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プロローグ

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「殿下、危ない!!」

 そう叫んだ私は、咄嗟に天井裏から飛び降りると着ているドレスを翻し、殿下の前に現れた刺客を風魔法で吹き飛ばしていた。
 そして目視出来る範囲に3人の敵がいる事を確認し、一人に狙いを定める。

「……っ!?」

 こいつらは私が突然現れたことに驚き、動きが一瞬だけ止まったのだ。
 だから私は風魔法を身にまとい、相手までの距離を一気に詰めていた。

 武器がない私に出来る事は少ないだけど、近衛が戻ってくるまでの間は、私が殿下を守らなくてはならないのだ。

「何よりも、殿下に手を出そうとした事……死ぬほど後悔させてあげるわ!!」

 そう叫びながら一人目を横から風で吹き飛ばし、真横にいた仲間にぶつける。二人はそのまま壁まで飛ばされたのが見えた。
 そして最後の一人が、私に短剣を投げつけた。
 直前に迫る短剣を私の風により勢いを殺して奪い取り、相手の前に飛び出る。

「なっ!!」

 驚いた相手の顔が見えた瞬間、その短剣を私は喉に突き刺したのだった。
 それにより刺客が全員倒れた事を確認して私は一息つくと、殿下のところに戻っていた。
 そして婚約者である殿下の顔が歪んでるのを見て、少し寂しく微笑んだのだ。

「殿下、ご無事でしたか?」

 そんな私に、殿下はポツリと呟いた。

「僕への暗殺者を全員倒してしまうなんて、やはりクレアはゴリラなんだね……」



 そうよ。私、クレア・スカーレットは強すぎるせいで、殿下からいつもゴリラと呼ばれていたわ。

 しかし私の見た目は特にゴリラなわけではない。
 でもどうしてそう呼ばれていたのか、婚約破棄された今ではもうわからない。

 だけどそこが婚約破棄された理由の一つかもしれないわねと、今の私はほくそ笑んでいた。 

 そして、殿下に婚約破棄された私は今……。

 

 ─── ついに、殿下の近衛騎士となる。




 今、目の前には私を婚約破棄したこの国の第2王子である、ハロルド・グランシール殿下がいた。

 だけど今の私はもう動揺なんてしない。
 だって私の後ろには、今まで一緒に頑張ってきたあの人が見守ってくれている。
 まるで保護者のようなその姿に私は少し苦笑いしてしまう。でもそれで、私の緊張はとけていた。

 深呼吸すると、足を一歩前に出す。

 甲冑がガシャガシャなり、目の前にいるハロルド殿下の前に跪く。
 私はゆっくり兜を外し顔を上げた。

 よく褒められたはちみつ色の長い髪は、今はもう邪魔なので肩ぐらいまで切りそろえられていた。そのため殿下からは私の顔がハッキリと見えたはずである。


「なぜクレア、君がここに……」

 驚きに藍色の髪が大袈裟に揺れる。
 その美しい碧の瞳が大きく見開くのを、私はじっくりと観察し歓喜した。

 目の前に見えるのは私の元婚約者である。
 第二王子、ハロルド・グランシール殿下だ。


 騎士となっていることは、ハロルド殿下も知っているだろう。しかしまさか婚約破棄を言い渡された本人が、近衛の姿になって戻って来るなど誰が予想しただろうか。

 確かに色々な事があった。でも私はその事を恨んでなど全くいない。少し癇癪を起こし騎士となっただけ。


 そう、ハロルド殿下のお側に居たい一心でここに戻ってきたのだから。



 ああ、殿下が私を認識している。

 それだけで私の体は火照りを覚える。
 でもこれは恋ではない。
 そんな感情は最初から存在していなかったのだ。


 ─── その感情はもはや崇拝。


 だけど私は、殿下を見ても全くときめいたりはしなかった。


 だって今の私は、本当に好きな人が出来たのだ。
 傷ついた私の心を溶かしてくれたその彼は、私の後ろでいつものように優しい目をしていることだろう。
 そう思うだけで、殿下に声をかける勇気がでる。


「私はクレアです。本日より貴方の近衛騎士に任命されました。殿下を命に変えても守り抜いて見せましょう」

 私は戸惑う殿下の手をとり騎士の忠誠を誓う。
 その姿だけならば、絵画のような美しい光景に見えただろう。

 そして私は大事なことを一言付け加える。

「もちろん私は殿下だけではなく婚約者様も、必ずや命に変えても守って見せますのでご安心下さい」

 殿下の顔は引きつった。

 その顔を見て思い出す。
 殿下は昔からよくそんな顔をしていた。
 昔はその顔を笑顔にしたくて頑張ったものだ。

 だがそれはもう私の役目ではない。
 私の役目は殿下をお守りする事だ。



 何より昔から殿下をお守りする事には慣れていた。

 過去に何度も暗殺者に殺されかけていた殿下。
 私が一緒に居た時どれだけ襲われていた事か。


 そして近衛を抜けて襲ってきた暗殺者を倒していたのは、この私だ。
 だから殿下に何度ゴリラと言われても、私は殿下を守り続けた。


 令嬢である私が暗殺者を倒すたび、殿下の顔は引きつっていた。

 でも一番近くで殿下をお守り出来るのは私だけだったのだ。
 私がお側から居なくなれば、殿下を命の危険にもっと晒す事になってしまうだろう……。


 ─── だからこそ、貴方のお側に参りました。




 こうして私はハロルド殿下の近衛になった。
 だけどそれまでには沢山の事件があったのだ。

 そしてこれは、ゴリラと呼ばれていた私が殿下に婚約破棄をされてから近衛になる間に、あの人に出会い恋に落ちるまでのちょっとした騒動のお話である。
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