てくる知らなかった話に、彼女は頭の中で怒涛のツッコミを入れる。
「それじゃぁ、潜入してみましょうっ!」
 その一言で、彼女はハッとした。
 まずい。どうする? 彼女は打開案を考えた。
(出てきて「私ここに住んでるんですが」って言ってみる? 信じてもらえるか? 絶対ここで死んだ幽霊だって思われる! いや死んでるんだけど!)
 かと言って、屋敷の所有者として正式に認めてもらうのも面倒だなと思った。
 彼女は、とにかく今日はあの五人に帰ってもらうことにした。五人は肝試しに来ているようだし、お望み通り怖がらせてやろう、と。
 この屋敷の間取りを把握しているのは自分だけだし、有利だろうと思った。
 五人が屋敷に入る。手始めに部屋の扉を思いっきり閉める。なかなか良い音が鳴った。
「うわっ! ビビったぁ……。」
 その後も、物音を出してみたり、自分でもあまりよく知らない おもちゃ、ぬいぐるみ等を動かしたり鳴らしたりする。
 最後は、赤い絵の具で「出ていけ」とかいた。
(……そこまで?)
 ちょっと大袈裟すぎるくらい、五人は怖がって出ていった。まぁ、動画の撮れ高?とか考えたら別に良いのかな、と彼女は気にしないことにした。
「そんなことより、これで静かに眠れる! あー、久々に楽しかった♪」
 彼女は満足そうにカレンダーに印をつけた。

 三年が経った。
 この間、たくさんの人が肝試しに来た。
(すっかり有名な肝試しスポットじゃない! 本当なんなのよ! わざわざカメラ映らないように注意しながら怖がらせるとか……! どんだけ大変だと思ってるの!? まぁ楽しくて慣れてきてはいるんだけどー!?)
 いや……なに慣れてんのよ……。彼女は自分自身に若干呆れた。
 それでも彼女は、楽しかった。
 人を怖がらせることが、とてつもなく楽しい。暇しか無い、あの日々には戻りたくないと思った。
(そうだ……そもそも住人の私に無許可で入って勝手に撮影してるんだから、ちょっとくらい怖がらせたって良いじゃない。)
 そうして、彼女の起こす怪奇現象は、どんどんエスカレートしていった。
 姿だけは絶対に見せない。でも、声を出してみたりして、ギリギリ気付かれないような範囲で彼女は前に出て人々を怖がらせた。
 その度に反応が面白くて、彼女にとって最高の暇つぶしだった。
 ──ある日、また肝試しに人が来た。
 男二人と女二人の仲良し四人組という感じ。
(今日は何をしよう。あ、カメラに何か映ったら、きっと怖いよね! そうだ、あの白い……オーブ! アレは光の加減によって意外と簡単に作れる。早速やっちゃおう!)
 いつも通りイタズラすると、予想通り、とても怖がっている。
 陰でクスクス笑っていたら、急に肩をトンと叩かれた。
 ビクッとして振り返ると、そこに人が居た。イタズラっぽく笑っている。
(……はぁっ!?)
 彼女は今までにない出来事に驚愕し、困惑した。
(いつから!? ていうかっ、バレた!? しかも逆に驚かされて……っ! ムカつく!)
「だれッ………………貴方!」
「ロイド。」
「名前を聞いたんじゃなくて!」
「ふはっ! 知ってる笑 僕ビックリ系とか超得意でさ。幽霊とか信じてないから誰かいるんじゃないかと思って。探してみたら君がいた。」
「ほっ、他の人たちは……。」
「先に帰っちゃったね。連絡してあるから、僕を探しに戻ってきたりもしないよ。てか、君が怪奇現象の犯人だったんだ。ダメだよ人を怖がらせちゃ。」
「なっ……! そ、そもそも勝手に入ってきたのはそっちだってのに……!」
「……そうか。ここは君の屋敷?」
「そ、そうだけど!?」
「そうだったんだ……ごめんね。」
「むっ……、う……。」
 彼女は、まさかこんなに真っ直ぐ謝罪されるとは思っていなかった。
 子供は大抵こう素直に謝ってくれることは無い。少なくとも彼女はそう思っている。自分が先に謝ったら負け……みたいな感覚が、なんとなくあって。
 そういう感覚が無いコイツは、美貌で賢くてユーモアもあって……きっとモテるんだろう。
(って! そんなことどうでも良くて!)
