カエルのマユちゃん。

SB亭孟谷

文字の大きさ
32 / 59
シーズン2

パパが変

しおりを挟む

 ある朝の、鈴木家のリビングでのことである。

 麻由は、この間の、神社の地下室での光景がやはり気になっていた。

 あれから怖くて神社には近づけてない。しかも、老人から『誰にも言うな』と釘を刺されている。

 しかし、このことを胸の奥にしまっておくのは良いことではないのではないか、子供ながらに麻由は思っていた。

 あったかいココアの湯気の向こうには、宏明が新聞を読んでいる。

 宏明に話したところで、甲斐性なしの父親が何かの役に立ってくれるとは思えない。思えないが、まずはやはり宏明に話すべきなのではないだろうか。

 麻由はそう、思っていた。

 ココアを一口。それで息に弾みをかけて、勢いで口に出してしまえ。

「パパー」

 麻由が話しかけた。

 宏明は、肘で、鼻をほじっていた

「ナンダイ マユ」

 宏明の首の後ろからは定期的に火花が飛び散っており、
宏明が動くたびに、何かしらのモーターが動作している音が響いた。

「……パパ? 風邪ひいたの? 声がいつもより変」

「ソウカイ? ヨシ、チェックシテミヨウ」

 ガシャン!と言う音とともに、宏明は肩を落とし、深く俯いた。

 ややあって、「ボーン」という、MACが立ち上がる時と同じ音楽が響き、
ピーピーガリガリと宏明の体内から聞こえてくると、
どう言う意味があるのか、宏明は左手の人差し指、中指、薬指で、左目を押さえ、

「System standby……」と、明らかに宏明の声ではない起動音が響いた。

そして宏明の鼻から「シューー」と、ドライアイスから発せられるような白い煙を吐き出し、

「イジョウナシ」

 と言った。

 キッチンから靖子が、朝ご飯のサニーサイドアップを運んできた。

「アリガトウ ヤスコッコ」

「いいえ。麻由も早く食べなさいね」

「ねえママ」

「なあに?」

「パパが……なんか変」

「そうかしら? 宏明さんはいつも変ですよ?」

 靖子は、キッチンに戻って行ってしまった。

「…… ……パパ?」

「ワタシハ、『パパ』デハナイヨ。マユ」

「え、パパじゃないの?」

「パパ、デハナイ。『パパパ』ダ」

 宏明は、つま先で背中をかきながら、左肘で、サニーサイドアップを吸い込んだ。

「…… ……パパはどこ?」

「ヤスコッコ! ヤスコッコ! コッココッコ!」

「はーいなんですか?」

 キッチンから靖子が返事をする。

「コーヒーガ、ワッチャッチャ、ラッチャチャ」

「はいはい。コーヒーがワッチャッチャラッチャチャなのね」

 宏明は、脇で耳を挟み、くるぶしでこめかみを叩いた。

「……スマンネ。デ、ナンダッケ」

「パパはどこ?」

 宏明は、肘で自分を指した。

「パパパ、ダヨ」

「パパパやだ! パパがいい!!」

「パパパ、ノホウガ、イイヨー」

「どこが?」

 すると宏明はスマートフォンを取り出し、

「トウキョウ、テンキ」

 と、Googleに向かって言った。

「東京の今日の天気は、午前中、曇り、午後から雨の予報です。傘の準備をお忘れなく。」

 と、機械音声が喋った。

「ドヤ」

「……え、何が?」

「トウキョウノ、〒ンキ、ツラベラレルヨ」

「それだったら麻由にもできる! パパがいい!」

「パパパ、ノガ、イイヨー」

「パパパやだ! パパがいい!」

「なんですか朝から騒がしい」

 キッチンから、靖子がコーヒーを運んできた。

「ねえママ、パパは?」

「え?目の前にいるじゃありませんか。変な麻友ですこと」

「パパじゃないの!」

 宏明は、「パーン!」と鼻と耳からクラッカーを鳴らした。

「パッパパー♪」

「ほら! パパじゃない! パパこんなに面白くない!」

「あら、それは宏明さんに可愛そうですよ。
 宏明さんだって1年に一回くらいは、背伸びして磁石くらいには面白くなれることだってありますよ」

「でもパパがいい! なんでママもわかってくれないの!?」

「どっちだっていいじゃありませんか。私がいて、麻由がいて、宏明さんがいて。それでいいじゃありませんか」

 宏明は、『つむじ』で尻を掻いている。

「よくないもん! もう知らない!」

 麻由は走ってリビングを出て行った。と、トイレから出てきた宏明とぶつかる。

「イテ! こらだめだろう廊下を走っちゃ」

 麻由は、『本当の』宏明を見て、みるみる涙が溢れてきた。

「パパー!!」

「わ! なんだなんだ」

 麻由が宏明に抱きついた。


 朝から何があったのかいまだに飲み込めてない宏明は、麻由をなだめてようやくリビングに戻ってきた。靖子意外は誰もいなかった。

「……靖子さん、麻友、何かあったの?」

「なんです?」

「いや、泣いてたから……」

「さあ。難しい年頃ですからね」

「ふうん」

 宏明が、自分の席に座ろうとした瞬間、トイレから麻由の声がした。

「パパ!!」

「はいー?」

「トイレが汚い!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...