カエルのマユちゃん。

SB亭孟谷

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父の秘蔵っ子と仲良く

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「いかがなされましたかな、ご主人様」

 そう聞かれた宏明は、小屋の壁面に頭を預け、『人』という文字の二カク目よろしく全体重をかけるように壁につんのめっていた。

「いえ……『異界』って言葉がアレルギーでして……」

「それはそれは。心中お察しいたします」

「ワンワンワン」

 柴犬は、目を丸くして尻尾を振っている。まるで犬だ。

「……なんですか? ケルベロス?」

「左様。この『まゆ五郎丸』は、鈴木先生がロンドンにて見出し、以来愛情の全てを注がれた、異界犬。言わば『秘蔵っ子』と申しても差し支えありません」

「初耳ですねー……」

「ワン!」

 柴犬は宏明に駆け寄り、宏明の足に頭を擦り付けた。
 まあまあ、可愛い。

「……これ怪異なんですよね?」

宏明は老紳士に尋ねた。

「左様。其の犬は、犬語はもちろん、日本語や異界の言葉を含めて、4カ国語を理解しております」

 異界含めて4カ国語、とは、多いのか少ないのか、ピンとこなかった。

 それよりも何よりも、犬の世話まで押し付けられたことに宏明は憤っていた。

「冗談じゃない! いくら親父の遺言でも……」

「あ!! お気をつけくださいませ!!」

 と、言われた頃には、庄司は足を柴犬に噛みつかれていた。

「いーーててててて!!!!!痛い!!」

 おそらく甘噛みだろうが犬に噛まれたのは、宏明にとって初めてのことだった。本当に痛い。

 老紳士は柴犬に向かって、

「卵かけご飯!!」

 と声をかけた。すると、犬は噛むのをやめて、何事もなかったかのように 「ハッッハッッハッハッッハ……」とまん丸い目で尻尾を振り出した。

「いてて……今のは?」

「これはこれは申し遅れました。ご存じでなかったとは。
 『冗談じゃない』とは異界のロンドンでは『Bite it』を意味するスラングでございます故」

「スラング!」

 大怪我、と言うほどではなかったが、スウェットに穴が開いてしまった。

「本気で噛まれなくてよかった……なにせ、ケルベロスの由緒正しき血統にございます。本気だったら今頃どうなっていたか……」

「そういう大事なことはもっと早く言って下さい!!」

「今なんと!?」

 と、老紳士が言い終わる頃には、

 柴犬がうずくまる庄司の顔面に尻を向けて放屁をした。

「ぎゃあ!! ゴホ!!……ゴホ!!……何すんだ!!」

「ご存知でなかったのですな。
 『もっと早く』は異界のロンドンで『Fart it』を意味するスラングでございます」

 柴犬は悪びれもなく、目を丸くさせて尻尾を振っている。

「忠犬でござります故、主人の命令は絶対服従でございます」

「……主人てのは誰のことですか……」

「無論、貴方さまでございます。ご主人様」

 つい癖で、『冗談じゃない』と言いそうになり、慌てて言葉を飲み込んだ。

「お断りします……」

「なんと!? ああ! それだけは!!」

 と、老紳士が言い終わる頃には、柴犬の目から赤い光線が放たれ、

 宏明に直撃した。チクチクと痺れる。

「ぎゃああ!!」

 老紳士は、柴犬に、

「『楽天ポイント還元!』」

 と言い放ち、柴犬のビームを止めた。

「……今のは?」

「『お断り』と言う言葉がいけませんでした。
 それは異界のロンドンで『Beam it』と言う意味のスラングでございます」

 なんで攻撃系のスラングしかないんですか?

 異界のロンドンってなんですか?

 聞きたいことは山ほどあるが、どうしても納得のいかないのが一つあった。

「どうして、小林さんはそれを言っても大丈夫なんですか?」

「それは、このまゆ五郎丸は、主人の命令に忠実だからです。
 ケルベロスは異界の門の番犬。言わば異世界においての忠犬。その血が色濃く受け継がれているのです」

「ワン!」

『勘弁してくれよ』と心で宏明は思った。口に出せば、何をされるかわからないのだ。

「ではご主人様、この小屋の管理、並びにまゆ五郎丸の世話をお頼みいたします」

「ま……待って!! せめて、説明書をいただけませんか!?」

「説明書……と申しますのは?」

「私は異界のロンドン語なんてわかりません。とても育てられません!」

 すると、柴犬は口を大きく開けて、口から豆鉄砲を飛ばした。

 ……コツン、と宏明の頭にグリーンピースが当たる。

 おそらく『育てられません』が何かしらのスラングだったんだろう。

「今のは『Bean it』と言う意味のスラングでございます」

「そうでしょうね!! とにかく! これじゃあ怖くて会話になりません!」

「心中お察しします。しかしこればかりは、ご主人様に『体で慣れて』いただくしかないかと思われます」

 なんて! なんて無責任な!!
 ただでさえ怪物達を持て余しているのに! そもそも麻由を変なのから遠ざけなければならないのに庭を壊すどころか、犬まで押し付けられるなんて!!

「では、私はこれで」

 老紳士は庭から出て行こうと歩き出した。

「小林さん、この犬、主人の命令には服従するんですよね?」

「……」

 宏明は、小林を指差して……

「まゆ五郎丸。『お断りだ』」

 すると、柴犬は目をキラキラさせて、光線を発した。

 ……宏明に向けて。

「ぎゃああああ!! なんでだあああ!!」

「ははははは!! 慣れることですな!!」
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