 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、少年はすらすらと話し続ける。
「ていうか君の名前は?」
「あ、えっと…………りふぁ……そう、リファ。」
「……もしかして忘れかけてた?」
「だ、誰かに名乗るの初めてなのよ……。」
「そっか……。君、何歳?」
「えっ、一応二十五歳……? 十一歳の時に死んでアンデッドになったから、十一歳なのかもしんないけど。」
「あれ君アンデッドなの?」
「今更!?」
「いや見た目が人間と変わらないから……。三年間ずっと怪奇現象の犯人やってた割には、大人びてるなぁって感じはしたけど。」
「なに言ってんのよ。目ぇ見れば一発でしょ?」
「あ、ホントだ。よく見たらオッドアイ。あまりに君が可愛いから、見惚れてて気づかなかったよ。」
「──はっ……はぁ!?」
「本当に思ってるよ?」
 そう言って彼はニコッと笑う。笑顔になると、より一層、彼の美貌が引き立たれていた。
「なに言って……! 美貌の貴方にはわからないでしょ!?」
 彼女は文句を言ったつもりだったが、それに反して彼はぱぁっと表情を輝かせた。
「へぇ! 美貌だと思ってくれてるんだ!」
「あっ……うっ……。」
(やば、ちょっと口が滑った。)
 彼はいかにも〝少年〟というような顔だ。いわゆる童顔である。彼女は、その童顔が更に気に食わなかった。まるでガキを相手しているみたいで、自分が負けたり失敗したりすると、尚更ムカつく。
 正体がバレるだけでなく逆に驚かされ、挙句の果てには失言までしてしまう始末……。
 こんなの、屈辱でしかない……! と悔やむ彼女は、これ以上状況が悪くなることだけは絶対に避けたいと思った。
「私のこと……誰にもバラさないでよ?」
「君が犯人ってこと? 良いけど、一つ条件。」
「……何?」
「たまに遊びに来ても良い?」
「あ、遊びに……?」
「そう。そしたら誰にも言わないから。」
「……わかったわ。それで良いなら……。」
「ありがと! じゃぁ今日はこの辺で。またね!」
「また……。」
 そうしてロイドは走って帰って行った。
 できればもう会いたくないけど……というのが、彼女の本音だった。
 しかし、それと同時に、不思議にも思った。
(私の正体をバラさない条件が、ただ、遊びに来ること……?)
 正直、拍子抜けだった。
 どんなことを言われるのかと、多少、覚悟はしていたつもりだったが、まさかそんなことを言われるとは彼女は思いもしなかった。
「はぁ……。また来るのか……。」
 あまり人と関わりたくないと思っていた彼女は、不安に思いながらも、カレンダーに印をつけた。

 コンコンコン!
