黒スーツと二酸化炭素

SB亭孟谷

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五月十一日「か号」作戦

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『現実時間』五月十一日。ロシア、北コーカサス地方アゼルバイジャン。早朝。

 ようやく登った太陽が、草原の緑と、遠くの山を照らす。
 ブナ林特有の湿った腐葉土と木の実の匂いがそこらじゅうからする。
 遠くで鳴いているのは鳥だろうか? ……中条さんのくしゃみだろうか? 
 そして、とても寒い。人間だったら風邪をひいているところだ。

 こんな場所に黒スーツで訪れるようなのは、よほどの道楽者だろう。
 
 藤田は冷たい岩に腰をかけ、小声で電話をしている。
 電話の相手はもちろん、上田である。

『そっちは今何時くらいですか? 田舎町は素敵ですか?』

 元気な声だ。……元気でよかった。
 
「こっちはまだ、朝の六時ですよ。電話してるってことは、そちらは夜ですか?」

『はい。ついさっき、日付が変わりました』

「明日も早いんだから、寝た方がいいよ」

『うん。……でもなんとなく、佐藤さんの声が聞きたくて』

 佐藤さんの声が聞きたくて。
 それを言われたら、藤田がどう思うか解ってて言っているのだろうか。無自覚なのだろうか。
 真っ暗闇の中、藤田は首を項垂れた。

『そっちはどうですか?』

「こっち?」

『どんな場所にいるんですか?』

「そうだなあ……」

 藤田はあたりを見回す。

「暗くて何も見えない。遠くで鳥が鳴いてるけど、なんの鳥かわからない。
 虫も鳴いてるけど、それもわからない。
 僕が歩いた道が、一歩通り過ぎれば消える。まるで意味が無かったみたいに思えてくる。
 それで進んだ先には何もない。寒い。……寂しいよ」

 思わず、『寂しい』などという言葉が出てしまった。
 言ってもどうなるわけでもない、深いプールに井戸を掘るような、労力の割に意味のない。そんな言葉だ。
  
 上田はしばらくだまっていたが、
『じゃあ、早く帰ってきてください。そっちの話を聞かせてほしいです』

 などという。藤田は思わず笑ってしまった。

「そうだね。じゃあ、暖かくして寝てください。それじゃ……」

『あ! まって佐藤さん! ……おやすみなさい』

「……うん。おやすみ」

 藤田は通話を終えた。
 そして、ようやくこの間、中条さんや山田さんに言われたことに気がついた。
 このままではドツボに落ちる。それだけじゃない。上田を傷つけることになる。それは本意ではないのだ。
 項垂れて見上げる地平線には、朝焼にも夕焼けにも見える光が降り注いでいた。


 * * * * *

  プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
  
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。

・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。

・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。

・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。

・ 神取篤の、コーカサス行きが決まりました。

・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。

・ アルフレッド・マーカスに、『核戦争』の不合理を植え付けました。

・ 柳楽国昭に、悲惨な別れを経験させました。


『現実時間』五月十一日。北コーカサス地方アゼルバイジャン山岳地帯。

 防寒具はしっかり揃えてきたつもりだが、考えが甘かった。
 神取篤は野外調査の最中、身を縮こめて過ごした。

 特に山間に吹く風が暴力的な寒さだ。山を舐めていた……。

 難儀している神取に、チームメイトの一人が……

「神取先生。これを!」

 ……このチームメイトは誰だったか? 現地で合流した研究員だろうか?
 彼が差し出したのは、明らかに暖かそうな現地の帽子。
 黒いパパーハだった。

 神取は、帽子が嫌いだ。
 そんなチャラついたものを被るような人間は、科学者じゃない。

「……いえ、結構……」

「そうは言っても先生! これからも長いですよ!? 風邪なんかひかれたら大変……」

 確かに、寒さで特に耳がちぎれそうだ。
 大人しく帽子を借りることにした。

「すまない」

 神取が、黒いパパーハを被る。
 なるほど。ヘソを曲げていた自分が恥ずかしくなる暖かさだ。



 神取に帽子を渡した研究員は、後列に下がる。

「……マルサンよりマルニー。対象にパッケージを渡すことに成功」

『こちらマルニー。パッケージを渡すことに成功了解。
 順調だな』

「マルヒトが空港で、対象の耳当てを盗んでおいたのが良い仕事でしたね」

『……まあ、あの人の悪知恵もたまには働くということだ。
 マルニーから各位。任務を継続せよ。なを、Aチームなる団体からのディスターブももちろん考えられる。
 十分に警戒せよ。以上』
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