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第一章 それぞれの始まり
1-1.元気娘は手グセが悪い?(前篇)
しおりを挟むそこは薄い霧に包まれた森。誇らしげに大地を踏みしめ歩む一角獣、空を悠然と舞う様に飛ぶワイバーン。そして薄羽色の羽を羽ばたかせ森の中で談笑するピクシー。彼らはこの地の名を知らない。
だが、ここに迷い込んでしまった人であればこう認識するだろう。『精霊界』と。
霧の無い温かい木漏れ日の差す森の一角。妖精たちが好んで集う場所に一人の老爺が住んでいた。老爺は光が差し込むベンチに腰を掛け手にした筆記具を用いて何かの符号のような言葉を書き連ねる。その動きをもの珍しげに妖精たちが集まる。
「ハハハ。余りアイデアの邪魔をしないでおくれよ。」
老爺は筆を置くと、深く息を吸う。それに呼応するかのように一羽の大きな鷹が舞い降りて来る。
「そろそろ来る頃だと思ったよ。『グレイハウント』は好調かい?」
大鷹は老爺の言葉に大きく羽を拡げて喜びを表す。
「それはよかった。なら次の本を渡そう。」
大鷹は本を受け取ると老爺と目線を合わす。
「ああ、その本の題名かい。今回の話は『ワッチの大冒険』さ。面白そうだろう?」
君はある世界に存在するアストライア島と呼ばれる、島と呼ぶには余りに広大な陸地を知っているかな。私達の世界でいうイベリア半島を想像してもらうと早いだろう。単純にスペインとポルトガルを切り取った広大な島、と捉えてもらって良い。この島は温暖な気候に恵まれた事もあり早くから人類が定住しその文明を育んでいった。彼らは後にアストライアと呼ぶ女神を崇拝しやがて強力な指導者の元、統一王国が樹立される。
その名は女神の名を冠し”アストライア王国”と名付けられた。
だが、時はやがて戦乱と英雄を生んだ。かつての統一王国は瓦解し英雄達は新たな王国を立ち上げた。
王国崩壊から500年を経て5つの国が覇権を争う時代、広大な大地を冒険者として旅をする者達があった。剣を取り敵陣に斬り込め、その身のこなしで数多の罠をかいくぐれ、信仰の力で仲間を救え、その知性を武器に大軍を叩き潰せ・・・それでは、この冒険譚を共に楽しもう。
五王国の一つ、クリスト王国(15世紀アラゴン王国の領土に相当)の都市バルダ(現代のバルセロナに相当)。海運と鉱山資源を主軸とした経済は、建国以来王国の国庫を潤してきた。だがここ最近になり連続して強盗殺人が発生した事で、治安を不安視する住民が増加していた。そんな夕暮れ時、一人の褐色肌の少女が街中を駆け回り、我が家へと飛び込む。
「母さん、ただいま!」
階段を駆け上がると、自室のベッドにそのまま飛び込む。
「カトリーヌ!疲れてるのも判ります。でも花嫁修行も大事なお役目なのよ?」
母親と思われる女性からの言葉に、カトリーヌと呼ばれた少女は耳も貸さず、今日の戦利品を懐から取り出す。それは全て小銭入れの革袋だった。
「うーん、今日は銅貨ばかりかぁ。これじゃあ冒険者装備を揃えるのにいつになるやら。」
彼女は頭をかきむしりながらも、ふと小銭入れからこぼれ出た紙切れを見つける。
「何だろ、これ。」
少女は紙切れを拡げる。それは赤い茨の刻印が打たれた伝達文書だった。
「なになに・・・【黒太子エドゥの部隊がバルダに到着した。】・・・黒太子って誰だろ?」
続けて少女は文の続きを読む。
「【目的は我ら『赤き茨』の討滅。】『赤き茨』・・・。」
少女は文を破かないよう慎重に文字を指でなぞる。
【至急ノバリス地区の隠れ家に集まられたし。我ら魔女結社『赤き茨』に勝利を。】・・・やっぱりこれ超ヤバいヤツじゃん!」
少女は書かれた内容の重大さに驚くも、両腕を組み考え込む。
「これを黒太子とかいう人のところへ持っていけば、情報料としてお返しがあるかも。でもノバリス地区でこの『赤き茨』ってテロリストの情報を持っていけばより高く買ってくれるかも?」
危険度は明らかに後者が上だ。少女は勢いよく立ち上がると手紙を握りしめる。
「よし、ノバリス地区に潜入に決定!でもその前に・・・」
少女は棚からショートボウと矢筒を取り出す。
「少しでも練習しないと、ね。」
彼女は部屋を出ると、母親の目を盗みながらパンを調達し裏庭へ向かう。
「はへ、誰かいふ?」
少女はパンをかじりながら、その先客に目を向ける。先客は全身漆黒の重装鎧で固めておりその背のマントには黒い炎を吐く竜の意匠が施されていた。その手には大剣があり剣を大地に突き刺して佇むその姿はこの人物が歴戦の戦士である事を少女に物語っていた。
「あのー、ウチに何か用ですか?」
少女はおくびれる様子も無く、先客に問いかける。
「この家の主人、ジョージ=ギナルドを待っている。少年、君はここの召使いかね。」
横顔だけでは判別つかなかったが、少女に向けたその顔には複数の傷があった。元々端整な顔立ちもあってその姿は正に全てを呑み込むような威圧感を醸し出していた。
「ち、違います!アタシはれっきとした父さんの娘です。」
「娘・・・?なら、君がカトリーヌか。」
「余りその洗礼名で呼ばないで欲しいです。アタシ、信仰心薄いし。」
「なら、どう呼べばよい?」
「ワッチ。アタシはこの名前で冒険者デビューするんだ。」
「どこかで聞いた名・・・が、悪くない名だ。」
「うん、アタシの読んでる本の主人公の仲間だけどとっても強くて大好きなんだ。」
ワッチの言葉に思い当たる部分があったのか、剣士はカトリーヌに微笑む。
「・・・そうか、あの本のワッチか。」
冒険者を夢見る元気娘と漆黒の剣士の出会い。物語の幕が今、開かれる。
並々ならぬ気配を持つ漆黒の剣士。少女ワッチは勇気を振り絞り、あるお願いをする。
次回、1-2.元気娘は手グセが悪い?(後篇) お楽しみに!
※挿絵(表紙)は元気な笑顔でVサインをするワッチ。イメージ補完のお手伝いになれば幸いです。
なお当作品で使用する画像は物語に沿って筆者【ものえの】が製作・調整した生成AI画像です。無断転載・加工等はご遠慮ください。
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