「リファ! いる?」
 アイツの声だ……と彼女は不服そうにする。
 彼女は、一度聞いた声などを当分忘れない。でも別に絶対音感があるとか、耳コピができるとかいうことではない。
 再度その音を聞いた時に、それが何の音だったかがわかるのだ。
(マジで来たのかよ……。)
 ガッカリしながら彼女は扉を開けに行く。
 扉の取っ手に手をかけようとした時──バン! ……と、急に扉が開いた。
 彼女は彼の前で目を見開く。
 その様子を見て、彼は話しかけた。
「あぁ、なんだ。開けようとしてくれてたんだ? 返事が無いから、自分で開けちゃったよ。もしかしてだけど……驚かせちゃった?」
 そう言って軽く微笑んだ、その顔に、彼女はピンときた。
「……まさか狙った?」
「ふふっ。人を驚かせるのは楽しい……ってこと、リファよくわかってるでしょ?」
 そう言って彼は屋敷に入る。
 やっぱ狙ったんだ。彼女はイラッとした。はっきり「そうだよ」と言わないのがウザい。
「んで……何しに来たの?」
「遊びにだよ。ここ遊べる物ないの?」
 自分でも把握しきれていないくらいにはある。
 物が散らかり、人も滅多に入らない部屋がある。彼女はそこを指さして言った。
「あそこ。おもちゃもゲームも大量にある部屋よ。勝手に漁って問題ないわ。」
「へぇ~。」
「じゃぁ私は向こう行くから。」
「え。」
 離れようと思ったら、止められた。彼に腕を掴まれていたのだ。
 予想していなかった出来事に困惑する。
 まるで、自分を置いてどこかへ行こうとする母親を引き止める子供のような……「行かないで」と言っているような……そんな彼の顔が、彼女に罪悪感のようなものを与える。
「なっ……何よ急に!?」
「一緒に遊ぼう?」
「……は……?」
「一緒に、遊ぼうって。」
 ……「遊ぼう」……。
 ずっと一人だった彼女には、一緒に遊んでくれる人なんて居なかった。
 だから、誘われたことだって、もちろん……。
 彼女は、誰かと遊ぶ、ということに、強い憧れがあった。
「……。」
 黙ったまま小さく頷いた。
 その反応を見て、彼はニッと笑い、彼女の手を引いて駆けた。
「やっぱり! ほら、行こ!」
「えっ、ちょっ……待っ!?」
 ここは薄暗くて古い屋敷の中で、授業中の学校の外なんかじゃないのに。
 今から探すのは遊ぶ物であって、宝物なんかじゃないのに。
 なのに、なのに……。
 彼女の目は今までで一番、輝いていただろう。
(このワクワクは、なんだろう?)

 彼は興味深そうに部屋を見て回っていた。
 彼女にはガラクタにしか見えない。何がそんなに面白いのか、さっぱりだ。
 すると彼は、何か……線で均等に仕切られた模様のある板状のもの……と、白と黒の薄いコマのようなもの……を手に持って言った。
「あ、リバーシじゃん。」
「りばーし?」
「またの名をオセロ。これやる?」
「ふーん。私ルール知らないわよ。」
「僕が教えるよ。人が来ないところで遊ぼう。」
「絶対に誰も来ない部屋なんて無……あ……いや、一つだけ……。」
「どこ?」
「……着いてきて。」
 二階の図書室の奥の奥。大事そうに透明な保護フィルムで覆われた、本がぎっしり詰まった本棚。
 実はこれは彼女が作ったものである。
 重そうなのは見た目だけ。全て軽い素材でできている。本も、カバーだけで中身は無い。フィルムは本に触れられないように貼っただけだ。
 この本棚の特定の場所を押して、本棚をズラす。そして本棚を戻す。本棚の奥の床に見える、四角い切れ込み。これは蓋で、外せるようになっている。
 その下に続く梯子を降りた先は、談話室だ。
「何ここ……。」
「談話室なんだけど、ほら、扉が壊れてるの。」
「オマケに重そうな家具が山積み、と。」
「そう。これ全部どかそうとは思わないでしょ?」
「なるほど、誰も来ない訳だ。」
 テーブルとイス、ソファもベッドも置いてある。
 ここが一応、彼女の部屋になる。一人暮らしするには丁度良いくらいの広さだ。
 そのままだと薄暗いから、彼女はライトを作って設置した。ただし、ここのコンセントは使い物にならなかったので、乾電池が必要になる。最も、彼女は乾電池が底を尽きても買いに行こうとは考えていないが。
「それじゃぁリバーシのルール説明をするね。ここ座ろっか。」
 彼は中央に板を置き、コマの半分を彼女にわたした。
「白と黒、どっちが良い?」
「……白が良い。」
「了解。まず真ん中の四つに石を置いて、先行後攻を決めるの。取り敢えず今回は僕からね。例えば、ここに黒を置いたら、この白が挟まれるでしょ? この白は裏返して黒にできるの。逆に白が黒を挟んだら白にできる。交互に石を置いて、ボードが全て石で埋まった時、自分の色の石が多い方が勝ち。」
「ほお。シンプルね。」
「ふふっ、そうでしょ? ね、遊んでみよ?」
「わかったわ。」
 ……集中してやってしまった。
 次はどのマスに置いたら良いか、自分が取られない場所は、多く取れる場所は……。
 彼女は今までにないくらい一生懸命に頭を使い、最後の一つを置いて、終了だ。
「白の方が多い。リファの勝ちだね。」
「おお~。」
「楽しかったでしょ?」
「うん! こんな面白いゲームがあったなんて。」
 するとロイドは、ニコニコと彼女を見つめた。
「な、何よ?」
「やっと笑ってくれた。」
 彼女は、彼の意図がわからず首を傾げる。
「ふふ、そんなに僕と遊ぶのが楽しかった?」
「はあ? 何それ。まるで貴方が私を楽しませました~みたいな言い方して……。」
「へぇ。違うの?」
 その言葉に、彼女はついカッとなってしまった。
「はあ? 違うに決まってるでしょ!?」
「随分と楽しそうだったけど。」
「た、楽しかったのはリバーシであって! 貴方の手柄なんかじゃないから!」
「あー、はいはい。そういうことにしとく。」
「なっ……!」
(……なんっなのコイツ! 生意気! ムカつく!)
