カエルのマユちゃん。

SB亭孟谷

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千代田区の熊さん

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 鈴木家の朝は、誰かが勝手口をノックする音から始まる。

 ……必ずしも毎日そうであるわけではないが、そのような日々がどうやら多いようだ。

 おかげで鈴木家の玄関は、鈴木家の住民だけが利用する場所である。(一般的にはそれが正しいはずなのだが)

 この日も例に漏れず、ドンドンドンと苛立ったノックの音が勝手口から響いた。

 そして客人の窓口対応をするのは、決まって宏明の仕事になってしまった。

 勿論本人が志願したわけでもないのだが、習慣とは恐ろしいものである。




 それにしてもノックの音が鳴り止まない。

 がしかし、どうせ勝手口から上がり込もうとするのに、まともな人間はいないのだ。

 宏明はノックに返事も返さず、憂鬱そうに勝手口に通じる廊下を歩いていた。

 どうせ怪異だったり、怪異だったり、怪異の客なのだ。

 問題はどんな怪異かだ。宏明はここ数日で実に多彩な人ならざるものの相手をしてきた。

 気分はまるで、異世界に転生した勇者だ。不本意ながら。


「はいはい鈴木でございますー」


 息を整え、覚悟を決め(なんの覚悟かはさておいて)宏明は勝手口の扉を開けた。


 ……

 扉の向こうには、

 茶色い毛むくじゃらの、まん丸とした、熊が居座っていた。

 大きさから言ってまだ子熊。しかし種類は、日本最大級のヒグマの子熊であった。



 宏明はまず親熊が近くにいないかまず警戒したが、どうやらこの子は一人できたようだ。

「……何か御用ですか?」

 宏明はヒグマに尋ねた。

 ヒグマからは、敵意こそ感じないものの、宏明を品定めするかのように頭から爪先まで、全ての部位に視線をむけ、

「違うな」

 と、人間で言うところの10歳の男児の声で答えた。

「はあ」

「違うな。そうじゃないな」


 ヒグマは真っ直ぐに宏明を見ている。


「……えっと、御用は?」

「だから、そうじゃないな」

「はい?」

 ヒグマは、両前脚を頭の上まで挙げて万歳のポーズをとった。
 そして、諭すように宏明に語りかけた。

「お前の前にいるのは、凶暴なヒグマだな」

「……はあ」

「わかってないな。獰猛なヒグマだな」

「えっと……うーん……?」

 宏明はどうしたらいいのか困っていると、ヒグマの方は落ち着いた声で懇々と諭した。


「普通、ニンゲンはヒグマを見た時は、怖がらないとダメだな。」


 言われてみればその通りかもしれない。しかし、牛の銅像だのシャチだのを身近で見てきた宏明は完全に感覚がバグっていた。

「敬意がなってないな。怖がるのは、ヒグマに対する敬意だな」

 それは知らなんだ。……なんだかどこかで聞いたことのある論調だったので、宏明はまず受け入れることにした。

「ヒグマだ、怖!」

 するとヒグマは無表情なりにも気を良くしたのか、万歳のポーズから前足を着地させ、後ろ足の一本を挙げてピンと伸ばしてみせた。
 当然宏明にはどう言う意味かはわからない。
 ヒグマは辛抱強く宏明の次の言葉を待ったがしばらく時間が膠着していると、

「次は?」

 と聞いてくる。

 普段なら意味不明で不条理な会話にウンザリする宏明であったが、なぜかこの問答に既知感のあった宏明は、

「そして、かわ」

 と返した。

 ヒグマはゆっくり姿勢を戻した。

「やればできるな。ギリギリだったけどひとまず合格だな」

 ヒグマの客人は無表情なりに満足そうだった。
 宏明はこういう状況に慣れてきてしまっていることに正直複雑な心境だった。

「それで、御用はなんでしょう?」

「うん」

 ヒグマは、鈴木家に乗り上げ、クンクンを匂いを嗅いでいる。
 お腹を空かせているようには見えないが、何かを探しているようだ。
 そして、勝手口の匂いをひとしきり嗅いだのちに、


「よくないな」

 と口にした。

「よくない……?」

「ア翼の匂いがするな」

「……なんですかア翼って」

 すると、ヒグマの表情が心なしかこわばった感じがした。

「日本の左側の国の思想だな。ヒグマちゃん、つかぬことを質問するな。
 妙な喋り方のシャチが、ここにきたな。正直に言うな」

 と答えた。
 それで宏明の中で点と点が繋がった。

 なるほど。怪異界にも一定の思想があり、反対勢力もあるわけだ。

「あー……来ましたね。」

「よくないな。よくない」

 ヒグマの子供は、勝手口を前足で確かめるように引っ掻いた。
 コン、コンと、音がする。

「一番良くないのは、この家の構造だな。
 ここの『入口』の向きが悪いな」

「向き……ですか?」

「入口が、千代田区千代田一番一号を向いてないな」

 ……今の発言と、『左側を非難する勢力』であることと、子熊なのだがどことなく輩っぽい印象が、宏明に嫌な予感を抱かせた。
 が、確認のために宏明は試しに聞いてみることにした。

「……千代田区千代田一番一号に何があるのですか?」

「ヒグマちゃん家」

 あーーーよかった。このヒグマまでセンシティブな事を言い出すんじゃないかと思った。

「アパヂャイ思想はいつの間にか日常生活から侵食してくるな。
 日本の企業も政治家も、奴らの思想に染まりかけているな。奴ら、小賢しいな。」

 それは初耳だ。

「ヒグマちゃん、そういう輩を見かけたら修正するために訪問してるな」

「修正……」

「うん。『ア翼思想』に洗脳されたお前らを、真っ当な人間に直しにきたな」

 ……結局、輩っぽいのが家に上がり込んできたわけじゃないか!!宏明は頭を抱えた。
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