カエルのマユちゃん。

SB亭孟谷

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シーズン2

猫の奮闘記 中

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その日の、夜のことである。

 宏明はいつも通り、洗顔フォームで顔を洗い、歯を20分磨き、
ローションで耳の裏を掃除し、乾燥肌の患部にクリームを塗って寝床につき、
冬の名物詩である蓋朴画光鳥の、「ウルルルルスルラララララァ!!!」という鳴き声を聞きながら、
枕元で工事をしている小人達を払い除けて、体にヘビを巻き付かせて寝ていた。

 麻由が一人でトイレに行けるようになってからというもの、宏明は素直に眠れることが多くなった。
 今日一日のことを睡魔の川に押し流して、深い眠りの海の河口付近に至った瞬間である。

 ベシ

 と、何か獣の足のような感触のものが、額の頭に乗っかったのを感じた。

 耳元で、「シュゴシュゴシュゴシュゴ………」などという聞き慣れない呼吸音がする。あと、臭い。

 何かしらの怪異が自分に用事でもあるのだろうが、今は眠いし明日は早いのだ。

 気にせず寝返る。と、

 ベシ

 ともう一発、こめかみのあたりに足が置かれた。

 実のところ、宏明には怪異の正体がわかっていたため、

「明日にしろ。馬鹿猫」

 と言い放った。

 すると……

 2mの顔でか胴長短足口内炎猫がジャンプし、横になっている宏明に、プロレス技でいうところの『ボディプレス』を仕掛けてきた。


「ごふ!」

 思わず宏明は目を開けてしまった。そこに、マウントポジションからの猫がパンチの雨を宏明の顔面にペシペシ打ち付けた。

「痛い! 痛い! なんだよ! 馬鹿猫」

「シャイシャッテシャンシャン……ジャン!!」

 猫は気がたっているようだ。

 仕方がないので宏明は、隣で寝ている靖子と皇帝ペンギンを起こさないように、そっと部屋を出てリビングで猫の話を聞くことにした。

「シャーン……シャン……シャー」

 リビングのテーブルに、猫はカタログ広告や、ネットから印刷したものを広げていた。

 ……おそらく、麻由の誕生日プレゼントを宏明に一緒に選んでもらいたいのだろう。

「自分で選べ。馬鹿猫」

 と宏明がいうと、べし! とビンタが飛んでくる。

 宏明は、猫が広げたカタログに目を通してみた。

 選択肢1、
 黒いメリケンサック。

 選択肢2、
 どこの国のものかわからないが、洋楽で、邦題が「絶望の森に血の雨が降る」というタイトルのCDアルバム。

 選択肢3、
 AKー47ライフルのモデルガン。

 選択肢4、
 ハーケンクロイツに独裁者が直立しているデザインがプリントされているTシャツ。

「無し!! なーーーし!!! だめだこんなもん!!」

 宏明は思わず声を荒げた。
 数分前までこそ、面倒なことに巻き込んでくれるなと恨んでいた宏明であるが、
今は、猫が前もって相談してくれたことを心から感謝した。

「シャ!?」

「お前の趣味を麻由に押し付けるんじゃない!」

「シャ……シャー」

 猫は、さらに一枚のプリントを出した。どうやらこれが猫のイチオシらしい。

 それは、タミヤ25分の1スケールの、パンサーA戦車のプラモデルだった。値段はなんと3万円する。

「無し!! 論外!! 第一、小学2年生だぞ!? こんなもん作れるか!」

「猫ちゃん手伝うジャン!!」

「そういう問題じゃない! 万が一これで娘が喜んでしまった時の方が心配だ!」

「シャー……」

 猫は頭を抱えてしまった。

「じゃあ、何がいいジャン?」

 頭を抱えながら猫が尻尾を振り回して聞いてきた。

「何ってそりゃお前……」

 と、口にして宏明は、そういえば麻由が何に喜ぶのかわかってないのではないかと気づきかけた。

 いや、いや。そんなはずがない。

 俺は麻由の父親だ。落ち着け。

 去年は……何を買ってあげたんだっけ……? それを麻由は喜んだっけ……?

 そもそも麻由の趣味ってなんだ……? 

 娘のことを、答えられない。

 自分が父親として失格なのではないかという疑念が湧いてきて、宏明は不安になった。

 それを猫は見透かしてきた。

「しゃ?」

「いや! 知ってる! 娘の好きなものなら知ってる!」

「それは何ジャン?」

「麻由はー……」

 宏明は、8年に及ぶ麻由に関しての記憶の旅を、猛ダッシュで辿っていた。

 麻由が喜んだ思い出、麻由が好きといった思い出、しかし、
麻由を長野に預け、宏明が東京に単身赴任している間の娘との思い出があまりにも少ない。

 だめだ。答えられない。

 言葉につまり、宏明は下を向いてしまった。

 それをみて猫は、

「シャメ人間」

 といつもの言葉を発した。

「……そうだな。だめだ俺は」

 いつもと違い、張り合いのない宏明の姿に、猫は苛立ちを隠せなかった。

 尻尾が、荒ぶる。

「明日、素直に聞こう! 麻由に何が欲しいか!」

「ダーメジャン!」

「なんで!」

「びっくりさせたいジャン!!」

 猫は、テーブルを叩いた。

 そうか。それでこの馬鹿猫は、麻由に黙ってアルバイトをしていたのか。

 宏明はため息を一つ、こぼして、慌てて吸い込んだ。

「わかった。明日、なんとか調べよう」

「猫ちゃんは明日仕事ジャン スーパーでレジ打って、スタバでフロアーを担当して、ラーメン屋でソバ茹でるジャン」

 働くなあ……。なんだかこの馬鹿猫が健気に見えてきた。

「わかったよ」

 とりあえず、靖子に聞いてみよう。恥を偲んで。
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