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五月十一日「か号」作戦 2
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プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。
・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。
・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『核戦争』の不合理を植え付けました。
・ 柳楽国昭に、悲惨な別れを経験させました。
『現実時間』五月十一日。北コーカサス地方山岳地帯。
正午になって上がると思われた気温は、むしろ風が強まって下がってしまった。
神取たち調査団が、オーバーロッギングによって伐採された森林を調査している。
山間の谷間にある川の、雪が溶けて泡立ち、その冷気を風が運ぶ。
吐く息が白い。
太陽はすでに頭の上にあるのに、胸元に吹き込む風は冬を引きずっている。
指先を擦り合わせても、温もりが戻らない。
人間がこれだけ寒いのだ。木を切られて坊主頭になった山はもっと寒かろう。
神取は心の中で嘆いた。
そんな中でも自分の頭だけは暖かかった。
それは、先ほどチームメイトが渡してくれたパパーハという帽子のおかげである。
* * * * *
『マルニーから各位。イスマルリ地方上空の大気の流れが変わる模様。どうぞ』
通信を、現地民の調査団メンバーに紛れているメンバー全員が聞いていた。
「……マルヒトからマルニー。それは? 雨でも降るのか? どうぞ」
『こちらマルニー。逆です! どうぞ!』
「……逆?」
* * * * *
やがて風が止むと、今度は真上の太陽が主張してきた。
実に不思議な気候である。
少し歩いている事も相まって体温は上がっている。すると、先ほどまで凍えていたのに汗をかいてきたのである。
神取は、パパーハを脱いで、汗を拭った。
* * * * *
「……こちらマルヒト。どうすんだ。帽子脱いじゃったぞ。どうぞ」
『マルサンからマルヒト。むしろ好都合じゃないかしら。
……マルヒトにおいては、神取に帽子を被り直すよう促してもらいたい。どうぞ』
「……また俺かよ……マルヒト了解」
* * * * *
伐採されたブナ林を、結構歩いた。
神取篤は歩みを止め、足元の腐葉土を見つめる。湿った土からは茸の匂いが立ち上り、指先で触れれば黒々とした泥がにじむ。
彼の耳には、遠くで響く斧とチェーンソーの音が届いていた。森を縫うように伸びた伐採道から、切り倒された丸太がトラックに積み込まれていくのが見える。
そのすぐ脇には、村人が薪を束ねて背に負い、家へと帰っていく姿がある。彼らにとって伐採は生きるための労働であり、糧であった。
見えるのは悲惨な景色だ。人間のエゴで切り倒された木、木、木。
神取は、反撃の機会を与えてあげたいとすら思った。
その幹、その枝に意志を与えて、人間の胴体を真っ二つにしてくれたらいいのに。
それにしても、数分前まで感じていた寒さが利子をつけて返ってくるとは……。
日差しが強い。これも、木の怒り、山の怒りだ。
神取が、強い日差しに薄目を開けると、
傍からあわられた現地スタッフの男が、神取が小脇に抱えているパパーハを取り上げて、無言で神取の頭に戻した。
やや褐色寄りのオリーブ肌。立派な鷲鼻に立派な眉毛。頑固そうな、山の男だ。
地元のレズギ人スタッフだろう。
「それは、被っておいた方がいい。パパーハは日除けにもなるし、汗も拭ってくれる」
「は、はい」
神取は、こういう山の男は大好きで、いつか話をしてみたいと思っていた。が、それにしても……
「パパーハは、現地の言葉で『父の帽子』それを表す意味は『尊敬の象徴』だ。土地を護る男の証として、皆これを被る」
「……日本語がお上手なのですね」
* * * * *
……あ、しまった。現地スタッフにジャックしている中条は思った。
芝居がかった口調にしてみたものの、それはまごう事なき日本語だ。
ロシア語なんてできるわけがない! どうしろってんだ!!
中条は必死で言い訳を考えた。
「……ルーツが、日本だものでね」
「そうなのですか!! 調査員の神取です! よろしく! えっと……」
まずいまずいまずいまずい!
自己紹介を求めている!! こいつの名前なんだった!? よく調べないで『ジャック』しちまった!!
「アー……」
中条がポケットを弄ったら、運の良いことにこの男のものと思われる名刺を発見した。
そこには、『Murat』とかいてあった。読めない。
「……ムラタ?」
「自分の名前を名刺で確認するんですね。それより、村田さん?
日本にルーツがあるということは、ハーフなのですか?」
「そうです! 村田です! 母が奥多摩に住んでました!」
「……父ではなくて?」
「……父でした!!」
山の威厳を語っていた、雰囲気のある男の印象が百八十度変わって、全く歯切れの悪い男になってしまった。
「とにかく! そのパパーハは山を護る男の証だ! それを被っていれば山の怒りから身を護ることもできよう。
被っておきなさい。ゴホン……」
「ありがとうミスター村田。
でも、それを聞いたら僕は、ますますこの帽子を被ることはできない。
僕は人間の代表として、山の罰を、むしろ受けにきたのだから」
神取は爽やかに返し、再び歩き出した。
…… ……大馬鹿野郎!! お前が帽子を被らないとこっちはロシアまで来た意味がねえんだっつうの!!
