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第2章 入団試験編

トリドルさんお覚悟を!!

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 暫く戻ってこない私を心配したのか、気がついたら目の前にはライズさんがいた。

「クレアさん、大丈夫??」

 ライズさんは先程から何度も同じように心配してくれている。だから安心してもらおうと私は強く頷いた。

 ハロルド殿下の事は今考えても仕方がないし、わからない事も沢山ある。でもハロルド殿下は何故かわからないけど私を応援してくれた。

 ならば、やる事は一つに決まっている!


「大丈夫です。トリドルさんなんて軽く捻ってきますね」
「ええと、クレアさん?」

 様子のおかしい私がやはり心配なのか、ライズさんは首を傾げている。
 そんな事を気にする余裕のない私は、元気に駆け出した。

「では行ってきます!」
「あ、はい。頑張って下さい!」

 遠くでライズさんの応援が聞こえた気がしたが、今しなくては行けないのはトリドルさんを倒すことだけである。
 私は模擬剣を受け取り、勢いよく試合会場に踏み込んだ。


「おう、クレア。遠慮はいらねぇぜ。魔法だって何でもありだ!俺とお前の勝ち負けは半々だった記憶がある。だが今回は俺が勝たせて貰うぜ!!」
「いいえ、私が勝たせて貰います!」

 堂々宣言すると、トリドルさんは口端をニヤリと吊り上げだ。
 そして女である私が勝利宣言をした事により、周りの観衆が騒めく。

 それはそうだろう。第二王子の元婚約者であるクレア・スカーレットは、突然騎士を目指した令嬢である。実力なんてたかが知れていると思うのは当然だ。


 でもここでトリドルさんに圧勝すれば、周りから疎われる事もなくなる!一石二鳥作戦です!!



 トリドルさんと、私は互いに構える。
 審判を務める試験官が、大きく笛を吹いた。戦闘開始の合図である。


 トリドルさんとの距離はそれ程離れていない。こちらに向かってくるまでの間に、私は得意の風魔法を身体に纏った。

 風魔法の特徴として補助効果が特に高く、速度がかなり上がるのである。ただ持続して使う事から体力面でかなり遅れを取る事がある。

 短時間で仕留めなくては私の負けと言うこと!


 私は風に押されるように地を蹴る。
 既にトリドルさんが顔面に迫って来ていた。
 打ち合いをしている時間はない。迫ってくる模擬剣を弾き飛ばす、そう決めたら速度は更に上がっていた。


─── 模擬剣を下から払い退ける!!!


 次の瞬間模擬剣同士がぶつかり合う音が演習場に響き渡った。それはぶつかり合う音などではなくて、その結果に私は目を見開いた。

 それは見ていた人達も同様なのか、驚愕に口が開いているのが見えた。



「あちゃぁー。模擬剣が木っ端微塵なんだけどー。これ勝敗どうなんの?」


 空気を壊すかのように、トリドルさんの声だけが聞こえていた。
 呑気な事を告げるトリドルさんの手元を見ると、持ち手から先がなくなった模擬剣だったものがそこにはあった。

 もちろん私の模擬剣も同様に破損している訳で……。


 これは仕方がない、模擬剣は木で出来た剣なので簡単に壊れてしまうのだ。
 困っているトリドルさんをみて、私は力強く頷いた。

「これは、私の勝ちですね!!」
「なんでだよ!模擬剣が木っ端微塵なんだぞ」
「いいえ、私の勝ちです。何故なら私にはまだこの風達がいますから」

 自信たっぷりに言う私にトリドルさんは顔を引きつらせた。私は知っているのだ、トリドルさんは魔法が使えない事を……。

「うっ……わかった。お前の勝ちだ、そして勿論合格だな。おめでとう!」

 少し納得が行かないのか、顔をしかめながら祝福する様子に笑いながら感謝を述べた。

「ありがとうございます」



 素晴らしい戦いだった。
 でも結果が結果だけに、納得出来ない輩が周りでヒソヒソと話しているのが、私の耳にはしっかりと届いていた。
 その様子を見ていたトリドルさんは、私に小声で話しかける。

「今回の試験はなんだかキナ臭い奴らが混じってるって話だ。充分気をつけな」


 その言葉に先程の言葉を思い出す。

 ─── 生き延びてくれ。

 そう言ったハロルド殿下の声は震えていたように思う。きっと今日何かが起こるのは間違いないのだろう。


 だから「わかりました」と頷くとトリドルさんは私の頭に手をおいて、ポンポンと撫でてくる。
 こうされると、ハロルド殿下の婚約者だった頃を思い出してしまう。

 昔はハロルド殿下を狙う刺客との戦いが終わった後に、トリドルさんは偶にこんな風に撫でてくれたのだ。
 少し恥ずかしくなりながらトリドルさんを見上げると、その顔は保護者のように微笑ましい目をしてこちらを見ていた。

「あんまり気にすんなよ!それと、合格したら勿論ウチに来てくれるんだよな?」
「は、はい。もちろんです!」

 元気に言う私に、トリドルさんは少し嬉しそうに歯を見せて笑った。

「そうか……頑張れよ!」
「はい!!」
「じゃあ、次の試験は……。第三騎士団共通講義場だから、そこから室内に入って4階にあるからな!本当頑張れよ!!」



 その言葉に背を押されるように私は次の会場にライズさんと向かった。そこでずっと聞きたかった事をライズさんに尋ねてみた。

「ライズさんはトリドルさんに勝ったんですよね?」

 私がハロルド殿下と話している間に起きたあの歓声。あれはライズさんがトリドルさんに勝ったときに起きたものだ。
 その様子を見れなかったのは勿体なかったと、ずっと話しを聞きたかったのだ。


「トリドルさん?ああ。さっきの試験官の人ですね……いえいえ、あれはまぐれのようなものですよ」
「まぐれ?」
「ええ。一瞬あの方がよそ見をして下さったものですから」
「よそ見……?」

 あの熱苦しくて戦う事が好きなトリドルさんがそんな事で負けるかしら?
 試合中だと言うのに、優先的に気にしないといけない事があったのだろうか……もしかして、怪しい動きをしている人物を見たのかもしれない。


 はらはらと考え込む私をみて、ライズさんが笑みをこぼす。何かおかしいだろうかと、顔を上げるとライズさんが優しい微笑みでこちらを見ていた。

「きっとあの方にとって、大切な人が見えない位置に移動したのが原因だと俺は思ったんですが……」

 あの場所にトリドルさんの大切な人とやらがいたのだろうか……?私は頭にハテナを浮かべ首を捻る。
 そうこうしているうちに目的地にたどり着いたのか、ライズさんが扉に手をかけた。


「さあここを抜ければ第三試験会場です。こんな講義場でやるのは、筆記試験ぐらいしかないですよね」

 その言葉に確かにと思いつつ、私達は扉を潜った。
 そして私に声がかかったのは、本当にすぐのことだった。


「ようやくきたな、クレア!」


 聞いた事のある声に顔を上げた私は、とても顔をしかめていた事だろう。
 何故なら目の前にいたのが私の幼馴染である、ジェッツ・マーソンだったからだ。

 何故か連続で待機している知り合いに、私は本当に頭が痛くなったのであった。
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