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第四章 三種の神器争奪編
第89話 恐山④
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風が張り詰めた空気を引き裂くその瞬間――
場面は変わり、斬撃と鋼の音が交錯する戦場。
森の中、倒れ伏した巨体を背に、三つの影が火花を散らすようにぶつかり合っていた。
「フッ……気迫は見事ですね」
二階堂の指先が弧を描きながら、空を撫でる。
「Scalpel(スカルペル) Rain(レイン))」
かざされた手から無数のメスが飛び出す――
「ふっ!」
伊庭の身体が滑るように横に流れる。
最小限の動きで、軌道を読み、かわす。
その動きには、無駄も焦りもない。数多の実戦をくぐり抜けてきた熟練者の“静かな呼吸”があった。
「っ!!」
背後、中野の鉤爪が伊庭の足元を薙ぎ払うように迫る。
ガキン!
しかし、それすら読んでいたかのように、逆手に握った刀が地面を叩くようにして受け止めた。
まるで、舞うような動作。だがその一瞬一瞬が殺意に満ちている。
「……やはり二対一では厳しいみたいですね」
二階堂は低く笑う。
「……いつまで動けるかな?」
中野が冷静に距離を詰める。
「疲労を誘うだけでいい。強者とはいえ、持久戦になれば――」
「持久戦を制したことが、何度ある?」
伊庭が踏み込んだ。
足音すら掻き消すその踏み込みは、まさに“居合の間合い”。
中野と二階堂、同時に身構える。
だが伊庭の体は、突然ふっと軽くなるように見え――
「伊庭流抜刀術、無音の太刀:五月雨」
抜刀。
その刹那、音もなく空気が断ち割られた。
視線を逸らす暇もない。
中野の頬に、一筋の裂け目。血が流れる。
すかさず後方に退避するが、反応がわずかに遅れた。
「……これは、想定以上だな」
「遊びすぎましたね」
二階堂が手袋を直しながら、冷静に視線を走らせる。
「私も少しだけ、本気をだしましょうか」
言葉とともに二階堂の身体がブレる。
「……っ! 早い」
伊庭が刀を突き出すも、すでにその位置には誰もいない。
背後――いや、右上――
一閃。刀とメスが交錯する。
紙一重で止めたその一撃の余波が、伊庭の肩の一部を裂いた。
鮮やかな紅が滲むが、伊庭の眼差しに揺らぎはない。
「……本当にしぶといですね」
「惜しかったな」
伊庭は血を拭い、わずかに笑う。
その笑みには挑発でも傲慢でもない、ただ静かな覚悟がにじんでいた。
二階堂が舌打ちし、一歩下がる。
再び空間に緊張が満ちる。
中野が左手の鉤爪を構えながら、じりじりと間合いを詰める。
「……もう少し削らせてもらう」
そして、砂利を蹴ったその瞬間――
「来い」
伊庭の声音が鋭くなる。
「小細工では斬れぬ。覚悟を持って踏み込め!」
伊庭は自分自身に喝を入れた。
三人の動きが激化する。
刀と爪、メスが交錯する中、わずかな呼吸のズレを誘い合う心理戦。
一手一手が、命の駆け引きだった。
だが、彼らの意識が集中するその背後――
異質な“気配”が確かに、地を這って忍び寄っていた。
その視線の先――伊庭の背後、倒れ伏した八岐大蛇の死骸。
(……?)
二階堂の眉がわずかに動いた。
(八岐大蛇の死骸が消えていない?)