中条は心の中で叫んでいた。
初めての地、言葉の壁、頑固な男、Cチームにかつてないピンチが訪れた……。
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。
・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。
・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『核戦争』の不合理を植え付けました。
・ 柳楽国昭に、悲惨な別れを経験させました。
『現実時間』五月十一日。北コーカサス地方山岳地帯。
正午になって上がると思われた気温は、むしろ風が強まって下がってしまった。
神取たち調査団が、オーバーロッギングによって伐採された森林を調査している。
山間の谷間にある川の、雪が溶けて泡立ち、その冷気を風が運ぶ。
吐く息が白い。
太陽はすでに頭の上にあるのに、胸元に吹き込む風は冬を引きずっている。
指先を擦り合わせても、温もりが戻らない。
人間がこれだけ寒いのだ。木を切られて坊主頭になった山はもっと寒かろう。
神取は心の中で嘆いた。
そんな中でも自分の頭だけは暖かかった。
それは、先ほどチームメイトが渡してくれたパパーハという帽子のおかげである。
* * * * *
『マルニーから各位。イスマルリ地方上空の大気の流れが変わる模様。どうぞ』
通信を、現地民の調査団メンバーに紛れているメンバー全員が聞いていた。
「……マルヒトからマルニー。それは? 雨でも降るのか? どうぞ」
『こちらマルニー。逆です! どうぞ!』
「……逆?」
* * * * *
やがて風が止むと、今度は真上の太陽が主張してきた。
実に不思議な気候である。
少し歩いている事も相まって体温は上がっている。すると、先ほどまで凍えていたのに汗をかいてきたのである。
神取は、パパーハを脱いで、汗を拭った。
* * * * *
「……こちらマルヒト。どうすんだ。帽子脱いじゃったぞ。どうぞ」
『マルサンからマルヒト。むしろ好都合じゃないかしら。
……マルヒトにおいては、神取に帽子を被り直すよう促してもらいたい。どうぞ』
「……また俺かよ……マルヒト了解」
* * * * *
伐採されたブナ林を、結構歩いた。
神取篤は歩みを止め、足元の腐葉土を見つめる。湿った土からは茸の匂いが立ち上り、指先で触れれば黒々とした泥がにじむ。
彼の耳には、遠くで響く斧とチェーンソーの音が届いていた。森を縫うように伸びた伐採道から、切り倒された丸太がトラックに積み込まれていくのが見える。
そのすぐ脇には、村人が薪を束ねて背に負い、家へと帰っていく姿がある。彼らにとって伐採は生きるための労働であり、糧であった。
見えるのは悲惨な景色だ。人間のエゴで切り倒された木、木、木。
神取は、反撃の機会を与えてあげたいとすら思った。
その幹、その枝に意志を与えて、人間の胴体を真っ二つにしてくれたらいいのに。
それにしても、数分前まで感じていた寒さが利子をつけて返ってくるとは……。
日差しが強い。これも、木の怒り、山の怒りだ。
神取が、強い日差しに薄目を開けると、
傍からあわられた現地スタッフの男が、神取が小脇に抱えているパパーハを取り上げて、無言で神取の頭に戻した。
やや褐色寄りのオリーブ肌。立派な鷲鼻に立派な眉毛。頑固そうな、山の男だ。
地元のレズギ人スタッフだろう。
「それは、被っておいた方がいい。パパーハは日除けにもなるし、汗も拭ってくれる」
「は、はい」
神取は、こういう山の男は大好きで、いつか話をしてみたいと思っていた。が、それにしても……
「パパーハは、現地の言葉で『父の帽子』それを表す意味は『尊敬の象徴』だ。土地を護る男の証として、皆これを被る」
「……日本語がお上手なのですね」
* * * * *
……あ、しまった。現地スタッフにジャックしている中条は思った。
芝居がかった口調にしてみたものの、それはまごう事なき日本語だ。
ロシア語なんてできるわけがない! どうしろってんだ!!
中条は必死で言い訳を考えた。
「……ルーツが、日本だものでね」
「そうなのですか!! 調査員の神取です! よろしく! えっと……」
まずいまずいまずいまずい!
自己紹介を求めている!! こいつの名前なんだった!? よく調べないで『ジャック』しちまった!!
「アー……」
中条がポケットを弄ったら、運の良いことにこの男のものと思われる名刺を発見した。
そこには、『Murat』とかいてあった。読めない。
「……ムラタ?」
「自分の名前を名刺で確認するんですね。それより、村田さん?
日本にルーツがあるということは、ハーフなのですか?」
「そうです! 村田です! 母が奥多摩に住んでました!」
「……父ではなくて?」
「……父でした!!」
山の威厳を語っていた、雰囲気のある男の印象が百八十度変わって、全く歯切れの悪い男になってしまった。
「とにかく! そのパパーハは山を護る男の証だ! それを被っていれば山の怒りから身を護ることもできよう。
被っておきなさい。ゴホン……」
「ありがとうミスター村田。
でも、それを聞いたら僕は、ますますこの帽子を被ることはできない。
僕は人間の代表として、山の罰を、むしろ受けにきたのだから」
神取は爽やかに返し、再び歩き出した。
…… ……大馬鹿野郎!! お前が帽子を被らないとこっちはロシアまで来た意味がねえんだっつうの!!
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