黒スーツと二酸化炭素

SB亭孟谷

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 The world I love
  The tears I drop
  To be part of The wave, can’t stop
  Ever wonder if it’s all for you?

 われ、愛する世界よ。
 われ、流し落とす涙よ。
 その大いなる波に与らんと欲し、
 されど波は止むことなく進む。
 汝は思わざるや――
 すべてこれ、汝のためなるを。


 Red Hot Chili Peppers – Can’t Stop



 * * * * *

 鮮やかな空の青と、太陽の赤。
 
 広い道路とコンクリート。道路の脇には停車している、色とりどりのスクーターの群れ。
 建物の数はまばらで、所々青々とした木が茂っている。
 閑静な住宅街には見えないが、元々人が少なく、のんびりとした場所なであるという印象を受ける。
 そして音がしない。何かに吸収されたかのように音が無い。
 
 広い空では太陽が沈みかけている時間帯だというのに、不自然なほど人の気配がない。
 言い方を変えるなら、何か物体が動いている様子がない。
 
 木々の葉の緑が、風に流される様子だけがこの風景に現実感めいたものを与えている。

 それと天に向かって黒煙が、まばらに上がっている。
 その一つは排気ガスで黒ずんだ電信柱からであり根元に車が衝突している。 
 
 そこから10メートルと離れていない民家の窓からも黒々とした煙が上がっており、火災に発展しようとしている。
 同じ窓からは、人間が身を乗り出している。

 不思議なことに他の民家の窓からも人間が身を乗り出し、その全てが力無く両腕をだらりと垂らしている。
 民家に隣接した歩道には、大勢の人間が床に倒れている。すでに死体と化している。

 全ての死体の、顔の皮膚が剥がれている。
 倒れている多くの死体の姿勢には共通点があり、皆喉元に自らの両手を当てており、その爪が喉の皮膚に深く刺さっていることから、
顔の皮を剥がしたのは自分自身であることがわかる。

 人間は窒息している時、このような姿勢を取る。
 ここにいる全ての人間は、皆等しく窒息死している。

 道路の真ん中で、その脇で、人間が胎児のように死んでいるのである。
 そして動くものはいない。この道路を永遠まっすぐ進んでも、似たような死体が転がっているだけでそこには、
立っているものは一人もいない。そには虫も湧かないのである。
  
 胎児の姿勢で疼くまる死体を見下ろすように、青々とした木が風に吹かれている。


* * * * *

 真っ白な部屋、真っ白な壁に真っ白な天井、真っ白なテーブルに、黒スーツの男が突っ伏している。
 白カーテンが、風で踊っている。
 四十代後半くらいであり、頭髪には白いものも紛れている。
 寝息が豪快であり、ガーガーと壊れたスピーカーのような音を発しながらも、口元からはヨダレがだらしなく溢れている。

「ん……」

 男が顔を顰めて、寝息が止まると、ややあってからゆっくり起き上がる。
 崩れた髪型よりもまず気にしたのは、自分の顔である。両手であちこち顔を触り、
しまいには立ち上がって窓に映る自分の顔を確認して、やはりあちこち触る。
 
 気が済んだのか窓から離れると、周りの風景と同化した色のテーブルに体をぶつけて、

「痛つ!」
 と独りごち、恨めしそうに軽くテーブルを蹴る。

 そして大きなため息と共に舌打ちをし、突っ伏していたテーブルの水溜まりを見つけると二度目の舌打ち。
 ついには高級そうなスーツの上から、自分の肘で水溜まりを拭う。
 テーブルに両手を置き、また大きなため息。
 テーブルの脇に視線をやると、薄い紙の束がクリップでまとめられており、
 1枚目には仰々しく「最高機密」の四文字が描かれている。
 
 ……と、男の所持しているスマートフォンが鳴った。
 男は反射的にスマホを取り出し、電話に出る。

「……はい」

『起きてますか』

「起きてる。なんだ」

『……もう主任以外は集合しているもので。まだお休み中なのかと』

「え……」

 男は咄嗟に腕時計を見た。そして今日一番大きなため息をついた。

「……(ため息)すんません。二度寝してたみたいです。会議は……」
『すすめておきますよ。主任の寝坊は平常運転ですので』

「…… ……本当にごめん。すぐ行きます」

『一応プロジェクト初日ですので、しゃんとしてきてくださいね』

「あーはいはい……」

『……それと一応、中条さん。これは人類の存続と文明の維持に直結するプロジェクトであるということを覚えておいてください。
 そしてあなたはその主任なのです』

「……はい」

『わかってるとは思いますが、昨日お渡しした資料は不要です。そちらで処分してください』

「へーいよ」

『ではお待ちしてますので』

 中条と呼ばれた男は電話を切ると頭を軽く掻き、
うんざりした表情でテーブルの上に「最高機密」の資料を素手で細かくちぎり、スーツの内ポケットからはマッチを取り出して火をつけた。
 そのままテーブルの上で資料を火葬する。
 白い部屋に、黒い煙が立ち上る。
 
 男はしばらく呆然と赤い火を見つめ、今度はポケットからタバコを取り出した。
 紙巻きタバコの銘柄は「joker」である。

 テーブルの上の赤が燃え尽きるのを見届けると、資料の端の部分が燃え滓として残った。
 そこにはかろうじて、黒い文字で、「タナトス」と読み取れる部分がある。

 男はその燃え滓を拾い上げ、灰皿に移して、そこにタバコを押し付けた。

 そして寝癖も治さず、髭も剃らず、シャツもヨレヨレのまま、真っ白い扉を開けてると……

中条の黒い背中から真っ白な羽根が生え、そのまま真っ白な空に飛び立った。

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