黒スーツと二酸化炭素

SB亭孟谷

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「う2号」作戦、『現実時間』十二月二十日

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 プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
 
 ・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。

 ・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。

 ・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。

 * * * * *



『現実時間』十二月二十日。
 クリスマス・イブの四日前の事だ。
 
 見覚えのある茶色いコート、赤いマフラー姿の上田美代子の後を尾ける藤田の表情は、浮かない顔をしていた。
 彼女の睡眠時間、彼女が何時何分に、何を食べた、飲んだ……つまり、摂取したか?
 それだけでなく、上田が今いる場所の気温と湿度。何時に、何分間お手洗いに行ったか。
 さらには、上田のその日の歩数も記録して、三田村に報告しなければならなかった。
 そんな生活が始まって、一週間が経つ。

 もちろん一人では困難を極める作業なので、黒スーツの先輩、山田と二人で行っている。
 
 今回の任務の本命は、上田美代子に、とある帽子を持たせるという、
相変わらず要領の得ないものだった。それが、どう世界大戦の終結に結びつくのか……藤田は考えることを諦めた。
 
「また上田さんか……」

 上田には先月、『偶然に見せかけて』分厚い本と運命的な出会いをプロデュースした。
 その時から藤田は、この上田という女性の事が気になっている。
 
 人の役に立つ仕事を毎日している、才色兼備で高嶺の花。
 
 藤田の周りには居なかったタイプの女性だ。
 というより、それまでコンビニの店長をしていた藤田の世界には、
文句しか言わない学生と疲れた主婦という2タイプの女性しかいなかった。
『この世』の女性は、映画やドラマとは違ってこの2タイプしか当てはまらないんじゃないか?
 それが藤田が、偏見と狭い世界でもって抱いていた女性像だった。

 その上田が、再びターゲットになることを知った時藤田は、正直喜びに近いものを感じた。
 同時に、上田が自分達のプロジェクトにおいて、中心的な人物になるのだろうか? となんとなく想像した。

 藤田に与えられた任務は『二十四日の朝まで、上田美代子の健康を維持すること』というものだ。
 あと、「陰ながら」という言葉が暗黙の了解的に付け加えられている。
 
 前回の本の時は、女性に対して集団ストーカーでもしてるのかという後ろめたさがあった。
 今回は、ストーカーとかそういうのを通り越して、むしろ自分達がやっていることが怖くなってくる。
 
 とある女性の健康状態の維持に介入し、それだけを一日中考える。
 研究員ならではの不摂生な生活にヤキモキし、彼女が微熱っぽくなるたびに不安になり、彼女の近くで、マスクもしないで咳をする輩を見ると居ても立ってもいられなくなった。
 そんな生活を続けているうちに、なんだか本当に自分がストーカーなんじゃないかって思うようになってしまった。
 よくないことにこれは、れっきとした仕事なのである。 

 彼女が職場である大学の研究室にたどり着いた後、こちらも一息つける。

「顔色悪いけど大丈夫?」

「はい。上田さん昨日も睡眠時間は六時間を切ってて、朝ごはんも抜いてますからね。
 三田村さんに言われた通り、ビタミン剤を上田さんの水に溶かして……」

「あー、藤田くん。藤田くんの話」

「……あ、ぼく?
 僕は元気ですよ? ……いやいや元気も何も……」

「本当? 私、明日からいないけど大丈夫?」

「……え? そうなんですか!?」

「うん。笹井っていう教授の、今度は体調を崩させる算段を立てないといけない」

「?? ……それはまたなぜ?」

「わかるわけないよ」


 山田は藤田より年上だが、気も利いて頭もいい、とても頼りになる黒スーツだ。
 ここ数日は山田のおかげで非常に助かったし、一人ぼっちで上田と向き合わずに済んでいるのに。
 
「参っちゃうよ。午後から正反対のことしなければならないんだもん」

「……ああ、健康を維持するのと、風邪をひかせるのですか。難儀ですね……」

「本当だよ。なんかさ、こういうことやってると、私たちがずっと前、風邪ひいたり、妙に元気だったりしたのって……
 ……そういうことだったのかなあとか疑っちゃうよね」

「あー」


 結局、山田は午後に上田美代子警備任務から外れて、違う任務についた。

 ここから数日間、藤田は一人で上田を見守らなければならなくなった。
 
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