犯意

北川 悠

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四年後

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 落ち葉を払って花を手向ける。
 晴れた上空をトンビが舞っている。気温は低いが、海風が心地よい。
 石には多良間絵里、多良間加奈子、そして川島浩一の名が刻まれている。
「誰もいないから少しだけいいよな」
 そう言って武男は火をつけた煙草を備えた。
「医者のくせによく煙草吸っていたわよね」
 振り向くと麗奈が立っている。
「いつからそこにいた?」
「今きたとこよ」
「久しぶりだな」
「そうね。貴方から連絡が来たから喜んだのに、お墓参りとはね……ムードもへったくれもないわ」
「お前ここ、よく来るのか?」
「たまにね」
「そのパネライ、似合ってるな」
「ありがとう」

 武男はコートのポケットからインク瓶を取り出した。「これを川島先生に見せたかった」
「え? それって……」
「ああ、だからお前を呼んだ」
「どこでそれを?」
「あの八ヶ岳の仙谷の別荘、競売に出されていたんだが、やっと買い手がついてな。で、新しいオーナーが離れの物置を片着けていたら、いろいろ出てきたってわけだ」武男がインク瓶を墓石にかざす「万年筆は京子が持っている。だからこれも京子に渡すぞ」そう言って武男はインク瓶をポケットにしまった。
「いろいろ?」
「ああ、いろいろだ。南沢はレイプした女から学生証や免許証、社員証などを取り上げて、事後、記念撮影をしていたらしい」
「え? どうしてそんなことまでわかったの?」
「まあ話を聞け」
 武男が胸ポケットから手帳をとりだす。
「紙の手帳なんて、まだそんなの使ってるの?」
「おいおい、津島をみたろ? デジタルなんか使ったらケツの穴まで見透かされちまうだろ」
「まあね。でもあの子は特別よ」
「まあそれはそうだが」
「で?」
「ああ、そうだった、えっと、物置に隠された箱の中から……」
 武男が手帳に書かれたメモを読み上げていく。「女子中学生の学生証が二枚、女子高生の学生証が十一枚、女子大生の学生証が三枚、女性の運転免許証が八枚、女性の社員証が一枚、保険証が二枚の計二十七人分。で、男子中学生二枚、男子高校生三枚、男子大学生二枚、男子の免許証が一枚の計八人分、更に、指輪やネックレス、時計、筆記具、眼鏡……等九十二点が保管されていた」
「へ? カラスみたいな奴ね」
「ああ、だな。九十二点のうち、男物と思われる品はほんの数点……つまり、奴はレイプした女性からは、学生証などの証明書とアクセサリーや持ち物など数点を奪い、男からは証明書+一点を記念品として持ち帰っていたと思われる」
「期待を裏切らないカスね」
「ああ、その中には多良間絵里、富永博隆、三枝京子、君塚有希のものもあった。後、お前が教えてくれた、レイプ事件のもみ消し、小林良子の学生証と西岡明美の運転免許証も発見された」
「戦利品てこと?」
「ああ。それについては田代香苗が証言した」
「田代が?」
「南沢達は女性をレイプした後、証明書を奪って記念撮影をしていた。大抵は動画も撮っていた為、脅しに使っていた」
「チクったら、拡散する……」
「そういう事だ。記念品については単に南沢の趣味だったらしい」
「男も?」
「奴らは憂さ晴らしに喧嘩を売っていたんだ。基本三対一だから、全戦全勝だった。奴らが襲う男は、まあその手の連中だから、警察にチクる奴はいない」
「柿崎凛子は?」
「柿崎のものは無かった」
「でも君塚有希の証明書はあった……のよね?」
「ああそうだ、運転免許証があったと聞いている」
「合意の元に付き合った女性の物は、無い……あるのは全てレイプした相手の物……」
「そういう事になるな」
「君塚有希については、殺してしまってもういない人間だから、記念として免許証を回収した……」
「たぶんな」
「て事は、全ての証明書と物品を持ち主に返せれば……」
「ああ、もう死んでいる人間、殺された可能性のある人物に当たるかもって事だろ? まあそこは当然、警察が調べているはずだ」
「でも、証明書は所有していなくて、記念品だけ持ち去られた人もいるかも」
「全ての物品を所有者に返すことは、たぶん不可能だろう。そもそもこのインク瓶だって、富永の情報が無ければ、絵里の持ち物だとわからなかった」
「じゃあボールペン!」
「あったよ。新品のパーカーのボールペンも」
「よかった……」
 麗奈が涙を流す。

