爺ちゃんの時計

北川 悠

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潮の香り

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 戦争で美代子はいろいろなものをなくした。父、弟、住み慣れた我が家、親友、そして最愛の人。それでも周りの人々に支えられてここまで生きてくる事が出来た。
 戦後、日本は華々しい復興をとげ、昨年には東京オリンピックも開催された。これからは女性もどんどん社会に出ていく時代になる。教育も必要だ。娘にはそう教えてきた。今では大学に進学する女性も確実に増えている。松子には、広い視野を持って社会に出て欲しい。このお店を継いでもらうつもりはない。美代子はもっと勉強したかった。でも、時代が、戦争がそれを許さなかった。松子には自分の志す道を歩いてほしい。

「まっちゃん、今日は潮の香りがするわね。何かいいことあるかな。それとも悪いこと? いい事だといいわね」
「また、そんな事言って。お母さんったら昔から潮の香りにこだわるわよね。そういうの非科学的って言うのよ」。
「意地悪ね。ねえ、まっちゃん。お店はお休みだけど、お客さんが来ることもあるからちょっとお留守番お願いね」
「出かけるの? いいけど私、夕方の汽車で東京に戻るんだから、すぐ帰ってきてよね」
「稲毛駅まで行くだけよ。長野の登紀子叔母さんがお林檎送ってくれたのよ。だから取りに行ってくるけど、あなた要らないのね」
「ほんと? 嬉しい。勿論いるわよ。登紀ばあに電話するでしょ? 冬休みには行くって伝えてね」
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