 常に自分が優勢で、何もかも彼女に勝ろうとしてくる……というか、実際そうである。
 それがやはり気に入らない。
 いつまでも負けているような気分で、どうも納得いかないというか、彼にだけは負けを認めたくないと思った。
「じゃぁ僕は帰るね。また来る。その時もリファを驚かせてあげるよ。」
「なっ……受けて立とうじゃない。」
 そうして彼は来た道を戻り帰って行った。
 彼女は、もう彼が案内もせずに部屋から出て屋敷の玄関まで行けることに心の中で驚いた。
 屋敷に一人になり落ち着くと、彼女は「あ~」と溜め息を吐く。
(ていうか絶対はめられた~……。あーっ、もう! 「受けて立つ」なんて言っちゃったじゃない! こんなのアイツが会いに来る口実になり得るのに! も、もはや会いに来いって言ってるようなもの……? あああああ本当に!)
 彼女から悔しいという気持ちが溢れてくる。
 自分の方が絶対……!と思うが、それはない、ということもわかっており、しかし絶対それを認めたくない気持ちが、悔しさを増幅させるようだった。
 何も言えず怒りだけが込み上げ、彼女は、絶対にいつかし返してやる!と心の中で叫んだ。
 カレンダーを睨みつけ、印を殴り書きした。

 例によって彼が来た。また彼女を呼んでいる。
 彼女は、反応せず後ろからそっと近づいて……。
「あ、やっぱり居たんだ。やっほーリファ。」
「んっ!?」
 彼女が驚かせようとした瞬間、彼はくるっと後ろを振り返り、そう言った。
 そんなことされたら流石に驚くでしょ……と思いながら、彼女は聞いた。
「いつから……気づいてた?」
「ここに入った瞬間には。」
 早。
 肝試しに来てた人たちは絶対に気づかなかったのに彼には気づかれる。なぜなのだろう。彼女は不思議で仕方がなかった。
 不満を持ったままだったが、彼に連れられ、また昨日の部屋まで行く。
 今日はトランプを使い、スピードというゲームを遊ぼうと彼が提案した。
 ──悔しいが、やっぱり楽しかった。
 彼女は、今まで一度もやったことのない遊びが、とにかく楽しい。きっと、今日やったのがスピードじゃなくても、今自分は同じ感情になっていただろうと思う。もっと遊びたい。
 それがやっぱり悔しいような気もするが、それより楽しいが勝った。
 今回は彼が勝った。しかし負けても楽しかった。こんな感情になるのは初めてだった。楽しいのは彼の手柄ではない……はず。
「楽しかった?」
「楽しかったのはあくまでスピードよ?」
「ふふっ……あー、そうだったね。」
「……その態度どうにかなんないワケ……!? ホント嫌いッ……!」
「えぇ、それは傷つくなぁ。」
「むっ……ふ、ふん。自業自得よ。」
「え~?笑  でもリファもう僕に〝嫌い〟って言わないよね。」
 彼は柔らかく微笑みながら話す。
 彼女は内心ドキッとした。
「なんで……そう思うのよ。」
「だってリファは思いやりのある人じゃん。」
「はぁ? 貴方ちゃんと目ある?」
「ほら、今のも。君って最初に僕に会った時も、僕に向かって〝貴方〟って言ったよね。僕はてっきり〝お前〟とか言われると思ってたんだけど。」
 ……あの時、〝お前〟って言おうとして、流石に失礼かなって思って、咄嗟に〝貴方〟に変えたのを思い出した。
 彼女は「それは……別に……」と口ごもる。
 しかし彼は微笑んだまま優しい声を出す。
「ていうか名前で呼んでほしいんだけど。」
「名前? ……覚えてない。」
「へぇ? ……わかりやすい嘘。」
「うっ……覚えてないって。」
「そっかそっか~笑 じゃぁ肝試しに来た人を驚かせるのは撮れ高のためかな。」
「……楽しいからよ。」
「ふーん、どうだか。」