「飯でも食いにいくか?」
「うん。でも武男、お金あるの? 警察辞めちゃったから無職でしょ?」
「バカ言うな。今や俺の年収は以前の3倍はくだらない」
「ほんとに?」
「まあ、それは言い過ぎだが……でも津島の恩恵が大きい」
「津島君、あのイケメンも武男と一緒に警察辞めちゃうんだから驚いたわ」
「津島には悪いことをした……」
「津島君、今の方が生き生きしてるって麗子が言ってたわ」
 麗奈がボールペンをくるくると廻しながら言った。「あの時、麗子も小出君も鳴沢もみんな辞めるとか言い出して、ほんとこいつら、子供かって思ったわ」
「麗子か、そういえば彼女は松戸の刑事課に移動になったようだな。出世街道にのったな。あの年でたいしたもんだよ」
「小出くんと鳴沢は?」
「あいつらは県警本部に残ったが、二人とも各班のサブリーダーに出世している」
「へえ~、大きな事件を解決するとやっぱり待遇がいいのね」
「さあな」
「武男も津島君も、貧乏くさい正義感なんか捨てて残ればよかったのに」
「俺と津島は……警察官としてけじめをつけた。それだけだ」
「それにしても、貴方と小松の男気には惚れたわ」
「ああ、いい落としどころだったと思う」
「あの時はほんとにまいったわ。みんないい人すぎ……嫌いじゃないけど」

 四年前のあの日、麗奈たちの必死の説得にもかかわらず、自首、もしくは死ぬ。と言ってきかない京子の意思は固かった。そこで、京子の決意を感じ取った富永と君塚が一緒に自首すると言いだして、さらに収集がつかなくなった。
 たしかに、川島を含めて四人の犯行ってことにすれば、少なくとも死刑や無期はありえない。富永も君塚も子供を殺されているから、情状はされるだろう。
 だが、その時の小松の言葉で全てが収まった。

「こうしろ!」

 川島と三枝は利害が一致していた為、共同作戦を考えた。まず入谷と田代に対して、得に強い恨みを抱えていた三枝は、川島の協力の元、拉致した入谷を香苗の目の前で殺害。
 三枝は恨みに任せて入谷を殺したが、しょせんは素人、精神的なダメージを受けてしまい、その後の計画からは離脱。情報をシャットアウトして数ヶ月の療養。
 元自衛官である川島は、その後、三枝に教えた手口で沢口と南沢を殺害。
 京子が気が付いたとき、既に川島は他界。
 自分の罪まで被って死んだ川島にいたたまれなくなり、自首。
 そもそも、入谷殺害については田代の目の前で犯行を犯したわけだから、田代の証言で辻褄もあう。
 多分、裁判員裁判になるだろうから、優秀な弁護士がつけば情状の酌量ありで、せいぜい六から七年程の実刑。真面目に過ごせば拘留から数えて四年程で仮釈放になる。

「これで決めろ! 数年勤めて全て忘れろ! それで肩の荷を下ろせ! 誰もお前を責めはしない。お前の気持ち、富永と君塚の気持ち、そして川島の願い……全ての落としどころだ」

 京子は皆に礼を言ってその場に泣き崩れた。



「三枝京子が帰ってくる」
「いつ?」
「明後日だ」
「小松の言ったとおりね」
「ああ……あれから四年……いろいろ変わったな」
「そうね……」
「腹減ったな」
「どこに行く? わたし、美味しいウナギが食べたい」
「館山までいくか?」
「もちろん」

 武男のスマホが震える。

「電話、誰からだったの? ご飯無理?」
「大丈夫、竹本からだ」
「竹本って……仕事じゃないの?」
「いや、三枝をスカウトしたって報告だ」
「で?」
「OKしたらしい」
「そう。よかったわね。竹本さんって小出君のお友達でしょ?」
「ああ、最近、警視正に出世したらしい」

「あとどれくらい?」
「もうそろそろ高速降りるから、そしたらすぐだ」
「私、うな重の特上とアワビのステーキね」
「アワビなんてあったかな? 小松に言えよ」


「それにしても、ほんとにホワイト興産が実在していたなんて驚きだったわね」
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