尻尾の辺り、慟哭の剣がある場所が大きく膨れている。
もう消滅していても良い頃合いだが、むしろ……
異様な膨張が進んでいる。
「中野さん、伊庭さん、争っている場合ではないかもしれませんよ?」
その一言で、場の空気が変わった。
二階堂の呼びかけに応じるように、伊庭が一歩退き、警戒の視線を八岐大蛇の尻尾へ向けた。
中野もまた傷口に手を当てながら、同じ方向に目を向ける。
「……尻尾が、脈動している?」
伊庭の声は低く抑えられたまま、だが確かな違和感を捉えていた。
八岐大蛇の死骸の一部――その尻尾の断面が、不気味に膨れ上がっている。
内側から何かが押し広げているような、異様な“うねり”。
「これは……ただの死骸じゃない。まだ“中”に、何かがいる」
ゴウ……ッ。
空気が震えた。空の色が、ほんのわずかに“赤紫”に染まり始める。
森の木々が風もないのにざわめく。
鳥も虫も、すでに沈黙していた。
「来るぞ……!」
中野が鋭く呟いた刹那だった。
ズズッ……ズズズズズズ……
八岐大蛇の断面から、粘着質な黒煙が溢れ出す。
煙は空気よりも重く、地に這うように広がり、やがてその中心に“何かの影”が浮かび上がった。
「この気配……」
伊庭が思わず言葉を漏らす。
影はゆらりと揺れながら立ち上がる。
長い首。ひょうたんのように不自然な形をした大きな頭部。
黒地に金銀の雲文様があしらわれた羽織。
それが、粘液と霧の中から静かに“歩いて”出てきた。
「……いやはや、お騒がせしました」
声が、そこに在るだけで空気が凍る。
笑っている。確かに笑っているのに、背筋が粟立つような“寒気”が、全身を包んだ。
「八つの首を斬ったのちに、最後に残った“尻尾”……それが私というわけですよ」
左右異なる瞳。
片方は人、もう片方は……蛇。
「影とは元より、名を語らぬものです。……けれど」
細く、指を宙に浮かべてなぞる。
「“ぬらりひょん”とでも、呼んでおいてください」
空が沈むように、夕闇があたりを包みはじめた。
時が乱れ、地の色が黒く染まる。
その場に存在するだけで、世界の秩序が軋むような――そんな不気味さ。
「さあ、宵の口は過ぎました。……これよりは、夜の“統治”の時間です」
地に漂う黒い霧が蠢く。
足元の地面が、触れられた箇所から“枯れ”始める。
木々の根元が朽ち、土が割れ、影が広がる。
伊庭が刀を構える。
中野が静かに刻鋼爪を鳴らす。
二階堂の目から、笑みが消えていた。
新たな“怪異”が――そこに、確かに現れていた。
場面は変わり、斬撃と鋼の音が交錯する戦場。
森の中、倒れ伏した巨体を背に、三つの影が火花を散らすようにぶつかり合っていた。
「フッ……気迫は見事ですね」
二階堂の指先が弧を描きながら、空を撫でる。
「Scalpel(スカルペル) Rain(レイン))」
かざされた手から無数のメスが飛び出す――
「ふっ!」
伊庭の身体が滑るように横に流れる。
最小限の動きで、軌道を読み、かわす。
その動きには、無駄も焦りもない。数多の実戦をくぐり抜けてきた熟練者の“静かな呼吸”があった。
「っ!!」
背後、中野の鉤爪が伊庭の足元を薙ぎ払うように迫る。
ガキン!