 彼女が人を驚かせるのは、楽しいから……が半分だ。
 相手もせずに寝ていたい日だってあった。でも出てきたりした。相手してあげなきゃ、きっとこの人たちは楽しくない。そう思った。
 彼女は、できれば人と関わりたくない。しかし、それは別に、人を悲しませても良い……という訳ではなかった。……だから、驚かせた。
 コイツは本当、なんでわかるのだろうか。
(傍から見れば、私なんて人々を怖がらせることを毎日の楽しみにしている悪趣味な奴だろうに。)
 ──そんなことを、わかってくれる人がいたら、嬉しくなるに決まっているのに。
「じゃぁ僕そろそろ行くね。」
「あ、うん……。」
「またねリファ。」
 彼女は冗談っぽく返した。
「もう来なくても良いのよ?」
 それに彼は純粋な笑顔で返す。
「あははっ! 無理。」
 そう言うと彼は帰って行った。
 ……最後の声が、いやにはっきりと頭に残る。
 芯の通った声。まるで、「来ないつもりはない」と彼女に言い聞かせるかのような……。
 「また来る」なんて別に嬉しくないよ。
「来ないでよ……怖いから……。」
 彼女はカレンダーに印をつけたいが、目の前が滲んでいる。

 夏休みに入ったのだろう。平日も休日も時間帯も関係なく、彼は屋敷に遊びに来るようになった。
 その間、彼女は驚かされてばっかりで、し返せたことが一度もない。
(いくらなんでも仕掛け人殺しすぎるでしょ!)
 悔しいが、いつも通り相手をする。
 そんなある日、彼に言われた。
「リファって屋敷の外には出ないの?」
 外……。
 興味が無い訳じゃない。しかし、いざ考えてみると怖くもある。
 迷子にならないか? 事件に巻き込まれないか? 流行に着いて行けるか?
 未知の物事に触れたいという気持ちはある。むしろ彼女はそれを望んでいる。だからこそ浮かれて何かやらかしてしまうのではないかと不安になる。
 彼女は、自分がそれらを防げる気がしない。
「出ないわよ。出ても行く場所なんて無いし。」
「じゃぁ目的があれば出るの?」
「いや、そういうことじゃ……あーでも……いつかは出なきゃいけない日が来るかもしんないけど……でも別に出ない理由はそれだけじゃないし……。」
 彼が、自分に向かって話しかけてくれているのはわかる。礼儀として視線は彼に向けるべきだ。でも彼女の視線は下に行くばかりだった。
 真面目な声色で、彼は聞いた。
「今まで一度も外に出たことないの?」
「ほんっとに小さい時に出たきりね。」
 もうほとんど記憶も無くなっているが、五歳頃、家柄上の付き合いだろう、両親と車でレストランに行ったことがある。
 当時、彼女はまだ体も小さく、車の窓から見える景色も小さかった。
 ましてや車に乗りながら見る、次々と流れていく景色を、いちいち覚えている訳がない。
 ……彼女にとって外は、そんな未知の世界だ。
 彼は、何か考え事をするようにしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「じゃぁ一緒に出ようよ。」
 彼女は思わずパッと顔を上げる。
 彼は、「納得」というようにニカッと笑った。
「行こう。服屋。選んであげるよ。お金はある?」
「あっ……えっと、うん、ある。」
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(……私の不安は防げる?)
 彼の問いかけに緊張が走ったが、彼女ははっきりと答えていた。
「うん……! 行く……行きたい!」

                      続
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