空白に舟を浮かべろ!

SB亭孟谷

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第三章 創作! 物語の世界!

第23話 ユートピアを、畏れる

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『メアリー・シェリー』
 
 イギリスにて哲学者の父親と、女性解放思想の先駆者となった母親から生まれる。
 特に母親を十一歳の時に亡くし、「母親の作品を読んで育つ」と言う特異な情緒の中で育った。

 そして十八歳のある晩、『白衣の科学者が、組み合わせた死体に“生命の火花”を与える瞬間』を夢で見たことによって、
名作『フランケンシュタイン』の創案を思いついた。
 この作品が人類初めてのサイボーグと呼ばれ。
 この作品を持ってメアリー氏は、『サイエンス・フィクションの母』と称される。

 なるほど。メアリー氏にならSFの世界の事を聞けるのではないだろうか。
 …… ただ……

「どうやって話を聞けと?」


 * * * * *
 
「『どうやって?』って。呼んだら来てくれるんじゃないですか?」

 リードが、とびきり呑気な事を言う。
 
「そんな馬鹿な! メアリー氏は一八〇〇年の作家じゃないか!
 会う事なんて不可能だ!」

「でも、ライトさんトラヤヌス皇帝と喋ったじゃないですか。彼はもっともっと過去の偉人ですよ」

 そういえばそんな事あったな。
 すると、物語の世界であるならば、大昔の人物と話ができると言う事だろうか?
 
 確かに、メアリー氏が登場する物語だってあるかもしれない。
 そうか。つまり物語の世界のメアリー氏と話すのか。

 ……つまり誰かの想像したメアリー氏と言う意味だと思うのだが、それはメアリー氏本人と思っていいのだろうか?
 これは、このパラドクスがスワンプマン問題か!? 
 沼で腐った奴の言う、三文字の男の話だ!

 ……あれ? そういえば、トラヤヌス皇帝と会ったこと、リードにいつ話したっけ?

「さあそうと決まったら、早速、物語の世界からメアリー氏を呼びますよ!!」

 * * * * *

 真っ白い空間に、僕はとりあえず僕自身と、リードを描いた。
 辺りは何もない、ただ真っ白な荒野が広がっているだけだ。

 ここに今から世界を築こうと言うのだ。
 本当に、神様にでもなった気分だ。

 僕とリードがどこまでも続く白い荒野を見渡していると、後ろから声が聞こえた。

「創作を志す友よ。私を呼んだのはあなたですか?」

 振り返ると、黒いローブに身を包んだ女性が立っていた。

 * * * * *

「SFの世界の描き方……?」

「はい。僕たちは理想的なユートピアを作り上げないといけないんです。書いてはみたのですが、行き詰まりました。
 いくら化学的に理論を組み立てても矛盾が生じるんです。
 だからメアリーさん、フランケンシュタインという巨大な『未知』を切り開いた貴方に聞いてみたいんです。
 SFとは、一体なんなんでしょうか……?」

 メアリー氏は、何もない真っ白な荒野を何も言わず眺めると、控え目な笑顔を浮かべてこう言った。

「畏れ」

「……え?」

「ライトさん……と言いましたっけ?
 貴方の中にある『畏れ』から、目をそらさないでください。
 失敗への恐怖、愛するものを失う予感、裏切られる予感、一人取り残される焦り、言葉にできない悲しみ。
 Science Fictionとは、科学の衣を着た心の寓話ですから」

 メアリー氏は、何もない空白の果てに指を指した。

「あそこに、美しい街が見えますわ」

 当然、僕には何も見えない。

「どこですか? ここにはまだ何もありませんが……」

「貴方には見えない。私には見える。
 見えないこともまた恐怖。見えていることに、目を瞑ることも恐怖なのです。ライトさんの中にある『畏れ』を、そのまま『未知』に委ねてみてください」

 僕には、やっぱり判らない。それでも心がメアリー氏の言葉から何かを感じたがっている。

「ライトさんが書こうとしている、『ユートピア』だって同じことです」

 メアリー氏が、真っ白な闇の中を歩く。僕たちは彼女の後に続いて歩いた。

「誤解されがちですが、『ユートピア』とは、ただの美しい世界でもなければ、完成された世界でもありませんよ」

 メアリー氏が指を鳴らす。すると広い道が現れ、道の脇にはロンドンの街並みが現れた。
 空は薄暗く、小雨が降っている。

「人間は、どんな世界にいても恐怖から逃れることなどできません。ユートピアとして描かれる世界とは、逆から言えば、人間が抱く恐れや傷が、もう人を苦しめないでいられる世界とも言えるのです。私はユートピアと聞くと、傷ついた人間の景色が浮かびますけれど」

 肌寒さに、リードがくしゃみを一つ、した。

「傷付けられない避難所。それは、『檻』の事なのかもしれませんよ?」

 メアリー氏が立ち止まり、空を仰ぐ。
 すると、小雨の降る雲のわずかな隙間から、太陽の光が顔を覗かせた。

「では、ユートピアとディストピアは同じ意味……という事でしょうか?」
 
 僕は聞いてみた。

「そう思うのですか?」

「わかりません。でも、メアリーさんの言葉を聞いていると、そう聞こえてきます」

 いつの間にか、小雨が止んでいて空には太陽が見えていた。

「完全なものは、必ず腐ります。私が愛したロマン派の思想家たちも、『完成された美』よりも、『生成し続ける美』を尊んだものです。ユートピアも同じです。人々が常により良くあろうと努め続ける世界こそ、本当のユートピア。そう思いませんか?」

「わかるような……わからないような」

「その素直さがあるなら、きっと大丈夫。貴方は理想郷を築けるはずですわ。ディストピアとユートピア……」

 メアリー氏は僕の目を見た。

「並べて反対の意味の言葉にしてみてください」

 メアリー氏は、自分の胸に手を当てて目を閉じた。すると、ロンドンの街は白い闇の中に暗転する。
 太陽も、雲も、白い空間の中に消えた。

「貴方がいる世界を、どう感じるかは、貴方次第という事ですわ。多くの世界をそこの女の子と歩いたのでしょう?なら、判る気がしませんか?」

 僕たちは、思わずお互いの顔を見た。

「その子とふたり、理想の世界を作り上げてください。
『ある事』を続けていればきっと大丈夫ですわ」

「『ある事』……ですか?」

 控え目な笑顔のまま、メアリー氏は頷いた。

「教えてください。『ある事』とは、なんですか?


 * * * * *

 すると、メアリー氏は不思議なことを言った。
「十八話で貴方の前に天秤が置かれた時。
 その時に出された問題の答えが、そのまま質問の答えですわ」

 *(ヒント)一人用シーソー。懐かしいですよね。前にいた、SFの世界に出てきませんでしたか?
 
 *(ヒント)でてきてない言葉、は、色々あると思いますが……明らかに一個でてきてないものがありますよね!
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