黒スーツと二酸化炭素

SB亭孟谷

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夢と嘘の終わり

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   プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
  
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。

・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。

・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。

・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。

・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。

・ アルフレッド・マーカスに、『核戦争』の不合理を植え付けました。

・ 柳楽国昭に、悲惨な別れを経験させました。


『現実時間』五月十二日。北コーカサス地方山岳地帯。早朝。

 こちらに来てから藤田は、任務の傍らで目を皿にして、夢に出てくる『あの木』を探しているのだが見つからない。

 こんなに辺りには木があるのに、見つからない。どうやらロシアの木でもないようだ。
 それはそうかもしれない。夢の中のイメージはどう考えてもアジア圏だ。

 黒スーツになってからというもの、藤田の脳味噌には『気になる』事でいっぱいだった。
 そして気になることのうちの一つ……。

 
『もしもし?』

「はい。もしもし」

『佐藤さんまだ海外ですか?』

 聞いていて実に心地の良い声が、受話器から聞こえてくる。
 できれば、ずっとこの声だけを聞いていたい。

「はい。こちらはロシア。北コーカサス地方アゼルバイジャン。イスマルリ地方が朝の六時をお届けしますよ」

 受話器の向こうから、小さな笑い声が聞こえた。

『金沢は間も無く日付が変わります』

「じゃあもう寝ないと」

『そうですね』

 そうですね。と言いながら、向こうに電話を切る気配がないのが伝わってくるのが、辛い。

『佐藤さんは、今ロシアのどこの会館を警備されてるんですか?』

「あー……」

 答えづらい質問が来た。嘘をつくことになる。
 そこに、運がいいんだか悪いんだか、電話を切らなければならない理由を見つけた。

「……あ、ごめんなさい。呼ばれちゃった。行かなきゃ」

『え、そうなんですか? ……じゃあ、ええと……』

 少しでも時間を引き伸ばすかのように、上田が素直に電話を切ってくれない。

『おはようございますと、おやすみなさい。二つの意味を込めて、おはよう。おやすみ』

「え?」

『明日からこれで挨拶しましょう』

 受話器の向こうの上田の顔が浮かぶ。きっともう、寝巻きに着替えただろう。
 シャワーで濡れた髪を乾かしながら……口数が多いのは、一杯ひっかけているからだろう。
 藤田の前では、先輩の山田が無言で腕を組んでこちらを見ている。
 早く切りたいのに……高嶺の花は意地悪だ。

『じゃあ、おはよう、おやすみ』

「うん。おはよう、おやすみ」

 藤田は電話を切った。

「まるで恋人との会話ね」

「そんなんじゃないです」

「向こうは、そう思ってるかもしれないわよ」

「……僕はそう思ってません」

「ねえ藤田くん」

 そう言って山田は熱いホットコーヒーを淹れた紙コップを一個、藤田に手渡した。

「意地悪が言いたいんじゃないの。それに、この話は多様化とかそういう次元の話じゃないのよ」

「誰が多様化の話なんか……」

「例えば、女同士が恋に落ちることだってある。もしかしたら、猫が犬に恋をすることだってあるかもしれない。
 恋した相手が、架空の人物ってこともあるかもしれない。
 でも、私たちと人間に恋は、できないんだよ。藤田くん」

「…… ……コーヒーは飲めるのにですか?『僕たち』ってなんなんですか?」

「『黒スーツ』だよ。
 人間と、似てるけど全然違う。歳だって取らない。タバコを吸う変な人はいても、食欲だって持たない。
 普通の人間と一緒にいたら、お互いを傷つけるだけだよ」

「……はい」

 自分でも思っていた言葉を、他人から言われることで想像が現実になる。
 点と線だけの絵に、色がつくように。
 
 そして気がついてしまった。

 高嶺の花は、自分に靡いたわけじゃない。
 高嶺より高い位置に、自分が浮かんでいただけなのだ。



 * * * * *


『現実時間』五月十二日。北コーカサス地方山岳地帯。同刻。

 環境調査隊の神取にも、朝から一悶着あった。

 出発前の神取の元に、いかにも険しい顔をした現地スタッフ『Murat』がやってきて、パパーハを取り上げたのだ。

「あ、おはよう村田さん」

「Sən bu cür papaqla təhlükəli iş sahəsinə getmək istəyirsən?」

「え?」

 セン、ブ、ジュル、パパクラ……?
 昨日、あんなに熱く、パパーハのことを語ってくれた村田が、そっけなく母国語で怒っている……?
 何か、自分は失礼なことをしてしまったのだろうか? 神取は不安になった。

 一方のMuratの方は、相手に言葉が通じないとわかると、備品棚から登山用ヘルメットを取り出して、神取の前に置き、パパーハを取り上げて行ってしまった。

「ち、ちょっと村田さん!?」

 神取からしてみれば、自分は山の男としてふさわしくないと、村田に思われてしまったのだろうかと不安になった。
 それにしても一体自分が何をしたというのだ。昨日はあんなに親しくしてくれたじゃないか。

「村田さん!!」

 いくら呼び掛けても、相手が反応しない。相当怒らせているらしい。
 
 あまりにも日本人がしつこく呼び掛けてくるので、Muratは振り返った。昨日は作業中なのでついてなかった首元のネームプレートが、神取の目に入る。

「……ムラート?」

 昨日の彼は、他人の空似だったのか? いやそんなはずがない。
 きっと、彼の機嫌を損ねたのだ。
 自分は、きっと、山の男にふさわしくない。パパーハを被る被らないではない。被る資格がないのだ。

 神取は、ムラートに一礼し、パパーハを諦めてしまった。
 Aチームの妨害に関わらず、Cチームの任務が行き詰まってしまった。
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