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セイシュウ

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第四章 三種の神器争奪編

第98話 焔鬼 (えんき)

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 沈黙を引き裂くように、ぬらりひょんの声が高台から響いた。

 「……見事、見事。まこと、素晴らしき力でございました」

 しかし、その声音に笑みはなかった。仮面のような顔に浮かぶのは、計算か、焦燥か――その奥が読めない。

 「それではお次へ参りましょう」

 ひらりと片手を振る。その瞬間、再び戦場がざわめいた。

 焔鬼が、ゆらりと顔を上げた。

 その眼に映るのは、英斗たちを弄んでいた――十三体の異形。

 鉄鼠、火車、鵺、針女、赤舌、烏天狗、蟹坊主、清姫、濡れ女、飛頭蛮、雪女、泥田坊、牛鬼。

 いずれも、一騎当千の猛者。畏れられてきた“本物”たちだ。だが今、そのすべてが――ひとつの存在を前に、薄氷の上に立つような沈黙を保っている。

 ぬらりひょんは、それを見て、なお余裕を崩すまいと口元を歪めた。

 「……ああ、これは実に見苦しい。まるで犬が主を失って立ち尽くすようだ」

 そう言って、羽織の袖を払う。

 「行け。すべてを喰らえ。魂すら焼き尽くして構わぬ」

 静かなその一言が、合図となった。

 十三の異形が、同時に咆哮を上げる。地を駆け、空を裂き、熱気と腐臭と殺気が入り混じった濁流が、焔鬼に襲いかかる。

 その中心に立つ焔鬼は、ゆっくりと刀の柄に手を添え――

 抜き放つ。

 それだけで、空気が灼けた。

 「――踊れ。焔の鬼よ」

 地を踏む音はなかった。

 次の瞬間、焔鬼の姿が掻き消えた。

 ただ――炎が舞った。火が舞い、空間が裂けたように影が跳ねる。


 それは影のようでもあり、残像のようでもあり、ひとつではなかった。

 鬼が、何人も、舞っていた。

 影が跳ね、刃が閃き、焔が線を描いていく。

 最初に動いたのは、鉄鼠。
 獣のように跳ねて爪を振り上げた瞬間、その胸元に一本の斬撃が走った。
 鉄の装甲を誇ったはずの胸が、音もなく裂け、血の代わりに熱気が噴き出す。

 火車が咆哮し、炎を噴いた。

 だが、焔鬼はその炎の中を“影”として通り抜け、背後から一閃。

 炎ごと火車の身が断たれた。

 同時に、鵺が空から突進し、針女が針を構え、赤舌が舌を叩きつける。

 三体の連携――しかしすでに、焔鬼の“数”は一つではなかった。

 残像が散る。煙と焔を引いて、鬼たちは交差する。

 鵺の首が、半拍遅れて斜めに落ちた。
 針女の胸に炎が咲き、背から舌のような光が抜けた。
 赤舌の舌は切り裂かれ、胴体と分離し、仰け反るように崩れた。

 「……ふふ、なんと絢爛な“舞”でございましょう」

 ぬらりひょんが、思わずといった調子で漏らす。だがその瞳は細められ、笑っていなかった。

 烏天狗が棍を振るい、蟹坊主が鋏を交差させ、清姫が蛇の尾を放つ。
 だが“鬼たち”は止まらない。

 斬っては消え、現れてはまた斬る。

 一対一ではない。一対十三を、ただ一体で“舞い崩していく”。

 烏天狗の頭巾が裂け、棍が砕けるより早く胸を貫かれ――
 蟹坊主の甲羅が炎で焼かれ、鋏が落ちる前に首が跳ねた。
 清姫の哀しげな声が熱に焼かれ、白無垢ごと闇に溶けていく。