しかし、それすら読んでいたかのように、逆手に握った刀が地面を叩くようにして受け止めた。
まるで、舞うような動作。だがその一瞬一瞬が殺意に満ちている。
「……やはり二対一では厳しいみたいですね」
二階堂は低く笑う。
「……いつまで動けるかな?」
中野が冷静に距離を詰める。
「疲労を誘うだけでいい。強者とはいえ、持久戦になれば――」
「持久戦を制したことが、何度ある?」
伊庭が踏み込んだ。
足音すら掻き消すその踏み込みは、まさに“居合の間合い”。
中野と二階堂、同時に身構える。
だが伊庭の体は、突然ふっと軽くなるように見え――
「伊庭流抜刀術、無音の太刀:五月雨」
抜刀。
その刹那、音もなく空気が断ち割られた。
視線を逸らす暇もない。
中野の頬に、一筋の裂け目。血が流れる。
すかさず後方に退避するが、反応がわずかに遅れた。
「……これは、想定以上だな」
「遊びすぎましたね」
二階堂が手袋を直しながら、冷静に視線を走らせる。
「私も少しだけ、本気をだしましょうか」
言葉とともに二階堂の身体がブレる。
「……っ! 早い」
伊庭が刀を突き出すも、すでにその位置には誰もいない。
背後――いや、右上――
一閃。刀とメスが交錯する。
紙一重で止めたその一撃の余波が、伊庭の肩の一部を裂いた。
鮮やかな紅が滲むが、伊庭の眼差しに揺らぎはない。
「……本当にしぶといですね」
「惜しかったな」
伊庭は血を拭い、わずかに笑う。
その笑みには挑発でも傲慢でもない、ただ静かな覚悟がにじんでいた。
二階堂が舌打ちし、一歩下がる。
再び空間に緊張が満ちる。
中野が左手の鉤爪を構えながら、じりじりと間合いを詰める。
「……もう少し削らせてもらう」
そして、砂利を蹴ったその瞬間――
「来い」
伊庭の声音が鋭くなる。
「小細工では斬れぬ。覚悟を持って踏み込め!」
伊庭は自分自身に喝を入れた。
三人の動きが激化する。
刀と爪、メスが交錯する中、わずかな呼吸のズレを誘い合う心理戦。
一手一手が、命の駆け引きだった。
だが、彼らの意識が集中するその背後――
異質な“気配”が確かに、地を這って忍び寄っていた。
その視線の先――伊庭の背後、倒れ伏した八岐大蛇の死骸。
(……?)
二階堂の眉がわずかに動いた。
(八岐大蛇の死骸が消えていない?)
尻尾の辺り、慟哭の剣がある場所が大きく膨れている。
もう消滅していても良い頃合いだが、むしろ……
異様な膨張が進んでいる。
「中野さん、伊庭さん、争っている場合ではないかもしれませんよ?」
その一言で、場の空気が変わった。
二階堂の呼びかけに応じるように、伊庭が一歩退き、警戒の視線を八岐大蛇の尻尾へ向けた。
中野もまた傷口に手を当てながら、同じ方向に目を向ける。
「……尻尾が、脈動している?」
伊庭の声は低く抑えられたまま、だが確かな違和感を捉えていた。
八岐大蛇の死骸の一部――その尻尾の断面が、不気味に膨れ上がっている。
内側から何かが押し広げているような、異様な“うねり”。
「これは……ただの死骸じゃない。まだ“中”に、何かがいる」
ゴウ……ッ。
空気が震えた。空の色が、ほんのわずかに“赤紫”に染まり始める。
森の木々が風もないのにざわめく。
鳥も虫も、すでに沈黙していた。
「来るぞ……!」
中野が鋭く呟いた刹那だった。
ズズッ……ズズズズズズ……
八岐大蛇の断面から、粘着質な黒煙が溢れ出す。
煙は空気よりも重く、地に這うように広がり、やがてその中心に“何かの影”が浮かび上がった。
「この気配……」
伊庭が思わず言葉を漏らす。
影はゆらりと揺れながら立ち上がる。
長い首。ひょうたんのように不自然な形をした大きな頭部。
黒地に金銀の雲文様があしらわれた羽織。
それが、粘液と霧の中から静かに“歩いて”出てきた。
「……いやはや、お騒がせしました」
声が、そこに在るだけで空気が凍る。
笑っている。確かに笑っているのに、背筋が粟立つような“寒気”が、全身を包んだ。
「八つの首を斬ったのちに、最後に残った“尻尾”……それが私というわけですよ」
左右異なる瞳。
片方は人、もう片方は……蛇。
「影とは元より、名を語らぬものです。……けれど」
細く、指を宙に浮かべてなぞる。
「“ぬらりひょん”とでも、呼んでおいてください」
空が沈むように、夕闇があたりを包みはじめた。
時が乱れ、地の色が黒く染まる。
その場に存在するだけで、世界の秩序が軋むような――そんな不気味さ。
「さあ、宵の口は過ぎました。……これよりは、夜の“統治”の時間です」
地に漂う黒い霧が蠢く。
足元の地面が、触れられた箇所から“枯れ”始める。
木々の根元が朽ち、土が割れ、影が広がる。
伊庭が刀を構える。
中野が静かに刻鋼爪を鳴らす。
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新たな“怪異”が――そこに、確かに現れていた。
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