 濡れ女が髪を伸ばす――が、髪が届く前に腕が落ち、影が通り過ぎた後、身体も崩れた。

 飛頭蛮が悲鳴を上げて空を舞うが、その軌道上に“鬼”の影が跳ねる。

 喉元を斬られた飛頭蛮の首は、今度こそ“自ら”飛び去ることはなかった。

 雪女が冷気を放つ。

 空間が凍りつく。だが、焔鬼は止まらなかった。

 炎が氷を上回る速度で燃え広がり、白き衣が焦げて黒となり、雪女の表情が焼け落ちるより早く――その身体が崩れた。

 泥田坊が地を這い、牛鬼が雄叫びを上げて突進する。

 だが、それすらも“舞”の終盤を飾る装飾に過ぎなかった。

 焔鬼は、ふわりと地に足をつけ、舞を終えるように軽く回転した。

 その動きと同時に――牛鬼の巨体が、“線”で切り取られたように崩れ落ちる。

 泥田坊は自らの泥を吸い上げることなく、熱で蒸発していく。
 黒煙が立ち上り、泥の身体が、干からびたように崩れた。

 そして――

 焔鬼は、元の位置に戻っていた。

 まるで最初から一歩も動いていなかったかのように。

 刀を、静かに鞘へと納める。

 ――カチリ。

 その小さな音を合図に、最後の妖たちが、音もなく地へと崩れ落ちた。

 火も、氷も、泥も、煙も、すべて消え失せていた。

 そこに残るのは、ただひとつ――焔の鬼。

 ぬらりひょんは、静かに口を閉じたまま、しばらく動かなかった。

 瞼の奥が重い。

 体がほんのわずかに震えている。

 「……ふむ……」

 ようやく、それだけを呟いた。

 笑おうとしたが、喉が乾いていた。

 それほどまでに――圧倒的だった。

 ぬらりひょんは、しばし沈黙したまま――その唇の端を、わずかに引き結んだ。

 「あれは鬼よりも“鬼”ですな」

 初めて、声に宿るのは愉悦ではなかった。
 それは、明確な“警戒”だった。

 そっと扇子を下ろす。

 畏れ、そして――興味。

 「……これは、予想以上。いやはや、まったく……」

 焔鬼は何も言わない。

 ただ、蒼く燃える霧の中に立ち尽くし、なお、英斗を見下ろしていた。
 まるで――次に何をするかを、見極めるように。

 蒼く揺れる霧の中――焔鬼が動いた。

 その肩が、微かに上下する。静かに、深く、息を吐くように。

「ふむ……」

 低く、地の底から響くような声音が、戦場に落ちた。

 それは声というより“灼けた鉄を擦る音”に似ていた。
 焔鬼の喉から絞り出された言葉は、熱と圧を孕みながら、戦場全体に静かに広がっていく。

「久方ぶりに面白げな催しがあると覗いてみれば……これはまた――派手な祭じゃのう」

 微笑とも嘲りともつかぬ声音。
 それは生者の語り口ではなかった。

 ぬらりひょんの目が、ピクリと揺れる。

 英斗は、まだ倒れたまま、その声音を――体の芯で“聴いて”いた。
 声ではなく、“熱”として、脳に焼き付くように。

 焔鬼は一歩、英斗から離れるように前へ出る。
 その歩みに、地は震えぬ。ただ、“気配”が押し出される。

 「良い、其方ら遊戯者であるな?」

 ゆっくりと、頭を巡らせる。視線は血を流しながらもなお倒れずにいる者たち
 ――伊庭、中野、リィド、二階堂――全てに、等しく注がれた。

 「儂には、聞きたいことがある」

 その言葉に、誰も答えない。

 できなかった。

 焔鬼は、一歩を踏み出す。

 そして、静かに、笑った。

 「……動くでないぞ? 首が飛びとうなければな」

 風が止まる。

 声も、音も、心臓の鼓動さえも――一瞬、全てが“止まった”。

 誰もがその場で凍りついたまま、ただ焔鬼の一挙手一投足に縛られていた。

 ぬらりひょんでさえ、言葉を発することをためらっていた。

 焔鬼の双眸が、静かに揺れる。
 だが、そこに怒気はない。ただ――意思だけがあった。

 意思というには、あまりにも濃く、重く、灼熱に近いもの。

 それは、“災厄”が人の形を取った存在。

 問いとは何か。目的とは何か。

 その言葉を、この場の誰も、問い返すことすらできなかった。

 ただ、焔鬼が何を問うか――それが、今この夜の“命運”を左右すると、誰もが悟っていた。
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